第2話 黒い兎
これから、どうするか……。
俺は森の中を通る街道を歩きながら考えていた。
着の身着のまま出て来てしまったが、旅に必要なものは手持ちのリュックに大体入っているので、あまり困ることも無い。
だが、全く行き先を決めていなかった。
それにパーティを追放された今、生計を立てるものがない。
じゃあ、どうするのかと自問すれば、やはり冒険者くらいしか思い付かなかった。
ずっとそうして来たのだから今更、他の職業なんて考えられない。
とはいえ、戦闘向きではないスキルしか持っていない俺が単独で冒険者をやるのは無茶だ。
そうなると、どこかのパーティに入れてもらわないといけない。
だが、パーティを組んで……また裏切られたら……?
嫌な記憶が蘇る。
俺は頭を振った。
なんにせよ冒険者を続けるには冒険者ギルドがある町に行かないと。
とりあえず言えるのは、この一帯にある町は止めといた方がいいってこと。
さっきまでいたダバンの町や、その周辺にあるサバスやゼベスタなどは、ゲイツ達が活動の拠点にしている場所。
それらの町に向かえば、また顔を合わせてしまいかねないからだ。
実際そうなったら、こちらとしてもどんな顔をしたらいいのか分からないしな。
それを踏まえると……かなり離れた場所がいい。
と、そこで一つの町の名前が脳裏に浮かび上がる。
アーガイル。
前に一度行ったことがる。
メルディン地方の辺境に位置する町だが、それなりの規模で冒険者ギルドもある。
あそこなら、ゲイツ達と顔を合わせることもないだろう。
上級パーティともなれば、尚更そんな辺境に用は無いはずだ。
よし、そうしよう。
今まで重かった足取りが、少しだけ軽くなった気がした。
街道の分かれ道をアーガイル方面へと折れる。
道筋に俺以外の旅人の姿は見えない。
人通りも多くないのか、街道は雑草や木々に浸食され始めていて、先へ行けば行くほど獣道と言っても過言ではないような様相を呈してくる。
アーガイルはそこまで小さな町ではないのだが、さすがにダバンから直接向かう者は少ないようだ。
街道とは言いがたい道を進み始めて二時間くらいが経った時だった。
むにゅ
踏み出した足におかしな感触を覚えた。
それは小石や枯れ木とは違う、酷く柔らかいもの。
もしかして……獣の糞とか踏んでしまった!?
うわぁ……幸先悪いなあ……。
そう思いながら足下を確かめると、どうやら糞ではない様子。
布と綿で出来た人形のようだ。
「なんだこれ……?」
思わず拾い上げる。
すると全貌が明らかになる。
それは黒いウサギの人形だった。
人間のような手足、長い耳、口や鼻は糸で刺繍されていて、目玉はボタンで出来ているが片方が取れかかっている。
そして体の一部は、違う模様の布地で継ぎ接ぎのようになっていて、所々から中身の綿が飛び出していた。
それを見た第一印象は、とにかく不気味の一言。
小さい子供が喜んで持つような可愛らしさはそこにはない。
呪いの人形のような雰囲気さえ出ている。
ここを通った誰かが旅の途中で落としたんだろうな。
にしても……趣味悪いなあ……。
とはいえ、そのまま元の場所へ打ち捨てる気にはなれない。
物には魂が宿るって死んだ爺さんが言ってたからな。
直してやるか。
こういう事は裁縫スキルを持つ俺にとっては得意分野だ。
俺は近くの岩の上にその人形を座らせると、両手を前に突き出して自分の中にある魔力に意識を集中させる。
するとすぐに指先から無数の魔力の糸が放出され、触手のようになって人形を取り囲む。
糸は布地に入り込み、瞬く間に解れた箇所を縫い直して行く。
時間にしたら、ほんの数十秒。
飛び出していた綿は引っ込み、取れかけていた目玉ボタンはしっかり縫い付けられ、人形はまるで新品のように蘇って行く。
しかし、最後の一針を通し終えたその時だった。
「なっ……なんだ!?」
差し込んだ糸を伝うように、俺の中に何かが流れ込んで来るの感じたのだ。
「くっ……」
頭の中に見たこともない文字が次々に流入してくる。
そして、この重く……苦しい……感覚……。
まさか……本当に呪いの人形だったのか!?
魔導師などがアイテムに呪詛を施すことがあるが……それの可能性もある。
やばい……このままじゃ……。
身の危険を感じ、糸を解こうとした直後――、
先ほどまで襲ってきていた感覚は嘘のように消え去っていた。
魔力の放出を止めると糸が粉粒のようになって霧散する。
俺は自分の手を見つめた。
「今のは……なんだったんだ……?」
とりあえず、体に外傷や変化は無いようだが……。
大事にならなくて良かった……。
俺は改めて岩の上に座している人形に目を向ける。
不思議な感じのする人形だが、ともかく修繕することは出来た。
不気味なのは相変わらずだが、見た目は小綺麗になった。
「これでさっきよりはマシになっただろ。誰かに拾ってもらえるといいな」
こういうのが好きな人間もいるだろう。
そう言い残して場を立ち去ろうとした時だ。
「ちょっと待ちなよ」
「!?」
背後から呼び止められた。
周囲に人の気配は無い。
まさか……。
背筋にゾワッとしたものが走り抜ける。
恐る恐る振り向くと――、
岩の上に座る黒ウサギの人形が、ボタンの目玉で俺のことを見ていた。
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