第36筆 指南役の根回しとアポ取りは人知れず

 ◆◇◆◇◆◇◆


 ここは六聖教の総本山。

 アジトから到着した枢機卿は教皇及び神狼フェンリルを異能によって閉じ込め、烈戦を繰り広げていた。


「グハァァァァ!!」

「グァルルゥゥゥ──!!」

「クハハハハハ!! 甘い、甘いわ雅臣ィ、じゃなかった、教皇と雌狼め!」


 吠えるフェンリル、狼狽える教皇に不足なし。

 右手に雅臣の姿が視える水晶玉を持ち、左手に禍々しい黒い闘気を放つ剣で一薙ぎにして教皇を吹き飛ばした。


「あら枢機卿、水晶を覗きながらの戦闘、優雅ではありませんわ」


 派手な衣裳の蝶の羽根と仮面を付けた女が注意するも彼は何もしないかと思いきや斬りかかった!


 が、何事もなくすり抜けた。彼女は精霊の頂点、すなわち精霊王でありながら魔神という特異な精神生命体である。


「相変わらず食えん奴だ。だがな、ミスリードに嵌まり行く雅臣の姿は快感だ! 」

「いいえ、優雅に絢爛に、ですわ」

「ラーッラッラッ! 〘ラオフーデストロイ我が自慢の肉体の圧槌〙──!」


 虎の耳を持ち、十二条に交差する黒帯を顔に巻き付けて簡素な仮面としたレスラーが床を凹ませるほどの脚力で飛翔。


 教皇へ飛び込みプレスアタックをお見舞いし、体重だけで5トン越えの重圧でピキリと骨が折れる音を確認後、ついでにフェンリルの頭に組んだ手で叩き付けてダブルスレッジハンマーを直撃後後退した。


 彼の名はラオフー。


 全ての格闘技が神に捧げる競技とされ、独自の発達を遂げた世界で、相手に生きることも死ぬことも許さないことを押し付ける修羅道を歩みはじめた虎の獣人は世界から追放され、やがて魔神となった。


「オオィ、ジイさん! 鍛え方がなっとらんナァ!?」

「カッ、カハッッ! ナメるなよ、小童どもよ………!!」


 煽るレスラーに教皇は喀血しながらも我慢に我慢を重ねた痛みと感情を変換して解放した。反撃の時間である。


「〘六聖秘天法シクサ・エルトレン〙──!!」


 突如、大気が白く震え上がった。

 重力魔法より高位の“それ”で揺らしているのである。そう、世界を揺らし尽くし、己が法則の一部となっている!


 そこに敵は介入する余地も無し!

 立つことすら儘ならない衝撃が絶えず続き、味方には心拍数を上げて治癒魔法など必要ない速度でターンオーバーを繰り返して回復し尽くす。


「“汝は聖別され、処された”」


 教皇の冷たくも恐ろしい声が厳かに響く。

 魔法という魔法が魔神三柱を絶えず攻撃し続け、防壁魔法で隔離しつつ延々となぶられる屈辱はあるだろうか? 否、そうあるものではない。


「パチパチパチ。いやぁ、ブラボーブラボー! さすがだな、教皇さん」


 拍手をしながら現れたのはここにいないはずのオロチであった。

 教皇は既に警戒して杖を向ける。


「お主、何奴!? 」

「おっと、その杖を下ろしてくれ。“最後のイカイビトの指南役”って言ったらわかる? 」


 教皇は無論知っていた。シノの宣言で知れ渡ったイカイビトのマサオミ。その指南役が現れたとあれば……敵ではないのはわかるが、何が目的だ?


「わかった、失礼した。矛を納めようぞ」

「どうも。俺様の名前は八堂ヤドウ。神でもある。まずは物騒なあいつらを消すか」


 オロチは便宜的に名を明かす時ではない時はこの八堂ヤドウという通名を使う。


 それはさておき、オロチは龍神形態となり、魔神達が閉じ込められた防壁魔法ごと丸呑みして再び人間に戻った。


「な、な何をやったのじゃ? 丸呑みした!?」

「あー、これね。俺様、蛇の神でもあるからさ体内が次元の狭間と底に繋がってんだよ。まー、アイツらのことだから直ぐに出てきそうだけど。尾食い蛇ことウロボロスの能力だ」


 オロチが親指を軽く噛んで説明を続けた。


「こーやって、どこでもいほう移動出来るって訳。親指を噛むとエネルギーが一周して尾食い蛇状態となり次元の歪みを生み出す。一日一往復しか使えないのがネックさ」


 その異質な姿、能力を見聞して教皇はマサオミの仲間が規格外揃いだと痛感するに至った。


「それでなぜここへ?」

「あぁ、法皇さんよぉ、最近、失踪騒ぎが多くねぇか? それでマサオミの知り合いが連れ去られて失踪騒ぎ。魔神の気配がしてここかと思ったらハズレ。でも教皇さんと出会えた。これ、僥倖」


「つまり……行方不明者の捜索及び保護かね?」

「あぁ、その通り。アポ取りでもある。今度来るんで宜しく。あと、これ」


 マサオミ一行お約束の品、説明書付きの通信用ネックレスである。


「なんじゃ、これは?」

「詳しいことは説明書読んでくれ」


 早速説明書を開いたが、高齢の教皇には文字が小さすぎて見えない!


「老眼で見えない……世の中の文字は小さすぎるのじゃ! 」

「だな。雅臣ぃ、説教だこりゃ。ユニバーサルデザインにしろっての」


 悪態をついたオロチから教皇は一つの眼鏡を貰った。

 かけた次の瞬間、世界が変わった。

 とてもはっきり見えて、長時間かけていても目が楽そうだと気付く。


「ハ○マルーペだ。じゃあな。」


 数十年前、この眼鏡会社の社長だったオロチはいくつか在庫を個人で持っていた。その余りである。


 以上の出来事がオロチの『遅くなる』という発言の真の理由であった。

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