第5話 野盗


 俺は三人の野盗に囲まれていた。

 スキルの確認に意識を注いでいたので気配に気付くのが遅れたらしい。



 ちょろい相手だと思っているのだろう。野盗達は薄ら笑い浮かべ、余裕の態度で俺の動きを窺っている。



 一人は頬に切り傷のある男、もう一人は舌舐めずりをしている長髪の男、最後の一人は無表情のスキンヘッドだった。



 全員が既に剣を抜いていて、その切っ先を俺に向けてきている。



「儲け話というのも気になる所だが、とりあえず金目の物を出してもらおうか」



 リーダー格と思しき頬傷のある男が剣先をチラつかせる。



 典型的な追い剥ぎのパターンだ。



 しかし、冒険者を襲う野盗もそうそういない。

 返り討ちに遭う危険性があるからだ。



 ということは、俺のことを普通の旅人とでも思っているのだろうか?



 自分で言うのもなんだが、確かに俺は強そうには見えない風貌だと思う。

 屈強な肉体を持った剣士でもなければ、震えるほどの魔力漂う魔法使いでもないのだから。

 だが、そんなふうに扱われると少しだけショックだ。



 とはいえ、この状況をなんとかしなくちゃならない。

 その為には相手の力量を把握する必要がある。

 となると、まずは観察だ。



 俺はわざと滑稽に言ってみせる。



「身なりを見れば分かるだろ。俺が金を持ってそうに見えるか? 貧乏人を相手にしても時間の無駄だと思うが?」

「能書きはいい。テメエは黙って持っている金を出す。ただそれだけだ」



 頬傷の男が俺の言葉をねじ伏せる。

 会話には乗ってくれないようだ。

 意識が逸らされないよう分かっていてそうしているようにも見える。



 それにこの男、野盗にしては鍛え抜かれた体をしている。

 長剣を片手で構えているのにも拘わらず、左右の重心に全くブレが無い。

 体幹がしっかりしている証拠だ。



 それだけ肉体を鍛錬しているということだろう。

 しかし、追い剥ぎに鍛錬は似合わない。

 となると――、



 落ちぶれた冒険者が野盗に成り下がるという話をたまに耳にする。

 もしかしたら目の前の男もそれの可能性があるな……。



 この三人の中で奴が一番、侮れない存在だろう。

 他の二人は冒険者である俺からしたら素人にしか見えない。



 短刀を構えた長髪の男は、背が高いが線は細い。

 そして右の革靴の側面がややヘタれてすり減っている様子から、重心が右に片寄っていることが分かる。



 ただ単に利き足に頼り過ぎているだけの可能性もあるが、左半身に怪我や古傷などがある場合、それを庇う為にそうなることもある。

 結論としては、この男は左側からの外力に弱いはずだ。



 もう一人、スキンヘッドの男だが、こいつは三人の中で一番体が大きい。

 身幅が太い長剣を軽々持っていることから筋肉量も相当なものだろう。



 だが、それだけだ。

 動作も、構えも、何もかもが素人。力だけが無駄にあるという感じに見える。



 とはいえ、多勢に無勢。

 この状況を正面から切り抜けるのは得策じゃない。



 さて、どうするか……。



 俺は自分の腰にある剣を意識する。

 と、その時、俺の内心を知ってか知らずか、頬傷の男が顎で指摘してくる。



「その前に、腰にぶら下げてるもんを捨ててもらおうか」



 三つの剣先が向けられた状況で、今更こいつを抜く間など無い。



 俺はゆっくり腰ベルトに手を伸ばすと、剣を鞘ごと取り外し、目の前の地面に放り捨てた。



 次に来る状況は大方予想が付く。



 俺が他に武器を持っていないか探りにくるはずだ。

 しかもそれはリーダーである頬傷の男が、他の二人の内どちらかに指示してやらせることになるだろう。

 本人は出来るだけリスクを避けたいはずだから。



 そこがチャンスだ。



 近付いてきた男の足下に糸を忍ばせ、そのまま足を掬い上げて体勢を崩す。

 よろけた隙に剣を取り戻し、素早く抜剣。



 その時には既に他の二人の足下にも同じように糸が到達している。

 そいつで足を取られて思うように動けなくなっている所を――トドメだ。



 最大の懸念は糸の存在に気付かれないように出来るかどうか。

 出来るだけ足下に視線が行かないようにしなくてはならない。



 ともあれ、そのプランでやってみる。



 そう決めるや否や、頬傷の男が仲間に目で合図を送った。

 それで長髪の男が俺に近付いてくる。



「変な気を起こすなよ? 少しでも動いたらコイツをぶっ刺すかんな?」



 長髪の男は眼前で短刀をチラつかせた。

 そのまま彼は俺の体を背中側から探り始める。服の中に何か武器を隠し持っていないかを調べているのだ。



 この隙に……。



 俺は指の先から糸を垂らし始めた。

 そいつは地面の上に落ちると、スルスルと伸び始め、男の左足に絡み付く。

 と、その時、



「両手を挙げろ」



 男が指図してきた。

 だが俺は聞こえないフリをして時間を稼ぐ。



「え?」

「両手を挙げろって言ってんだよ! 聞こえないのか?」

「は? なんて?」

「ふざけてんのか? 今すぐにやっちまってもいいんだぞ?」



 長髪の男の顔に苛立ちが現れ始める。



 引き延ばしもそろそろ限界だろう。

 それにこちらの準備も整った。



「ああー……両手か。これでいいか?」



 俺は素直に両手を挙げてみせた。

 すると、それに引っ張られるように目の前の男の左足が持ち上がる。



「なんだ……? 足が勝手に……どぉわっ!?」



 自分の意志とは無関係に動き始めた足にバランスを崩して転倒した。



 その隙に俺は滑り込みながら自分の剣を拾い、その先にいるスキンヘッドに斬り付ける。



「なっ!? ぐおぉわっ!!」



 飛沫を上げる真っ赤な鮮血。

 既に足に糸が巻き付いているそいつは、身動きが取れずにあっさりと腹を斬られ、倒れた。



 お次は――。



 すぐさま地面を蹴って反転。

 頬傷の男に向かって斬り付ける。



 直後、弾け合う金属の音が鳴り響いた。



 頬傷の男が、俺の剣を自身の剣で受け止めたのだ。



 くそっ……コイツには片足の自由を奪った程度では不十分か……!



 最初の見立て通り、コイツはただの野盗じゃなかったようだ。

 片足の自由が利かないのにも拘わらずこの身のこなし……。



 マズい……裁縫スキルの効果が切れる前になんとかしないと……。



 そんなふうに焦りを感じ始めた時だった。

 頬傷の男が俺よりも焦った顔で怒声を上げる。



「お前っ……俺の右足に何をしたっ!!」



 え……?



 予想外の言葉に一瞬、時が止まってしまう。



 確かに俺の放った糸は、今も頬傷の男の右足に絡み付いている。

 足下を見ればその訳は一目瞭然なはずだ。



 なのにも拘わらずその発言……。



 もしかして……俺の糸が見えていない!?


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