第32筆 煌夢の炎天竜

 ラウニ山の火口には一匹の竜がマグマを浴びていた。どこか名もなき平原の守護竜にも似ている。

 アルレ以外の生物が殺されたことからもう一体の生き残りは彼しかない。


 ──炎天竜アグバイシス様である。


 岩漿が滾り、熱風と溶岩が振りかかるが何も気にしていないようだ。

 よく見ると卵を温めていることに気が付いた。


「あのーアグバイシス様?」


 俺に気付いたアグバイシス様は視線を卵から俺へと移した。


「ほう、雅臣とその一行か。我は育ての最中。何用か?」

六聖紋章石エレメントストーンを受け取りに来ました。」

「そうか。ならば試練となるが、もうじき待たれよ。子が生まれる。」


 すると、卵にヒビが入り始めた。固まり始めた溶岩のような見た目にも関わらず少しずつ亀裂が増えていき、割れた。


 頭に殻を被ったまま翼を広げ、少しだけはみ出た口から小さな炎を吐いた。

 可憐な命の誕生の瞬間だ。


 頭を振っても取れない殻に少々苛立ちを感じているようで呻いていたが、アグバイシス様が殻を取って見えた大きな瞳は純真無垢でまっさらな美しさを感じた。


「うぬ。元気そうで何より。試練の内容を言おう。それは──」

「「「それは?」」」

「ダンス勝負だ!」


 ほぇ? アグバイシス様は踊りがお好きなんですかね?


「え……踊りですか?」

「そうとも。審判は我が出ようと思ったが、子にやって貰う。」


 生まれたての炎天竜の子は器用に腕を組んでしたり顔をした。

 いや、君聡いね!!? まだ生まれて数分だよね!?

 世界最強格の神竜種とあってか知能も高いねぇ!?


「雅臣よ、自信が持てぬか? 他の者でも大丈夫だぞ?」


 しかし踊りか……。

 俺が一番得意なのは神楽舞だ。

 何せ神社の神主の息子だったから。

 しかし、両親が神ということで神社もキナ臭い存在になってしまった。

 母は数ヶ月の投薬で治るガンではなく、何度移植しても数日にして臓器が壊れる新型の全身ガンに罹って亡くなった。

 父よりも常時ニコニコしていて、特に踊りが上手い人だった。

 俺の系譜についてざっと調べるか。

 わかると神の能力を継承して行使が出来るのでご理解頂きたい。


 というわけでウィズムっち頼む。


(了解、雅臣さま。──出ました)


 祖母:天照大御神。

 父:天忍穗耳尊あめのおしほみみのみことの分霊体。

 母:天宇受賣命あめのうずめのみことの分霊体。


 何だこの豪華なラインナップは──!?

 ……ん? おかしい。


 違和感の原因はこれだった。


 まず、この二柱は神話上結婚すらしていない。

 分霊体というのはいわば分身のこと。わざわざ俺の為に父さんと母さんは結婚したのか。

 俺の出生が謎過ぎて二人に会わなくてはならなくなった。


 だけど母さん、今はその力、お借りします。


「アグバイシス様、受けましょう。〘御霊みたまオロシ〙──!」


 俺の背後から半透明な母さんの分霊体が虚空より出現し体内へと入っていった。衣裳は普段着ている鎧に外套から装束と儀剣へと着替え、〘画竜点睛アーツクリエイト〙の応用で擬似的な召喚を行っている。


「ほう! うぬの母君は踊りの神なのか! 面白くなってきた! 〘竜人化チュクスファール〙──!〙


 アグバイシス様は己の身体を燃やし尽くして翼で炎を振り払うと巨大な竜から長身の竜翼を持った人へと変化した。

 己の身体を焼くのはエリュトリオンにとって定番の手段なのだろうか。アルレの進化の際も真似してしまったけど。


 タキシードを着た中性的な姿のアグバイシス様は子たる幼竜からは羨望に満ちた視線が降り注がれている。


「キュゥゥゥン! クィウゥゥゥ!!」

「我が子よ、ありがとう。では舞台を出す」


 パチンッ! 炎天竜様華麗に指を鳴らすとマグマが急激に固まって一つの舞台が創られていった。


 これが神に等しい竜の力なのか──!!


 ブレイクダンスステージとも言える二分された舞台は火口より隆起していき、外周は天へと岩漿が吹き上がって固化した。その様は竜がいがみ合いをしている情景を再現したかのよう。


「いざ、己が威信をかけて尋常に踊り狂おう!」

「よろしくお願い致します!」


 じゃんけんを提案し、勝ったのはアグバイシス様だった。


 彼は足踏みを二回すると舞台の床が磨かれた黒曜石のような輝きを見せた。鏡面のような仕上がりをみて思う。これはタップダンスか……!?


「そう。──これは究極のタップダンス」


 アグバイシス様は光速まで追える我が眼で視認するのもやっとの速さで矢継ぎ早に韻を踏んでいく!

 心地よい共鳴を繰り出す足音の絶技に思わずこちらも見惚れてしまうほど……。

 子竜もテンションが上がって真似をしている!


 否、ここで負けて堪るもんですか!

 あちらが“動”ならば“静”の動きを魅せてやりましょう!


「〘画竜点睛アーツクリエイト〙……富嶽流々桜ふがくりゅうりゅうざくら──!!」


 桜吹雪を召喚して流麗たる日本舞踊を魅せる!

 淑やかで凛とした動きは静ながらも見るものを惚れさせていくってね。


 その様にアグバイシス様含め子竜たちも喜んでくれている!

「なっ、桜を召喚するとはズルいぜ、雅臣……!」

「わぁぁーー! きれい~~!!」

「キュッキュウゥゥ!」

「久しぶりの桜だぁー♪」

「実際に見ると綺麗ですね!」


 ミューリエきゅんは地球に来たことがあるのだろうか!?


「はっ! いかぬ、惚れてしまうところだった! ならばこちらは炎舞にて魅せる──!! 同時勝負だ!!」


 アグバイシス様は沸き上がるマグマから棒を生成して両端にはナイフ。それに炎を付けて舞い踊った。


 ならばこちらも儀剣に炎を纏わせて片方の手には鈴を持って音頭を取りながら舞い踊る!


「ふっ、まだまだぁ──!!」

「こちらこそ!!」


 両者激しさを増しながら、趣向を変え、時にブレイクダンス、時に神楽舞と深夜まで踊り明かした。


 深夜1時になる頃、オロチさんが中止の令を出して子竜に問う。


「どうだったか? 誰の勝利になる?」


 子竜は腕を組んで悩みながら答えを出した。


「キュウ、キュッキュウゥゥ!! ウキュウゥゥ!!」

「何なに? 『どっちも魅力的で凄かった!! 六聖紋章石エレメントストーンをあげようよ!!』だって!」


 ふぅ、よかったー。

 こちらとしても塔の作成よりも疲れてキレが落ちてきたから負けると思った。だけど、本心としては勝ちたかった。


「うむ、そうなのか。我としても良い勝負になったと想っておる。約束の品を渡そう」


 片手で握手を求められたので返してもう片方の手で六聖紋章石エレメントストーンを受け取った。


「お疲れさん。我も久々に興奮したぞ。今日は休むと良い」


 アグバイシス様が目を移すと子竜とルゥが抱き合って船を漕いでいた。

 なにあの絵面……可愛すぎて萌えるんですけど……!!


 かくして試練は無事クリアしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る