第4話 全てを知る糸
俺は黒ウサギの人形の前で佇んでいた。
魔導書が封じられているという、この
それを修繕したことで俺のスキルに変化が起きた。
通常、スキルというものは経験や鍛錬を積み重ねることで増えたり、強化されたりするのが普通だ。
こんな簡単に変化するものではない。
それにスキルは生まれながらの資質に左右されることが大きい。
昨日今日で急激に何かが変わるというものでもないのだ。
だからこそ不安があった。
俺の体にどんな影響が及ぼされたのかを。
「やはり、持って行くしかないか……」
動かなくなった黒ウサギを見つめる。
得体の知れない不気味な存在だが、今の所コイツがその不安を軽減させる為の情報源であることは確かだ。
それに一万三百二十一冊の魔導書をこんな所に放置して行くわけにもいかない。
俺は黒ウサギを岩の上からそっと拾い上げ、持っていた荷物の中へとしまい込む。
そこでリュックを背負い直し、さあ再出発――、
という気にはなれなかった。
先ほど増えたスキルが気になるからだ。
ステータスにハッキリと表示されているのにも拘わらず無視することは出来ない。
それに自分の能力はちゃんと把握しておかないと不意の出来事に対処仕切れない可能性がある。
今後のことを考えたら確かめておいた方がいいだろう。
元々持っていた裁縫スキル以外に増えたものは三つあった。
一つ目は構造解析糸。
これは名称の通り、構造を解析出来る糸ということだろうか?
もしそうなら、これまで裁縫スキルで罠の仕組みを探り、それを解いてきたことの延長上にある能力として捉えられる。
二つ目は構造改変糸。
一つ目と同じように考えるのなら、これは構造を改変することが出来る糸ということになる。罠を解いて発動させないようにする行為は、改変とも捉えられなくもないが……実際の所、どうなのだろうか?
三つ目は影縫い。
これが一番分からない。
そのままの意味なら影を縫うことになるが……。不可解なのはパッシブスキルに分類されていることだ。
ということはスキルが常時発動していることになるが……今の所、自分の身の回りに変わった様子は無い。
ともかく、試してみることが一番手っ取り早そうだ。
そうなると、まずは構造解析糸か……。
構造を探るだけなら裁縫スキルと同じ方法でいけるかもしれないな。
あとは探る対象を何にするかだが……。
初めて使うわけだから、何かあっても問題無さそうなものにしておくべきだろう。
そう思って目に入ったのは、一抱えほどある大きさの岩。
さっきまで黒ウサギが座っていたものだ。
これなら何が起きても困ることは無いな。
実験対象を決めると、両手を前にかざす。
魔力を手指に集中させ、魔法の糸を紡ぎ出す。
そいつを岩に向かって放つと、無数の糸が硬い岩の中へと突き刺さって行く。
これが何かの鍵や罠だったら、糸を自分の手のように使って解くことが出来るのだが、眼前にあるのはただの岩。当然、中には何もない。
それが今までの裁縫スキルと同じだったらの話だが。
「……!? なんだ……これは……」
魔法の糸を岩に突き刺した直後だった。
糸を伝うようにして頭の中に多くの情報が入り込んでくる。
この岩は角閃石、輝石、磁鉄鉱、黒雲母、斜長石を主体とした安山岩であること。
そして、各成分の含有比率と組成配置などが瞬時に判断出来た。
しかも、それらは俺の知らない知識と名称で構成されている。
でも、どういう訳だか理解は出来た。
これは……魔導書の中にあった知識を利用しているのか?
そうでなければ説明が付かない現象だ。
「ふふ……」
思わず笑みが溢れていた。
どうやら構造解析とは、物の成分を詳細に知ることが出来るらしい。
予想外の結果だったが、これはなかなか面白い。
俺は岩の中の成分の一つ、磁鉄鉱に意識が向く。
こいつはもしかして磁石のことか?
これを取り出すことが出来れば結構な高値で売れそうだぞ。
俺の中で、もう目算は付いていた。
構造改変糸。
それを使えば、磁鉄鉱だけを取り出せそうな気がしていたのだ。
糸を差し込んだ時点で感覚的に悟ったと言うべきだろう。
まるで引き出しの中を整理するように、必要な素材とそうでない素材を糸を使って仕分けすることが出来るのだ。
俺は糸の先に意識を巡らせる。
それで無数の糸が、岩の中に分散している磁鉄鉱の小さな粒を掻き集め、一つにまとめて行く。
集約を終えて糸を引き抜くと、岩の上に黒い麦粒のようなものが転がった。
そいつを指先で摘まんで拾い上げ、持っていた短剣を抜いて、その刀身に当ててみる。
黒い粒が銀色の刃にピタリと張り付いた。
それを見て、自分の目が見開かれるのを感じる。
おおっ、純粋な磁鉄鉱だけを取り出すことが出来たぞ!
量は少ないが、
これが構造改変のスキルか……。かなり使えそうだ。
「この調子でやっていけば一儲け出来るんじゃないか?」
未来への期待が膨らみ始め、思わず顔が綻ぶ。
そんな時だった。
「何が一儲けだって?」
「……!」
突如、言葉を投げかけられ身構える。
周囲を窺うと、いつの間にか柄の悪そうな男達三人が、俺のことを取り囲んでいた。
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