影縫いの裁縫師 ~役立たずだからと上級パーティを追放された俺だけど、外れスキル『裁縫』が真の力に目覚めたので、落ちこぼれの仲間と一緒に最強を目指します~

藤谷ある

【1】

第1話 邪魔者


「ルーク、こいつは手切れ金だ」



 突然、リーダーのゲイツが俺の目の前に金の入った皮袋を差し出してきた。



 さらりとした金髪に精悍な顔立ちを持つ彼は、俺達のパーティ〝蒼の幻狼〟をまとめ上げる剣士だ。



 俺はテーブルの上に置かれた皮袋を見つめる。



「手切れ金……って、なんの?」

「お前のに決まってるだろ」



「は?」



 こちらの反応にゲイツは眉間に皺を寄せた。



「察しが悪い奴だな。お前はクビだと言ってるんだ」

「なっ……」



 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。



 それもそのはず。

 彼とは幼馴染みであり、冒険者になる前からずっと一緒にやってきた。

 同じパーティに所属しているラルクとティアナもそうだ。



 俺達四人は子供の頃からの付き合いであり、気心知れた仲。



 ゲイツが幼い頃、近所のデクスターさんが飼っていた鶏を勝手に捌いて食ってしまったことや、冒険者の真似事をして教会に忍び込み、誤って神像を壊してしまい大騒ぎになったことを俺は知っている。

 身近なことでは互いに好きな子の名前を教え合ったりもした。



 だからこそ、ゲイツのその言葉の意味が分からなかったのだ。



「クビ……って、何言ってんだよ! 冗談だろ?」

「おい、あまり大きな声を出すな。周りが驚くだろ」



 彼は周囲を気にしながら、たしなめてくる。



 ここは冒険者ギルドの一角に設けられているラウンジ。

 クエストを探しにやってきた冒険者達が、情報交換やパーティの人員探しなどの為に活用するような場所だ。



 実際、今も様々な種族や職業の冒険者がテーブルを囲んで話し合いを行っている。



「ちゃんと説明してくれ」



 俺が訴えると、ゲイツは煩わしそうに答える。



「今回のクエスト完遂で、お前を除く・・・・・俺達三人がAランクに昇格したのは知ってるだろ?」

「ああ、もちろん。めでたいことじゃないか」



「これで俺達は晴れて上級パーティの仲間入りなんだよ」

「……」



 その発言に違和感を覚えた。



「ルーク、お前でも上級パーティの認定条件は理解しているだろ?」

「それは……」



「三人以上のパーティで、その人員の全てがAランク以上の冒険者であることだ」



 俺がそれ以上、言葉を続ける気がないと思ったのか、先にゲイツが答えた。



「ここまで言えばお前でも分かるよな?」

「……」



「俺達、蒼の幻狼の中でルークだけがFランク。お前が居ては永久に上級パーティにはなれないんだよ」

「そんな……」



 彼の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。



「上級パーティに認定されれば、今まで以上に大きな依頼が入ってくる。今こそ俺達が大きな世界に羽ばたくチャンスなんだ。だから分かってくれ」

「……」



 そんなことを言われても「はい、そうですか」とは簡単に返せない。

 俺がいなければ今回のクエストだって完遂出来なかったはずだ。



 俺が持っている唯一のスキル、〝裁縫〟。

 それはその名の通り、布を縫い合わせることの出来るスキルだ。



 確かに、それだけでは大した能力ではないし、見た目も彼らのスキルに比べたら見劣りする。



 ただ、そんな力でも使い方によっては便利なものとなる。



 まず、普通の裁縫と違うのは、針と糸を使わないこと。

 代わりに魔力で作り出した糸で縫うことが出来るのだ。



 だから通常の針では縫うことの出来ない硬い素材まで扱うことが出来る。



 例えば、彼らの身に付けている鎧や盾などの防具が破損した場合は即修理することが出来るし、ダンジョンなどで罠を発見した場合は、離れた場所から仕掛けを縫い付け動作不能にすることだって出来る。



 先のクエストの時だって、ガーゴイルの群れに襲われた時、その鋭い爪でゲイツの剣が折られてしまった。

 それを直したのは、この俺。



 あの時、俺がいなかったら、パーティは無傷では済まなかったはずだ。



 だから、こんな仕打ちを受ける謂われは無い。



「ちょっと待ってくれ。確かに俺のスキルは地味だけど、ちゃんとパーティの役に立ってる。俺がいなくなったら誰が代わりをやるって言うんだ?」



 そう訴えた時だった。



「おい、まだまとまってなかったのか?」



 俺達が座っていたテーブルの横に、赤銅色の髪を持った青年が面倒臭そうな顔をしながら現れた。槍使いのラルクだ。



 クエストの報酬を受け取りに行っていたらしい。その手には貨幣袋がぶら下がっていた。



 そんなラルクの背後には白魔導師、ティアナの姿もある。



 いかにも柔らかそうなプラチナブロンドの長い髪。

 絹のように白い肌は、触れただけで穢れてしまいそうなほど。

 彼女にはそんな無垢さがある。



 彼らもまたゲイツと同様に蒼の幻狼のメンバーであり、俺の幼馴染みでもあった。



「ゲイツ、こいつにはハッキリ言ってやった方がいいと思うぜ」



 ラルクはティアナを先に促しながら、向かいの長椅子に三人で詰めて座る。



「いや、これでも随分とハッキリ告げたはずなのだが」

「ダメダメ、こいつは自分の無能さを自覚してないんだから。そこを分からせてやらないと」



 ラルクはテーブルに腕をついて俺の顔を下から見上げてくる。



 ――昔から、コイツのこういう目は苦手だったな……。



「おい、ルーク」

「なんだ……」

「お前みたいなのが、どうして今まで冒険者としてやってこれたのか分かるか?」

「……」



 ラルクは蔑むような目を向けてくる。



「それは俺達がお前を置いてやっていたからだ」

「っ……!」



「俺達がいなければお前は冒険者なんて出来なかったし、一人だったら、とうに死んでいた。寧ろ、ここまで置いてくれてありがとうと礼を言われてもいいはずなんだぜ? 手切れ金が貰えるだけマシだと思ってもらわないと」

「……」



 納得がいかない。

 俺がいなければ、彼らだって命の危険に晒された場面はいくらでもあったはずだ。

 その命は自分の力だけで守ってきたとでも思っているのか?



「……俺がお前達の武器や防具を修理してやってたのを忘れたのか?」



 するとラルクは嘲笑する。



「修理? そんなの専門外のお前に頼むより、鍛治師の方がよっぽど良い仕事するぜ? 上級パーティになれば俺達の所に来たいっていう鍛冶師は沢山いるだろうしな」

「じ……じゃあ、罠はどうするんだ? 俺が罠を無効化しなければ安心して狩りなどできないぞ?」



「あ? あんなの誰だって出来るだろ」

「は……?」



「お前に仕事が無いからやらせていただけで、あの程度の罠はAランクの俺達なら無効化するまでもないってことさ。罠ごとぶち壊せばいいんだからな」

「な……」



 あまりのことに声も出なかった。

 そんな俺にラルクは同情にも似た表情を見せる。



「もういいんじゃないか? 充分、冒険者ごっこは楽しんだだろう? お前は田舎にでも帰って、俺達の活躍を風の便りで聞いておけ」

「……」



 俺は受けた屈辱にテーブルの下で拳を握り締めた。

 悔しさと悲しさが複雑に混ざり合う。



 わだかまりが募る中、俺の視線は彼らの真ん中に座り、終始俯き加減でいたティアナに向けられた。



 控え目で穏やかな彼女。



 皆が寝静まった頃、俺が一人で防具の修理していると、彼女が優しい言葉を投げかけてくれたことがあった。



 ちょっとした罠の解除で指先に切り傷を作ってしまった時も、放って置いても治る程度の傷なのに回復魔法をかけてくれたりもした。



 彼女には包み込んでくれるような温かさがあったのだ。

 俺は昔から、そんなティアナに惚れていた。



 この状況……。

 彼女なら……何か言ってくれるはずだ。



「ティアナ……」



 救いを求めるように口を開いた時だった。



「私もそう思う」

「え……」



 今まで俯いていた彼女がふと顔を上げてそう言ってきた。



 そこには普段見せないような冷たい表情があって、俺は戸惑った。

 その戸惑いは続けざまに出た言葉によって絶望へと変わる。



「はっきり言って足手まといなのよね」

「……ティアナ?」



「いつも私のことを嫌らしい目で見てくるし、ウザいし、気持ち悪い。今日限りでもう二度と顔を見せないでよね」

「……」



 俺の中で何かが壊れていく音を聞いた。



「おお? ティアナも言う時は言うねえ。こいつには今のが一番応えたんじゃないか?」

「良く言ったぞ、ティアナ」



 ラルクとゲイツが嬉しそうに言う。

 それに対し、彼女は何故だか頬を赤らめた。



 なんだ……?



 ティアナの反応に違和感を覚える。

 いや、彼女だけではない。彼ら三人から同様のもの感じた。



 無意味に体を揺らす彼女。

 そしてラルクとゲイツの意識が既に俺から離れていることに気付く。



 その原因がテーブルの下にあると分かった俺は、そこにそっと目をやった。

 すると、そこには――、



「……!」



 ティアナの太股の上を男二人の穢らわしい手が撫で回している光景があった。



 頭の中は一瞬で真っ白になり、体の中心を熱い鉄の棒で貫かれたような気分になる。



 俺だけが知らなかっただけ。

 ティアナの裏の顔も……彼らの関係も。



 俺は端から邪魔者だったのだ。



「分かったよ……」



 ゆっくりと椅子から立ち上がる。



 だが、彼らはイチャつくばかりで、俺のことはもう見えていないようだった。



 テーブルの上に置かれた手切れ金の入った皮袋を掴むと、小さく吐き捨てる。



「……じゃあな」



 俺はそのまま冒険者ギルドを後にした。



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