第29筆 煌煉の塔再生計画

 ◆◇◆◇◆◇◆


 苦痛の魔神であるシュカロアは逃げていた。

 ただひたすらに逃げていた。

 鶴と同じ翼を広げて、よく分からない喋る叢雲からの追撃を辛くも撒いて逃げ帰っていた。


 高濃度放射能爆弾を放ったけど、星神の因子持ちが結界の外にいた。アイツにとって放射性物質など空気同然。すぐに浄化してしまうだろう。


 本当に、規格外、規格外過ぎる──!!


 邪神様の娘で三千もの世界を救った女傑、ミューリエ・エーデルヴァイデ。

 咒神皇様の眷属が蔓延っていたドレグマを筆頭に数多の世界を救った英雄、八岐大蛇。

 謎の力を行使する“最後のイカイビト”東郷雅臣。

 星神の因子を持ったルゥ。

 アカシックレコードとリンクしたウィズム・リアヌ・アカシックレコード。


“終焉の召喚師”である枢機卿様に伝えねば……!


 急ぎ翼をはためかせ本拠地へと戻り、執務室にいる枢機卿様に恐る恐る声をかけた。


「ご、ご報告がああああります……」

「ふん、申せ」


 黒いローブを着た彼は顔がフード覆われて表情が窺い知ることは出来ない。

 ちーのような新入りには顔を拝むなんて夢のまた夢だ。


「たたた大変申し訳ありませんが、マサオミとこここ交戦して負けました。去り際にこここ高濃度放射能爆弾を放ちましたが、星神の因子持ちの特異点がいました。もうじき、浄化されてしまいます」


「そうか。勝ちたいか?」

「そそそれは……ももも勿論です!」

「近う寄れ。新たな能力を授けよう」


 崇高なる枢機卿様のことだ。きっと素晴らしいお力を授けてくれるに違いない。

 シュカロアはそう思っていた。

 だが、現実は違った。


 並々ならぬ滅びの力の奔流をシュカロアの額へと流し込み、彼女の身体は紙くずのように砕け、軈て粉のように霧散した。


「どどどどうしてですか?」


 精神体のみになったシュカロアは問う。

 敬愛する枢機卿の行動の真意が読めない。


「ふん、貴様のような所詮捨て駒風情が頭に乗るな。」


 枢機卿はわざと残した脳髄を握り潰し、液状化したそれを杯へと注いだ。


「糞不味い。何もかも糞不味いな。」


 娼婦になり、身体を売るしか知らなかったちーに新たな能力を下さった枢機卿様……。

 貴方しか頼れる人はいなかったのに。ちーの人生は一体なんだったの……。


「まぁ、良い。やはり人の人生と幸せの記憶を貪るのは快感だな。それだけは良い味だったぞ。さらばだ、シュカロア」


 枢機卿が手を扇ぐと呆気なくシュカロアは消え去った。彼女の人生は終わったのである。


 次に彼は残った十一人の魔神を集め、会議を開いた。シュカロアの偽物の首を持って。


「貴様ら、シュカロアが殺されたッ! しかもわざわざシュカロアの象徴である鶴に首をくくりつけてな! この行為が許されるかッ!? 」


 声高に響く枢機卿の言葉に文句を出す者はいない。例え、その首が偽物だとわかっていても、反撃の口実にはちょうど良いものだった。


 ……それを暗黙の了解とした上で、皆首を横に振った。


「そうだ、その通りだ! 我ら邪神教は報復を開始する! 全ては邪神エドゥティアナ様の為に!!」

「「「全ては邪神エドゥティアナ様の為に!!」」」


 彼らにとってお決まりの言葉を言った後、ある方向へと向かった。

 その方角には西方大陸。六聖神を祀る六聖教の総本山がある場所である。

新たな復讐の悪意は法皇へと向けられた。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 ルゥを転移で呼び出し、来て早々何とも無い表情で言った。


「この濃厚な感じ……放射能だね。懐かしいなぁ、地下深くのマントルで眠ってた頃を思い出したよ。あそこはビュンビュン飛んでいるの。久しぶりのおやつターイム!」


 大きく息を吸い込み深呼吸をして空気を循環させると被曝症状がなくなった。

 この力が漲る感覚は魔力濃度が濃くなっている。

 放射性物資を無害な魔力へと変換したということか。


「どうかな?」

「オッケー、ミューリエお姉ちゃん解除して」

「ルゥちゃんありがとう!! 解除するね」


 透明な防壁はマジックミラーのようになっていたので、外部からの様子は国民達に見えないようにしていた。

 今、全容が彼らに明かされる。


「嘘だろ……!?」

「六聖塔がない!? 」

「魔神が壊したのか……」


 予想通り国民達の反応は良くなかった。宗教的にも国家の象徴としてもその無惨な様を見て、俯く者、くずおれる者、嘆く者、涙する者、怒る者とそれぞれが込み上げるものがあるようだ。


「やはり……か。戦況はどうなったのじゃ?」


 真っ先に情報を問うたのは国王ディルクであった。

 一番悔しいのは彼のはずだ。

 だが、一国の王として溢れる私情を抑えているのが固く握りしめて出血した拳から窺える。


「勝ちましたが逃げられました」


 すかさずウィズムっちがフォローに入る。


「逃走後、魔神シュカロアの魔力の流れから痕跡を辿りましたが、妨害電波が飛んでおり、本拠地発見には至りませんでした。

それに遭遇時、マイクロボットを口内に投入していましたが、先程生体反応の消失を確認致しました。」


 俺の邪推だが、同胞を殺して戦う口実にしたと考えた。

 マイクロボットとはウィズムに頼まれて作った追跡用小型ロボットのことだ。コバエサイズでステルス機能を持っているので正体が明かされることはない代物である。


 さらにざわめく国民達に塔の主、アウロギ様が説明する。


「君たちの思いは痛いほどわかる。我ら六聖神の象徴で国の象徴たる塔を壊した邪神教の罪は重いッ! だが、安心せよ! “最後のイカイビト”マサオミが来た今、敵うものはいない!【 民草の代弁者】として必ずや邪神を打倒してくれるだろう! 」


 魔法を使って何か仕掛けたのではないかと思うほど大きく、強勇な声に思わず背筋が伸びた。


「さぁ、勇者の言葉を聞こうではないか!」


 アウロギ様が目配せをして喋れと合図を送った。


「おっ、おほん。俺は東郷雅臣と申します。邪神を倒す為に三年間の修行を経てエリュトリオンへと降り立ちました。全ては確実な勝利の為です。しかし──」


 ちょっと勿体ぶって言ってみたいことを言ってみた。


「俺は弱いです。修行しても修行しても己の心の弱さとは常に闘ってきました。皆さんもこれには悩まされている人も多いと思います。

だからこそ一人より皆でこの苦難を乗り越えましょう」


 こういう言葉は最終決戦前に言うべき格好つけたことだと反省したが、人々の心には響いたらしい。疎らな拍手から盛大な拍手に次第と変化してしまったいった。


「あんちゃん、良い言葉だ。渡航の際は声をかけてくれ」


 日焼けしたような浅黒い肌の青年が小さな賛辞をくれた。


「どっしゃ、うかうかしてられねぇ! ワシら大工の出番だ!」


 自らを大工と名乗った年輩の男が瓦礫を撤去し始めた。

 この姿を見ていたディルクさんが再度、皆の前に立つ。


「愛しき民達よ! 我らドワーフの国はマサオミたち一行と同盟を組む! 邪神との終末戦争に備え、今は出来ることをせよ! 以上、解散ッ!!」


 国家元首の決定に異議なし。

 各々持ち場へと戻っていき、王城にはロミュカミュシア及びシュカロアに対峙した者と大工集団のみが残った。


「マサオミ、ちょっと良いかな?」


 アウロギ様に手招きされたので何事かと思ったら衝撃的なことを耳打ちされた。


「さっきはありがとう。あんなこと言っちゃったけど、実はけっこうヤバい。六聖塔は僕ら六聖神の力の半分を込めた心臓と言っても過言ではないんだ。すなわち、塔の消失は以前の半分程の実力になり世界バランスが崩れるきっかけになる」


 アウロギ様は懐から一枚の地図と紙を取り出した。


「先ずは塔の消失のリスクについてだ」


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 もしも六聖塔が壊れたら……?

 ・環境バランスを保っているので、環境破壊が進行する。火聖塔の場合、世界各地の火山活動が活発化し、気温が上昇する。

 ・寿命の半分を削って作った代物。消失した場合はアウロギの力が本来の半分程に弱まり世界が終焉へと向かい始める。


 =======================


「次は地図を見てほしい」


 アウロギ様が指差したのは北方大陸ことへゴア大陸だった。

 大陸の亀裂は片仮名のようにも見える。


「ここには闇聖塔があったが8000年前に消失したのさ。その為、闇の力が溢れだしてその力を得ようと異界から魔神がやって来るようになった。つまり、後四つ崩れれば確実に滅びは近づく。人々を路頭に迷わす訳にはいかないからね。これだけは避けたいんだ」


 邪神教にとって六聖神とは目の上のタンコブだ。

 あちらとしては即座に潰したい相手。

 だが、今日決行したのがやはり腑に落ちない。俺が来る前に何時だって潰せたはず。


 ……うーん、これしかない。

 奴らは俺にということだ。


 民衆の心を揺るがせて混乱させる。

 その様に怒った俺の心を疲弊させていく……。


 まぁ、これも推測に過ぎないけどね。

 俺としての六聖塔に対する最大の提案は〘画竜点睛アーツクリエイト〙の立体描写機能で再生成しちゃえば良いかな、と思った。


「アウロギ様、煌煉こうれん塔の図面はありますか?」

「あるけどどうするの?」

「俺の〘画竜点睛アーツクリエイト〙で再建するんです」


 この発言には思いもよらなかったらしい。

 はっとした驚きの表情になっていた。


「やっぱ、君天才♪ ちょっと待ってね」


 鎧から着物へと着替えて鳩尾に己の手を突っ込んだ!?

 嘘だろ、なにやってんのこの神様っ!?


 急ぎ止めようと彼の手を押さえたが傷もなく手は見事に中に入っていて鳩尾と手首の間は靄がかかっていた。


「あ、そっか。初めて見るもんね。落ち着いてそのまま見ていて」


 なんだありゃ。

 表現しがたいが、貫いているようで貫いていないのだ。これは精神世界に働きかけているような技術に似ている。


 数秒ほどゴソゴソして手を引っ張りだすと巻物を握っていた。


「良いかい、マサオミ君。大事なものは魂の内側にある精神世界で保管。これ鉄則」

「え? はっ、はい!」

「やり方はね、神力か霊力を手に込めて非物質化するんだ。修行したことあるだろう?」


 勿論、ある。

 魂の力である霊力を手に込めると半透明になる。

 見よう見まねで鳩尾に突っ込むと何かあった。

 取り出して拳を開くとそれは凝った意匠の鍵だった。


「ん? 鍵だね」

「そうですね」

「あっ! それ! 」


 ウィズムが口をあんぐりとして仰天していた。


「その鍵! 見せてください! ずっと探してたんです!  それと〘画竜点睛アーツクリエイト〙も!」


 あまりにもせがむので何事かと思いながら起動。

 ウィズムが三面に展開する画面を勝手にめくりながらある画面で止まった。


 ~警告!~


 この鍵穴を開くには条件があります!

 ・魔神を一体倒す

 ・専用の鍵を使う


 誰が鍵を入れたのか分からないが、条件は全部揃っている。躊躇うことなく鍵穴に突き立てると鍵は消失して『解除』の二文字が表示された。


 機能面を確認すると『立体描写強化』が追加されていた。これは作業が捗りそうだ。


「流石、ウィズム! 良くやった!」

「てへへ。どういたしましてです」

「面白いものが入っていたようだね。それで、塔はどうする?」


 今からぶっ通しで建てるか。


「先に謝っておきます。ごめんなさい。今から寝ずに三日で建てるので異論はなしでお願いします。」


 男に二言はない。

 ウィズムから「お兄たんはアホ」とミューリエから「バカオミ」と言われたが構わない。


 秘策があるのでこの行動を取っている。

 アウロギ様と大工の方々と共に計画を練っていった。

 夜通し作業をするなか、初めて見た夜空には月が無かったことに気付いたのだった。

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