第28筆 苦痛の魔神

 苦痛の魔神シュカロア。

 ボンデージ衣装はそのままだが、穿たれたはずの腹は再生し、そこには鶴の刺青が彫られている。

 更に背中からは刺青と同じ鶴の翼が生えた。


 周辺の避難を要請したウィズムに連絡用ネックレスで情報を送り、調査して貰った所、ロミュカミュシアが倒されると現れるもう一つの人格という。


 引き続き痛みを伴う攻撃が無効。


 しかも限られた者にしか使えない魔法、〘幼若化リジュヴェネート〙を用いた為、言動が少し幼くなるが、異様に強くなるとのこと。


「ほーん、ちーのことをよくわかってるろー」


 こいつ、心を読みやがったか。絶頂狂では無くなったが、女を痛みつけない主義者である俺には戦いにくい相手だな。


「ちーを傷つけた刺突、おみゅらに味わって貰うろー!」


 シュカロアは持っていた鉤爪を出現させた闇の空間へと放り込み、再び手を突っ込むと螺旋状に刃がついたランスへと変貌した。


「新たな武器、酷斬尖槍こくざんせんそうトルクリアスの錆びになっちゃえろー!」


 ニセルツmはある大槍を振り回し、突き、徐々に間合いを詰めてくる。

 くっ、刀と槍とでは相性が悪すぎる!

 だが、こちらにも対策が一つあるのだ。相手がランスならば、こちらも薙刀や槍で対応すれば良い!


「あーままま! 刀剣序列四位、【周格】 斷権麈天 たんげんしゅてんの力を味わうが良いろぉ!」


「〘神器開放・解除〙。我が願いに応えてくれ、霹臨天胤丸へきりんてんいんまる! これより〘返還リバース〙する!」


 光の粒となって一度世界に還元した愛刀に新たな姿をえがき始める。空間が裂ける凶悪な一撃を膂力りょりょくを用いて回避。


 斬撃の衝撃波は驚異的で、ミューリエが構築した防壁魔法に無数の罅割ひびわれを起こして切創が出来るほどだ。


 魔法の構築者たる彼女は左手で維持と回避、右手で援護に専念してくれている。


 オロチさんも対処しきれなかった背後からの攻撃を鱗で硬化した腕を用いて弾き返すか、受け止めて刃を折っている。

 お陰でこちらも描くことに集中出来る。


「ミューリエ、オロチさん援護感謝します!」

「オミくん、まだいけるよ!」

「背後は俺様にまかせとけっ!」

「ミューリエ姫、無理はしないように! マサオミ、再召喚するのは良いがまだかなっ!」


 そして猛攻を受け続ける俺に代わって、アウロギ様が殿を引き受けてくれた。


「すみませんっ、後一分待ってください!」

「わかった! 良い武器になることを期待している!」


 みんなを待たせている。お客様を待たせる画家は嫌われるので俺の願いを叶えてくれ、魔導具たちよ!


『はっ。主君の仰せのままに!』


 この願いに左手に装着した[万解乃時計]は光輝いて俺の願いに呼応した。


 花冠をプレゼントした時よりも速い動きで半透明の画面に描いていく。


 愛剣、霹臨天胤丸へきりんてんいんまるは意匠にこだわり、着想から描画まで一時間掛かっていた。

 だが、今の俺の左手は魔道具の力によってものの一分で終わる神の左手へと昇華している!


 「完成だ! 」


 着脱式にしつつも戦闘時は外れにくい柄は握りやすさも考慮している。

 その名も〘霹臨天胤丸・長巻形態〙──! かつては最強の武器だったほことして君の新たな姿を見せつけよ!!


「我は東郷雅臣。召喚術と海外の申し子なり。愛しき子らよ、新たな姿となって会いまみえようぞ。〘再召喚リ・サモン〙──!!」


 半透明の画面に手を突っ込んでおもむろに引っ張ると周囲のイオンを雷へと変換させていき纏っている!

 静電気のようにピリピリとした連撃が手を襲うが、ここは少々我慢!

 やがて切っ先まで引き出して天へと翳せば、一瞬にして叢雲は集いて、一筋の祝福の紫雷が落ちる!


「痛ったぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 修行で神に近づき、実際天照の孫で神だった俺は久しぶりに働いた痛覚に元ホモ・サピエンスとして安心感を感じた。

偉大な武具となって帰って来た霹臨天胤丸へきりんてんいんまる

 彼は俺を試していたようで『……流石は…主君』と少しカタカタ震えた。

 落雷の衝撃か、やけに頭が冴えている。


「どれ、検証をするか」


 試しに空を斬れば暗雲は去りて、後光が差し込めている。神秘的な演出ありがとう。そして切れ味も良くなっているのだ。


『『『なんすか、なんすか。お呼びっすか?』』』


 サングラスを付けた叢雲たちが舎弟のようにざっくりとした敬語で俺に指示を乞うた。

うわマジかよ、叢雲が意思を持つようになったよ……!

 そして記念すべき初命令はシュカロアに落雷をすることにした。


『紫雷で牽制と援護をしてくれ』

『ウッス、了解っす』


 リーダーらしきリーゼントを持つ一際大きな叢雲が号令をする。


『ウッシャアァァァ! てめぇら、アニキの期待に応えやがれぇっ!!』

『『『ウッス!!』』』

『『『ヘイッ!!』』』


 総勢24座に上る舎弟叢雲らは圧縮して一体の巨大な叢雲となりシュカロア目掛けて紫雷を落とし続けた。


「うきゅううぅぅぅぅぅぅぅ!!? なななな、なんだそそそれは!? 見たことがないでちょー!」


 紫雷の威力はそれほどでもなく身体が少々火傷している程度。敵ながら美しい鶴翼も少しずつ羽が落ちていた。

俺もすかさずに攻勢に出て両翼を斬る。

 だが、落雷による痛みと動揺と恐怖は大きい。

 奴の脚が震え失禁しているが、変態魔神なのはやはり変わらなかったらしい。……違うか。


「クッ、うぅっ、痛い痛い痛い痛い痛ぁぃ!  あーもう鬱陶しい! 痛めつけるのはこっちの十八番おはこだし! 避雷針となれろぉー!!」


 トルクリアスを天へと掲げ避雷針の働きをして貰おうとしているようだが、叢雲の紫雷は増すばかりで刃も残った翼もぼろぼろになっていた。


「き、きかないでちょ!? ちーの武器はおみゅらより強いはずなのろー! なのに何で壊れていってるの──はっ!? もしかして」


 急に後ろへと待避し、赤い眼を万華鏡のような虹彩へと変化させて俺の愛刀を鑑定するかのように観察。直後に愕然とした。驚きと戦慄のあまり顎が外れ、血涙が流れている!


「あががが……。なななんで、そそそそこにあるろー!? 」


 急ぎ、顎を元に戻して話を続けた。


「ととととと刀剣序列二位【次格】 梵超提恆尊 ぼんちょうだいこうそん──!? むむむ無理だよ………。こんなの勝てるわけないろぉ……いや、討つ、討ち取る!」


 旋回する斬撃が弱まった。

 やはり様子がおかしい。さっきまでの狂気はどこかに消えていき、どもっている。俺は叢雲たちに指示を下す。


「叢雲たちよ、一旦休戦だ。シュカロアにもう戦意はない。操られてる」

『で、ですがアニキ……』

「くたばりたいか?」


 舎弟気質の子がクビ=居場所がなくなることが一番怖いと元ヤンの友達から聞いたことがある。

 なのでここは凄んで黙らせる。


『『『サ、サーセン……!』』』


 うむ、効果は覿面てきめんのようだ。

 アウロギ様は首に刃をかけ、オロチさんは天衣から出した二つの蛇頭が腕を絡ませて睨んでいる。

 ミューリエきゅんも距離を取って構えていた。

 俺には気になることが二つあるのだ。


「二つ、質問だ」

「な、なな何ろー?」

「一つ、邪神教についてだ」

「あぁ。僕も気になってたんだよね。何で今なのかなとね……!」


 アウロギ様も相槌を打って興味を示した。


 煌炎塔も跡形もなく崩れ去り、以前こいつに会ったことがあるという彼は怒りのあまり火傷では終わらない熱気を滾らせ、全身の血管が浮き出ていた。

『エリュトリオン全集』にもだと書かれている彼が、──!!


「ここここ答えないろぉー!! 守秘義務だし答えたら、ららら…… 」

「あぁ? どの口が言っているんだい? あまり六聖神たる僕を怒らせるなよ……!」


 必死に抵抗するシュカロアにアウロギ様の口が裂け、般若よりも怖い真蛇しんじゃの表情になった。しかも口からマグマが溢れ落ちている!


「ひひひひひぃぃぃぃ!! 」

「キサマ、以前ラウニ山で会ったよね? 寒いニ月のことだ。僕がサウナに来ていた時、不意打ちしたよね? それくらいはまだしも六聖塔を潰すとか何考えてんの……!!」

「お、落ち着いて下さ──」


 シュパッ!


 俺の抑える声も空しかった。

 呆気なく両脚が一瞬にして切り落とされ、言葉にもならぬ悲鳴が耳朶を叩く。太腿以下の脚は炭化してすすになり、大気へと散っていく。


 神の逆鱗は恐ろしく、魔神よりも残酷だった。

 一億年戦争しただけはある恐ろしい一撃を見てしまった。


「おい、やりすぎだろ……」


 流石にオロチさんも戦意喪失した幼女をいたぶる趣味はなく、引いている。


「そうだろうか、オロチ殿。試練だからね。最後はマサオミにやって貰うさ」

「……は、はぁ」


 思わずまともな答えすら出ないほどであった。

なぜ刀剣序列というどうでも良いことを話したのかも気になる。何か裏があるのか? 魔神は利用されてるだけ?

 邪神教については答えると死ぬのかもしれない。


「質問を変える。シュカロアよ、君はなぜ魔神になった?」

「それは覚えてない……もう、ちーは長くないからこれを……」


 シュカロアは手を握ってと差し出すので握り返すと小さな珠だった。


「そそそれは継玉コムル。序列や所有者についても書いてあるから見ると良いろー」

「ありがとう」


 使い道がわからないのでウィズムに聞くとしよう。


「じゃあね、さよならろー。一緒に〘爆破〙するろ──!」

「え……?」

「雅臣、あぶねぇっ!」


 突如、きのこ雲をあげて巨大な爆発が起こり、クレーターが深く大地を抉った。

 オロチさんの咄嗟の判断によって事なきを得たと思った。だが、違った。


「ごほっ、ごほっ、ぐぼっ……!」


 咳が止まらない。口元を押さえた手には血が。

 俺には効果がないはずなのに、白内障の症状が出始めている……。


「ごふっ、ごふっ……!」

「こほっ、こほっ……!」


 オロチさんもアウロギ様も症状が出始めている。だが、ミューリエのみ症状がない。彼女は恐らく加護や祝福で耐性があるのだろう。

 シュカロアめ……厄介な置き土産をしやがった。


「ゴフッ、自分の弱さを活かしたみてェだな」


 オロチさんの言う通り、あいつは核爆弾……高濃度放射能を振り撒いて俺たちを被曝させることが真の目的だったんだ。

 恐らく俺が比較的簡単に立ち回れたのもシュカロアが十二魔神としては末格でそこまで強くないんだ。

 所詮は捨て駒扱いか。

 枢機卿は同志だろうが命を軽く見ていると推察する。益々ぶん殴ってやりたいね。


「皆さん、この一帯は放射能によって汚染されていますっ! ミューリエが残り二層になった防壁を解いてしまえば人々は被曝し、数億年は立ち入り禁止区域になるでしょう」

「くそっ、やはり放射能か。三度も味わいたくないなかった」

「邪神教め……厄介なことをしてくれるなぁ!」


 六聖神であるアウロギ様をもってしても対処法はない。オロチさんのという言葉は多分、贖罪生活ボランティアで広島と福島の空襲被曝を経験しているのかもしれない。


「ミューリエ、どうにかならないかな?」


 俺のこの質問には彼女は答えづらそうに俯いていた。


「私は加護によって被曝はしないんですが、放射線を無害なものに変える魔法がないです──!」

「姫も策がないとなると……」

「打つ手なしかよ!」


 しかし、流石は未来の花嫁。奇策をすぐに思い付いたのである。


「特異点……星神の因子を持つルゥちゃんならいけるかもしれません!!」


 んん!? そうか、星神の因子を持つルゥならばこの問題を解決出来るかもしれない!


うん、思い立ったが吉日! 戦闘が終わったことと連絡用ネックレスでルゥを呼ぶことにした。

 頼む、出てくれよ……ルゥ!!

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