第34筆 シャルトュワ村襲撃事件

 ◆◇◆◇◆◇◆



 無為の森は環境が〘エリュトリオン全集〙に記載された情報と異なっていた。

 普段出現するコボルトや森大蜘蛛達もおらず、リザードマン石龍子族だらけだったのだ。


 彼らを無力化し森を抜けて数十分、森一帯に響いたと過言ではない衝撃と轟音が鳴り響いた。

 俺よりも強いオロチさんのことだから心配はないと断言したいがあそこまで激しいとやはり不安になる。


「マサオミお兄ちゃん、心配なの?」


 ルゥの煌めいた笑顔からは不安を一切感じられない。オロチさんのことを信じているのだろう。


「あぁ、ごめん。オロチさんなら大丈夫だよね」

「そうですよお兄さま。仲間を信じてこそ私たちなのですから」


 彼のことだからちょっと本気を出して相手をしていることだろう。俺には俺の仕事がある。

 愛馬が可能な限りの速さで疾走してくれているお陰で、シャルトュワ村の農耕地帯も見えてきた。


 だが、様子がいつもと違った。赤い風景が視界を占拠して焦げ臭い匂いがあたりを充満させていたのだ。


 ──大火事である。


 燃え盛る業火は畑を焼き付くし、家々は原形を残さず焦げ付くして中には焼死体のような黒い人型が。

 上空にドラゴンの仮面を付けた男が高見の見物をしているではないか。


 この惨状を見て昔の俺なら直ぐに激怒していただろう。されど、今の俺は静かに怒りの炎を燃やしていた。


「君は誰だ………邪神教なのか? 」


 俺の問いに仮面が笑った表情へと変化し、淡々と男は答えた。


「来たか、今は名乗りはしない。火祭りの時間も終わりだ。コイツらと遊んでいろ」


 片手を天へと伸ばし拳を握った男。

 この禍々しい気配は魔神……枢機卿配下の十二魔神だと推測する。

 彼の影響か天候が荒れていき、黒雲が立ち込める。天候操作は叢雲の専売特許。残念ながら既に俺の主導下にある。


 直ぐ様支配権を変更し、怒りを表した一撃を見舞いさせることにした。


「あのなぁ……生きるものたちの命をなんだと思ってんだよ! 叢雲よ、天誅を下せ。〘断罰の黒紫雷〙──! 」


〘神器解放〙後、男の全身を覆う程の太く黒い雷が直撃し、紫雷が数十発ほど放たれた。

 せめて麻痺くらいしてくれれば僥倖だが……彼は無傷で首を回していた。


「抜かせ。この程度か? 」


 直後、引っ張られるような感覚がして叢雲の支配権があちらへと移った。どうやら彼も同じような能力を持っているらしい。

 黒煙から六匹の巨大な鯉が表れて大雨が降り始めた。


「残念ながら分身だ。さらば」


 男の姿が無数の紙片へと変貌し、ぼろぼろと崩れさって消えた。


 残された鯉たちは従順に従い虚ろな目で空を泳ぎ始めた。


「雷で行ってみるか」

「まな板の鯉にしてあげましょう」

「こんなにおっきなキャラピアって美味しいのかな~?」

「鯉の魔物ですか……ボクの研究の礎となるのです」


 ミューリエの殲滅力にウィズムの探求心。ルゥの食い気はどこまでも変わらないな。

 強敵に変わりないが、クッキングのお時間と洒落込もう。


 試しに空中浮遊できる六聖杭51本を召喚後、鯉の周囲に差し込み、霹臨天胤丸へ雷を纏わせる。接続端子として杭めがけて雷撃を放つ──!

 連鎖し行く軌跡が数秒にして全ての鯉へと命中したが……無傷だった。

 俺に視線を向けたが個体差はあれど睨む程度で特に何もしてこなかった。不敵な鯉らに一泡吹かせたい。指示を変えよう。


「ボスに対して雷が聞かないなら部下である鯉たちも然りということね。迂闊でした。皆、作戦変更! 雷・電気を用いた攻撃は無効。恐らく水属性攻撃も無効。その他属性攻撃と刺突攻撃による検証をお願いします! それとサンプルと食用に二体捕獲してください!」

「了解!」

「了解なのです。」

「わーいご飯~! おっけ~♪」



 まず天衣の力で飛翔し、鯉の分別を付けるために食紅でA~Fまでマーキングを行う。次に検証の為、空中に浮いたままの六聖杭を一本回収して鯉Aに射し込む。


 だが、鱗が硬いせいで弾かれてしまい杭の方が耐久出来ずに砕け散った。


 鯉Aは相変わらず気にすることなく悠々と泳いでいる。個体によってはアグレッシブな個体もいるようだ。


 どこか有効打になるところはないだろうか………。こんな時は監視用アイテムを召喚する。


 監視カメラが良いかもしれない。

 名称は⟬太陽の瞳⟭と名付け、球体に描く。太陽の紋章もつけて召喚サモン──!

 思いどおりに召喚したそれを鯉Aの回りに縦横無尽に飛んで貰い情報を収集。


 その後、召喚用画面に⟬洞観の眼鏡ツァイトグラス⟭リンク可能と追記して眼鏡も〘再召喚リ・サモン〙しておいた。

 早速眼鏡をかけて解析結果を読み取る。


 体の所々に空気を吸入している弁、浮袋と呼称しよう。

 それが空中遊泳を可能としており、10ヵ所ある弁を塞げば恐らく落下を狙えるはずだ。比較的柔らかい胸ヒレの付け根、眼球などを含めて14箇所撃てば勝てる。


 ダメ押しの確認の為、ウィズム宛に通信用ネックレスで連絡、解析してもらう。


「ウィズム、鯉の解析を頼む」

『もう出しているのです。皆に伝えてます』

「さすが俺の駄妹。」

『うっ、ウルサい。こういう解析アイテムを召喚する時にボクを呼ばないなんて……お兄たんのバカァ! プツッ。ッーッーッー』


 通話を切られた後、ぷりぷり赤面で怒り数百mセリテ先から僕と堅牢な鯉C狙いで背中の砲塔からγ線バーストビームを放ってきやがった!


 あれは以前仲間の技分析をするため、並列演算で算出後、俺の体を何故か貫通できることが発覚している。

 危ないので難なく避けたが、ホーミングビームだとっ!? 追尾しないでくれ、鯉Cに当たるように避けてっと……ふぅ、撃破完了。


 プロスナイパーウィズムの腕は高く、心臓と脳、浮き袋にクリーンヒットさせた。

 復活しても動けないように六聖杭を10本刺して拘束。

 六聖杭には邪な敵を弱体化する働きがあるので通常の刃物や杭ではなくこちらを採用。


 ウィズムの暴動に気付いたミューリエが攻撃的な鯉Dからの猛追を防壁魔法で防ぎつつウィズムを叱咤。

 水属性魔法の応用で特級魔法〘冰穿鋭壊槍霰彈パグラ・クルスタロン・ランチェ〙を発射した。

 前述した弱点を中心に隙間なく撃ち氷の槍だらけになった所を〘|永劫消失エタニティヴァニシング〙による爆発四散。

 全てノールック並びに無詠唱でこなしウィズム・鯉D共々絞り上げた。



 ルゥは逃げ足の早い鯉Eと臆病な鯉Fに対して重力魔法を織り込んだ〘天地神明吸呑嚥麓砲アッソルート・エスティンツィオーネ〙なるものを両手から発動して捕食しつくした。 

 鑑定したところ、技名の名付け親は不明、皇神級クラスの威力はあるようだ。


 さて、残るは鈍感な鯉Aと警戒心の強い鯉B。

 Bに対してナイフを1000本程空中遠隔召喚してホーミング機能+不壊の加護付きにして最初から避け切れない速度で鱗取り、小さく賽の目切りをした。

“終わりのゴーレム”フェリオスほどの再生能力はなかったのが幸いした。


本当に足止めのみが目的らしい。



 残った鯉Aに実験台になってもらおう。

 前々から疑問だったが、敵でも〘画竜点睛アーツクリエイト〙によって〘返還リバース〙は可能か?

 天衣の空気抵抗を減らして速度を上げて額に触れる。


「あるべき姿に戻れ〘返還リバース〙──!」


 すると鯉Aは仮面の男と同じく無数の紙片となって召喚用画面の中に取り込まれていった。

 概要欄を確認と。


 ──これは多分、召喚術……。しかも〘画竜点睛アーツクリエイト〙と同じ初期の召喚術!?


 8500年も俺を除いて使用者がいない中、邪神教の中に扱える者がいる。


 竜の仮面の男も召喚術によって形作られた分身。


 相手方の召喚術は世界に顕現してから受肉され実体を得る流れとなる。俺が扱う〘画竜点睛アーツクリエイト〙は顕現前から受肉されており、対になっているように感じる。


 欠損した不完全な召喚術なのだろうか?


 なぜわざわざ不安定なものを使うのか窺い知れないけど、シャルトュワ村の復旧作業後、西方大陸へ行こう。


 あそこには邪神教にとって目の上のタンコブである世界的宗教、六聖教の本拠地がある。

 嫌な予感がしてならない。

 善は急げ、先に村の復旧からだ。


「戦闘終了。これよりシャルトュワ村へ向かいます!」

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