第38筆 ラダクティス大陸同盟会議

 新設した転移門をくぐり、リーザック村に到着した。


 漁業が盛んな村で、一時期シャルトュワ村と不仲とされていた。その真相はクタラ戦役後、襲撃するようになってきた海人族から守る為、わざと不仲説を噂立て近寄らせないようにしていたという。


 その徹底っぷりは海産物を届ける時でさえ危ないからと一方通行にする程。

 昨今、海人族からの襲撃が激化しており、邪神教の配下になったのではないかと黒い噂が絶えないらしい。


 会議場所は冒険者ギルドリーザック支部会議場にて行う。

 各代表一人と連れは二人までと言われたので、うちのパーティーから俺、ミューリエ、ウィズムが参加。

 オロチさん、炎子竜、ルゥはリーザック村にて待機。

 シャルトュワ村からカリオ村長、シノさん、ラギさん。

 ヤルロの森からダイロン族長、森羅蔦樹妖精エニリ・ドライアドのフロレンシアさんが参加し一緒に来た。


 もう昼頃なのでオーシャンビューの店で昼食を摂りながら雑談を交え緊張をほぐし、くだんの会議場へ入ると既に名だたる面々が顔を揃えていた。


 ミゼフ王国からディルクさん、煌炎神アウロギ様とディルクさん。

 ナゴルア山脈から アグバイシス様とアルレ。

 始まりの平原から新たに就任したと言う若い小鬼王ゴブリンキング

 無為の森からはガタイの良い狼人族コボルトの族長らしき人物。

クリストラ洞窟は、代表が邪神教に対抗できる鉱石採掘中のため不在。

 一番奥に座っている妙齢の長髪の女性が恐らく議長だろう。


「どうぞ、御掛けになってください。不肖ながら議長を務めます、リーザック村村長のウィラと申します。支部長ギルドマスターは現在別件の為、不在なのをお許しくださいませ。開始まで少々お時間が空いておりますので、紅茶をどうぞ」


 全員着席後、紅茶を頂く。

 この香り、少し渋みのある味からして中央大陸砂漠地帯南東部の暑さと乾燥に鍛えられ育てられた入手困難な紅茶だ。

 この会議に最上のおもてなしと金をかける価値があると思って出したわけだ。


 それにウィラさんの後ろに飾られた生け花には左からフジ、タイム、ラベンダー、エゾギクアスター、アイ、バーベナとイキシア、サントリナ、タンジー、ジニアの順に生けられている。


 俺のような花を題材にして描く画家や、よほど花が好きで花言葉を調べている人にしかわからないシークレットメッセージである。


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今は皆様を歓迎致します。あなたの活躍を期待して一応信じてあげるけど心配してる。あなたの決断次第で団結して悪を遠ざけるか敵対することを宣言するわ。発言には注意を怠らないでね。


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 こんな意味が込められているなんて気付く人の方が少ない。

 なんて挑発的なメッセージなのか。

 この人、ただの村長では無い。


(あら、わかっちゃった?)


 今、確かに小声でそう言った。

 花が大好きなミューリエもその意味を理解し、身構えて警戒している。

 知識豊富なウィズムも平静を保っているが、頭を抱えたくなる相手と感じているだろう。

 植物を慈しみ育て、守るダイロンさんとフロレンシアさんは言わずもがなである。

 俺も思わず顔がひきつった。


 これに気付いたウィラさんはウィンクをしてほくそ笑んだ。

 わかっていない人にはわからない行動だ。

 この場にいる全員を試している。

 生け花に込められた意味を知る三割、知らぬ七割。

 知るか知らぬかで意味は変わり、既にこの会議は提案者のディルクさんではなくウィラさんに握られている──!


「あら、マサオミさんどうされましたか? なんだか上の空ですよ? 」


 まったく、わざとらしいですね、貴方はっ!

 まさに狡猾、平たく言えば悪趣味だ。

 良いでしょう、こちらも貴方を説得して見せましょう。


「あっ、はい。大丈夫です」

「フフ、そうですか。皆様親睦を深める為に簡単な自己紹介からお願い致しますね」


「うっす。先代が迷惑かけたっす。おいら、新しく族長に就いた始まりの平原代表の平導子鬼王ゴブリンキングのハンクっす」


 種族進化が速い。ダルカスさんが倒した先代の王はカタコトの印象が強かったが、彼らの中で何が起こったのか。魔素量の急激な上昇で魔物の知能が上がるという研究結果もあるようだし、その一例なのかもしれない。


砕牙狼爪族エイル・ディボルトの族長をやっとる無為の森代表、ケンドリックだ。邪神なんざ実力でぶっ飛ばせば良いと思うぞ」


 この方も喋りが流暢だ。

 朗らかなハンクさんと違い、ケンドリックさんは強硬派。意見の衝突には気を付けないといけない。


「ナゴルア山脈代表の炎天竜アグバイシスだ」


「ミゼフ王国国王ディルク・ミゼフ・ドワルディアである。此度の会議が良い未来へと繋がることを大いに望んでおる」

「六聖神が一柱、煌炎神アウロギさ」


 アウロギ様は相変わらず自由だ。

 今は小刀を研ぎながら話している。


「ヤルロの森代表、尊老珀樹再統者ペイトリアーク・エレントのダイロンぞ。調和こそ一番。それに煌炎神め、暑苦しいわい」


 実はアウロギ様が隣にいると結構暑い。樹の身体にとっては発火しそうで煩わしいのだろう。


「あぁ、ごめんよダイロンじいちゃん。お詫びに種族全体へ火属性無効を差し上げるね。〘贈与ギフト〙」


 アウロギ様がダイロンさんの肩に触れると身体全体が光り、軽く燃やされても何ともなかった。


「ふんっ、余計なことを」


 内心嬉しいに決まっているが、正直に言えないヒトなのだ。いけずだねぇー。



「東郷雅臣と申します。最後のイカイビトと呼ばれる名誉、少々重荷ですが、それに見合うよう精進していく所存です」


「自己紹介ありがとうございます。ではこれより第一回ラダクティス大陸同盟会議を始めます。まずはこちらをご覧下さい。」


 テーブルの中央に置かれた魔力式出力映像ホログラムモニターが三面に起動。ラダクティス南方大陸の地図が表示され、所々に赤いピンと青いピンが打たれていた。


「赤いピンは邪神教や彼らが抱える十二魔神に襲撃された所です。青いピンは失踪事件が報告されている場所です。多くの箇所で重なっています。」

「同時期に起こっている。しかし、重なっていないところもあるな」


 早速アグバイシス様が違和感をぶつけてきた。


「おいらが敵だったら両方狙うッスね」

「えぇ。ハンクさんのおっしゃる通り、普通だったらそうします。シノさん、冒険者ギルドが打ち出したデータを参照してもらえますか?」


 呼ばれたシノさんがポケットからUSBメモリのようなものを取り出して魔力式出力映像装置ホログラムモニターに挿し込んだ。

 これは魔導科学が発達した世界から来たイカイビトの技術を継いだものなので、あまり気にする必要はない。


「こんなこともあろうかと準備して正解だったの。紫色のピンで表示したのがそれだよ」


 丸く囲むように起こっている……?


「マサオミさん、あなた方⟬異界の救済者アルヴェン・セイヴィリアス⟭が邪神教と対峙した場所を教えていただけませんか?」


 これも試している条件に入っているのか?

 よく分からないが正直に答えておこう。


「始まりの平原、クリストラ洞窟、ミゼフ王国、無為の森、シャルトュワ村です」

「オレンジのピンで追加しますね。これら全てを繋ぐと──」


 ウィラさんが線を繋いで行くとある一点の場所のみを避けていた。

 ミゼフ王国と始まりの平原に境界線を張るように通る裂け目。“竜の咆哮”ことラーグ断層だった。

 引き続き彼女が説明を続ける。


「……見ての通りラーグ断層ですね。ここは基本、人が近付きません。

ミゼフ王国側からは常時結界魔法を張っていて近付けませんし、平原側からも逆さままで反り上がっていて、登れません。

たまに武者修行を目的とした物好きな冒険者が通行許可を貰い、ナゴルア山脈を経由して赴く程度です。まるで地雷のようでしょう?」


「あぁん? さっきからウダウダと何が言いてぇんだ!? 」


 痺れを切らしケンドリックさんが立ち上がって声を荒げた。ウィラは表情一つ変えず宥める。


「まぁまぁ、座ってくださいな。ディルクさん、代わりにお願い致します。」


「あい承った。ケンドリック殿の気持ちもわからなくもない。既に砕牙狼爪族エイル・ディボルトの6割以上が失踪しているのは重々承知。他の誰よりも悔しく、己の無力感を責めているのはお主である。」


 これには他の代表陣がざわついた。

 俺だって初耳だ。

 皆自分たちの状況が一番酷いと思っている。

 ウィラさんは、自分達が可愛いだの他の奴らなんて後回しにする考えが浮き彫りになるこの瞬間を見越していたのか。


「あぁ、そうだよ悪いかっ!? 族長やって10年目、種族的に50年が寿命と言われる中、三十半ばの良い年した奴が皆を失望させたんだ。これ程恥なものはねぇ。う、ウォーーーン! 」

(失格にしようと思ったけど合格。)


 今、ウィラさんが小声でそう呟いた。

 ケンドリックさんを出汁にしたが、誰かを想う心を考え直す機会を作ってくれた。

 それを評価して合格というわけか。


「ケンドリックさん、昂りすぎですわ。頭を冷やしては如何ですか?」

「………あぁ、そうする。見苦しい所を見せた。」


 ケンドリックさんは俯いたまま涙の跡を絨毯に残して退室していく。

 あの不安定な心理状態ながら、己を奮い立たせ一族の未来のためにとここに来たのだろう。


「ケンドリック殿に対しては後で儂から説明しておく。それで断層をアウロギ様と調査してわかったのだが、巨大な地下空間があった。」


「僕が話そう。大量の未作動の“終わりのゴーレム”フェリオスがざっと数万体あったのさ。しかも失踪した人々を鎧のように覆っていた。俗悪趣味なものだよ。」


 アウロギ様が一枚の精緻な絵を取り出した。念写のようにも見える。

 そこにはあのおぞましきゴーレムに身体を浸食された様々な種族の人々が兵馬俑のように遥か遠くまで規則正しく並んでいた。

 疑問だがこの調査はいつ頃やったのか?


「話を遮ってすみませんが、ディルクさん質問よろしいでしょうか? 」

「なんだね、マサオミ?」

「その調査の時、魔神襲来の報せを受けてハウザーをラウニ山へ送りましたか?」

「それは我も気になった所存。教えてくれないか?」


 俺とアグバイシス様の質問に目を丸くしたディルクさん。心当たりがないようだ。


「はて、儂はそんな事しとらん」

「マサオミ、きみ騙されてるよ」

「えっ!? 」

「その時は送ってないから、あり得ない。邪神教に鳳凰の権能を持った魔神がいる。そいつの罠に嵌められたのかも」


 うわぁ、見事に騙された。頭上がんないよ。


「アジトがあった。それに気付いてほしくないのでそうしたのでしょう」

「フロレンシア氏に同じく」


 今回は知らずに巻き込まれた。俺に非はないはず。

 森の識者二人のフォローのおかげで立ち直れた。


「話を逸らしてしまい、すみません」

「構わぬよ。その後、眠りの魔法が得意なリーザック支部長を連れていき、小型ゴーレムで引き剥がして失踪者を全員救出後、アジトを爆破した。リーザック支部長殿にはかなり無理をしてもらった。だから会議にも出れないくらい昏睡状態に陥ってしまっている。」


 皆救出されたと聞き、会議場の雰囲気は和やかさと安堵に包まれた。


「あの寝坊助が……お尻ペンペンじゃ」

「立派になったなぁ、寝太郎」

「そう言わないでくれよ、シノ、カリオ村長。僕のお墨付きなんだからさ」


 寝太郎で、数万人の失踪者を救い、アウロギ様にも信頼される。一体どんな人なんだリーザック支部長。


「次に再発を防ぐ方法についてですが──」


 突如、大きなノックの音がして観音開きの扉がバタンと配慮なく開かれた。


「何ですか、騒がしい。会議中ですよ? 」

「た、大変ですっ! 海人族の艦隊が人質を取り、宣戦布告してきました!! 」


 オイオイ! どっかで見た光景だなぁ!?

 ドラゴンレイドかぁ!?

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