006エピローグ
自室でくつろぐエステルは今日一日のことを思い返す。
――
そう、ほくそ笑む。
ラブレターブームは偶然だった。しかし、それを利用したのは間違いなく彼女である。
たとえばブームが持続していたのはエステルが無記名でばらまいていたからだし、渡す相手は自尊心の強い者、または近い者を選んで配った。
受け取った者の手によって勝手に周囲に拡散されていくからだ。
そう、エステルがニーナに語った予想は、彼女が行った所業を第三者のように口にした、ただの真実だったのだ。
しかし実現するにはニーナのように空の封筒を用意するだけでなく、きちんと大量のラブレターが必要だ。
自力で用意するには数が多く、一人で書くなら内容が偏ってしまう。
それどころか筆跡が同じことが発覚すれば問題行動として学園に摘発されかねない。
そこで彼女は
イベント主催者の胸を打つラブレターには、豪華賞品が贈られるという触れ込みである。
学園に付随する都市だけあって識字率は高く、多くの種類が用意された『貴族用の上質紙』に触れられる機会自体が、ある意味特典とも言えるかもしれない。
加えてルールはいたって簡単だ。
一、用紙は商会が用意する専用の物を使用する。
二、個人名を記載せず代名詞を使う。
三、エントリーは想像する対象者を変えて三回まで。
四、手紙の返却はできない。
寄せられた多くの『作品』の中から精査し、学園内に持ち込まれた物を、まさか敵対する彼女らの前で盛大に取り落とすこととなるとは。
エステルが慌てて口にした説明は、ラブレターであり、報告書であり、確かに機密文章でもあるという嘘偽りのないものであり、しっかりと嫉妬心を煽ることに成功させた。
その後納品の感覚で宛名を書いたり書かなかったりして封じて忍ばせてブームを持続させていく。
そうしてブームに乗って、自尊心をくすぐられ続けた一部の者が自作自演に走り始め、状況はより複雑化していく。
その中には差出人まで入れた物まで現れたことで一層の過熱が見られ、ついに
すぐにエステルの耳にも届いたのは、彼女の自慢がグループ内での序列に関わるものだったからだろうか。だから
そこから後はニーナに語った通り。手にした封筒の『宛名』を『サイン』に偽装し、クリストフェルが行動を起こす様をジッと見守っていたわけである。
もしもクリストフェルが常識人であれば、婚約者に近しい人物からのラブレターを放置することはないだろう。
確認を急ぐか、事実を周知するはずである。どちらに転んでも派閥内での立場など無くなりニーナの未来は明るくはない。
婚約者を掠め取ろうとする売女か、承認欲求を満たすためだけのウソを身内に披露する馬鹿を容認するリスクを考えれば当然だ。
少なくともエステルへの急先鋒だったニーナは追い出されていたことだろう。
そんな身内から出た裏切りは、疑心暗鬼に拍車を掛けて不和の呼び水になり、派閥の地盤固めに奔走してエステルに構っている余裕はなくなるはずだった。
しかし今回のようにクリストフェルが馬鹿な行動を起こせば
ニーナが……いや、エステルの大量の
そう、貴族令嬢という種族は見栄の塊なのだから。
「さて、これで相手の内情は筒抜けになりましたね」
周りが彼女に『悪』を願うのならば、役を演じる覚悟を決めた。
けれどエステルの思い描く『悪役』は、正義の名の下に裁かれることはありえない。
エステルは常に『言い掛かり』を受けて被害者であり続け、相手に攻撃の理由を与えず、まして敵対なんてわかりやすい構図を作ってなるものか。
そうして状況を利用して離反させて力を削ぎ、敵が『できないこと』を増やしていこう。
誰もが『彼女には無理だ』と思うよう、いじめられっ子の立ち位置を崩さずに、あくまで穏便に、されど強かに。
手始めに好意の首輪と、証拠という鎖で繋いだニーナを手に入れた。
これで悪意がエステルに届く前に逃げられることも増えるだろう。むしろ逆手にとることさえできるはずだ。
「次はどう動こうかしら」
打倒、嫉妬に狂うエスメラルダ=スペルディア。
いいや、はた迷惑にも原因を作ったアンデルス=ラル=ハルストレム王子か。
こうして作られた『悪』を成す令嬢は、虎視眈々と次の手を考えるのだ。
エステル=リンドブラードは悪に染まる もやしいため @okmoyashi
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