第21筆 忘れ果てた弟
──夢を見た。
目が覚めているようで覚めていない……。
でもきっちりと夢の中と自覚している。
これが明晰夢というやつか。
眼前にはうっすらと白い髪、白い睫毛が生えた一人の男の子がいて母胎にいるときのように
周囲は赤く、身体がふわふわしていて、母胎にいるようなという表現をしたが、まさか……?
もしかして、ここは母胎の中なのか!?
だったら物凄く珍しい明晰夢だ。
改めて自身と目の前にいる男の子を観察する。
まずは自分だ。
理由は解らないけど、俯瞰と一人称視点双方で見ることが出来た。
手も小さくて、へその緒を見れば下へと繋がっている。どうやら自分も頭蓋位の状態になっているようであまり動けない。
次に、男の子だ。
この子は俺の身体よりも一回り小さい。
もしも、双子であれば、同じくらいの身体の大きさになるはずだが、栄養供給のバランスが不均等なのか、もしくは染色体異常が起きているのかもしれない。
肌も俺よりも白くて弱々しく、
あまりの弱々しさから心配になって、頑張って彼の頬に手を指し伸ばして撫でる。
すると、彼の大きな目が開き、
俺の顔は赤子なので幼く、うっすらと黒い髪が生えていることがわかる。
彼がゆっくりと口を開く。
『お兄ちゃん⋯⋯』
中性的でたおやかな声が耳朶に心地よく響く。
喋ったことにびっくりしたが、夢だから可笑しくないと割り切って返事をする。
『大丈夫⋯⋯? 元気ないね』
彼は心配させまいと力強く頷いた。
『うん。お兄ちゃん⋯⋯僕はもたないみたい。そろそろ天国に僕は戻るよ。だからね、栄養を経ち切ってお兄ちゃんにあげているんだ』
そう言って彼は薄く微笑むが、俺は納得できない。
『なんでそんなことをするんだい? 一緒に生きると決めたじゃないか? 』
不思議なことにこの言葉が浮かんだ。
今、かけるべき言葉なのではないかと思ったから。
『お兄ちゃんはね⋯⋯最後の希望だよ。だから⋯⋯おやすみ⋯⋯⋯⋯』
それから数分経っても、数十分経っても彼は目が覚めることはなかった。
そこから胎膜がカーテンのようにかかり、再び開かれると彼⋯⋯弟は起きていた。
『お母さんとお父さん、賑やかだね』
『そうだな』
くぐもっていてぼやけた声だが、胎盤の外から聞き覚えのある声が聴こえてくる。
『ねぇ、あなた』
母である綾子が父に問う。
『何だい、綾ちゃん?』
『もう29週目だし、この子たちの名前、どうしよっか? 』
『うーん、そうだね……一卵性の双子だし、漢字一字違い名前でも良いかなとも思ったけど、この子らの個性を大事にしたい。だから三つ考えた。』
『三つ? 』
神社の宮司である父は祝詞を読み上げるような厳かな声で名前を言った。
『一つ目は慎二。世界を躍進し、慎ましくも二つとない個性を持った子に育って欲しい、という願いを込めた。あの子の後を継いで欲しい』
突如、母の啜り泣く声が緩やかに響く。
『……ぐすっ、ぐすっ。いいえ、それは一番最初に妊娠した子の名前でしょ。駄目よ。
あの子はあの子で幸せになって欲しいし、継がせるのは反対するわ』
この言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
俺の兄に相当する彼のことを知っている、と魂が叫んだ気がしたんだ。
『悪かった。ごめん。そうだよな、あの子はどこかで見守ってくれているはず。なら二つ目は……』
両親は時を同じくしてある名前を言った。
『『──雅臣』』
おぉ、俺の名前ではないか!
これってやっぱり夢じゃないのかな? やけにリアルなんだよ。
『同じこと考えてたみたいね。』
『そうだね。先に生まれた子を雅臣にしよう』
『強靭な心で人々を支え、東郷の名を継ぐ者。雅びやかで後々コスモ様に仕える……臣の字をつけて雅臣ね』
それで俺が先に生まれたから雅臣なのか。後にも先にもコスモちゃんに仕えることは決まっていたようだ。
『三つ目は
父が言ったその名前は隣にいるこの子が……?
『お父さん、僕の名前をつけてくれたんだね』
そうか、やっぱりこの子が弟の悠弓翔か。
『みたいだな』
しかし、
『でも、やっぱり辛い……。』
先ほどの戻ると言い、辛いと言うのはどういうことだろうと思っていると、再び羊膜のカーテンがかかる。
……白光で目が覚めた。うぅ、眩しい。
ここは……分娩室?
手術着を着た人たちが心配そうに俺の顔を窺っている。
「あっ、良かったー! 目が覚めたみたい!」
「息がなかったから安心しましたよ!」
助産師らは母の胸元へと抱き寄せるが、泣き笑いの表情で涙が溢れていた。
「……うぅ、良かった……この子だけでも無事で…………」
母の涙は完全に嬉しさの涙じゃない。
……いた! 悠弓翔は羊水を吐き出したのに産声をあげることもなく静かだった。
死産だったのだ。
嘘だろっ!? 悠弓翔っ! あの言葉は冗談だろ!?
冗談と言ってくれよ!
一緒に生きるって決めただろっ!
なぁ、頼むから違うと言ってくれ……。
クソッ、俺はなんでこんなに大事なことを忘れていたんだっ!
「くっ、うぅ、うぅ、うぅぅぅわわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!! うぅえぇぇぇーーん!!!!」
あの交差点で初めて死んだ時以来の慟哭がむなしく響き渡る。
「やっと泣いたっ!」
「この子は大丈夫ですよっ!」
「は、はい! 良かったわ⋯⋯ 」
違う! 母が安心しているが、そんなことはどうでも良いっ!この声は産声じゃなくて慟哭なんだよ!
運命よ、なぜこの夢を見せたッ!?
意味がわからねぇ! 真実はどこにある!?
くっ、そうだよな。誰も答えないか……!
……ふん、良いだろう。世界よ、運命よ! 俺に何を求めているか知らねぇが俺は俺がやりたいことをやる! 生憎自由がないことが大嫌いなんでな!
「俺の願いに応えよ! 〘
〘
すまない、
ばかな兄ちゃんを許してくれ。
俺、兄として失格だよな。いくら物心つき始めたら記憶が消え始めるとは言え、それに責任を擦り付けるわけにはいかない。
だからさ、家族を召喚するのは初めてだけど、君を最初で最後にすると誓うよ。
愛しき弟の特徴は白く、瞳は
もし、生きていたらこんな姿だろうと。
それで、性格は俺と真逆なようで似ていて、真面目で優しい子になっているかもしれないと。
今、俺の
母胎にいた時のこと……全て思い出した。
いつも笑顔を見せてくれて、希望をくれた君は今度は希望を与える神のようになってくれるだろう。
俺は信じよう。希望の神、ユミトよ──!!
「我は求める。後に世界すべても求めよう。世の人々の希望を差し伸べるかの存在を。今ここに。〘
途端、黒い世界を祓う白光が拡散する──!
眼前に現れたのは先程言った通りの特徴でライトパープルのワイシャツを着た青年だ。
彼は開口一番、
「兄ちゃん、久しぶり! 元気だった? 」
とかなり元気な声が聞けたのでもう、嬉しくて嬉しくて思わず滂沱の涙を流して抱擁を交わした。
「うぉぉぉおぉぉぉ!ユミトぉぉぉ! 生きてたのかっ!? 召喚したときの感触が生体反応だったから、半信半疑だった。22年も待たしてしまって本当にごめんっ! 」
あの後、どこかですぐに生を受けたのだろう。
急に抱きついた俺にやや驚きながらも、背中をポンポンされて弟のイケメン対応に惚れかけた俺だった。
俺の過去が重大なキーワードになるとも知らず…………。
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