第3話 魔導人形
「人形が……しゃべった!?」
信じられない。
今、俺を呼び止めたのは本当にコイツなのか?
警戒しながら黒ウサギが座る岩場へと近付く。
すると、人形が自力でムクッと立ち上がった。
「っ!?」
思わず仰け反ってしまう。
それを受けて人形は身を震わせて笑う。
「フフフ……驚くのも無理は無いだろうね。でもボクは、ただの人形じゃないよ。
黒ウサギは少年のような声をしていた。
見た目の不気味さに相反して透明感のある声質。
だが、それが逆に怪しさを増大させている。
「グリモワ……」
「そう、その名の通り、ボクの中には一万とんで三百二十一冊の魔導書が封印されている、それはそれは貴重な存在なんだ」
「魔導書? お前の中に??」
黒ウサギは「ククク……」と笑う。
「分かってる癖に。ボクに触れた時、その一部が垣間見えたはずだと思うけど?」
俺は裁縫スキルでこの人形を修繕しようとした時のことを思い出す。
あの時、頭の中に見たことも無い文字列が流入してきた。
あれが魔導書だというのか?
「しかし、こんな所で君のような者に出会えるとは思ってもみなかったよ。普通の人間にはボクを読み取ることなど出来ないからね」
「どういうことだ?」
「魔力で作り出したあの糸が、とても素晴らしいと言っているんだよ」
「……」
「ボクの中の魔導書は紙に記されたものと違って、そのままでは読むことが出来ない。魔力そのもので読み取る必要があるんだ。でも、それを試みたところで、そこには何重にも魔導防壁が張られていて容易にアクセスすることは出来ない。選ばれし者以外にはね……」
「選ばれし者……俺が……?」
「そうさ、本来
あの御方――とは誰のことだろうか?
普通に考えたら、この人形の持ち主だが……。
ということは、その人物が人形をここに落とした?
断定は出来ないが、可能性としては有り得る。
しかし、仮にこの黒ウサギが言っているような魔導書が本当に封じられているとして、そんな大層なものがこんな場所に無造作に打ち捨てられていていいものだろうか?
もし自分が持ち主だったら、即座に回収に来るだろう。
だが、この人形は俺が修繕するまではボロボロの状態で、とても大事にされていたようには思えない見た目だった。
まるで人から人へと渡り続け、長い年月をかけて劣化していったような雰囲気さえある。
「それを俺に語って、お前はどうしようと言うんだ?」
「勿論、君にボクを拾ってもらう為だよ。なにしろ新しい主なのだから」
「主だと? 勝手なことを……。俺に人形を連れて歩く趣味はないからな」
限られた荷物しか持ち運べない中で、そこに人形を入れる余裕など無い。
そもそも見た目も然る事ながら、しゃべる人形だ。持っているだけで不気味なこと、この上ない。
魔法で動いているのか? それともその魔導書とやらの力なのか?
とにかく……怪しすぎる!
これ以上関わると、ろくな事にならない気がする。
願わくばこれきりにしたい所。
「クスクス……」
「?」
黒ウサギは「おやおや」という感じで肩を竦めた。
「君はまだこの状況を理解していないようだね。これは運命なんだよ。君がボクを拾うことは最初から決まっていた。そうでなければ君のような能力を持った人間が都合良く、この場に通りがかるはずもない。全ては必然なのさ」
何を言ってるんだコイツは……。
俺がここを通ったのは偶然だ。アーガイルの町に行くと決めたのも俺の意志であるわけだし、そこに必然性は無い。
「その表情は『そんなわけない』とでも言いたげだね」
「……」
「だったら、その証拠を見せてあげるよ」
「証拠……だと?」
「君が放った魔力の糸は、ボクの中の魔導書の一部を読み取った。それが君にどんな影響を与えたのか? 実際に状態を確認してみればいい」
状態を確認……。
そう言われてピンときた。
冒険者は常にステータスを気にする生き物。
それは戦いの中で自分の命に直結してくるものだからだ。
俺は頭の中でステータスウィンドウを開くことを意識する。
すると、眼前の宙に文字が並ぶ画面が浮かび上がる。
それは僅かにでも魔力があるものなら簡単に使える自己状態確認魔法だ。
そこに表示されていたものはこうだった。
〈ステータス〉
[名前]ルーク・ハインダー
[冒険者ランク]F
[アクティブスキル]
裁縫 Lv.10
構造解析糸 Lv.1 NEW!
構造改変糸 Lv.1 NEW!
[パッシブスキル]
影縫い Lv.1 NEW!
「……!」
見知らぬスキルが増えてる!?
しかも、どれもが裁縫スキルに関連しているかのような名前だ。
「どうだい? それで少しは運命の導きを感じてくれたかな?」
黒ウサギはさも嬉しそうに言った。
「君の持つ能力が、ボクの中の魔導書によって真の力に目覚め始めたんだよ」
「……」
あの良く分からない文字列を読んだだけで裁縫スキルが覚醒したというのか?
こんなとんでもないものを内在する人形って…………なんなんだ?
「ボクを直してくれた御礼の意味も込めてという感じかな。まあとりあえず、これからもよろしく頼むよ」
「って……お前は一体……」
「おっと、多くを語りすぎてしまったね」
黒ウサギは俺の言葉を制止するように遮った。
「ボクは
「え……ちょっと待った。俺はまだ……」
聞きたいことが。
そう続けようとしたが、黒ウサギはまるで生気が抜けたように動かなくなり――
ただの人形に戻っていた。
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