第18筆 幕間の物語 シノ編
※飛ばして貰っても構いません。興味のあるお方はお楽しみください。
◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ、若かったねぇ。アタシの若い頃を思い出したよ」
「お祖母ちゃんは昔話をあまりしてくれないですよね。気になります!」
「まさかこっそり地球が今どうなってるか見れる端末までもらってしまったの。折角だしどこから話そうかしらしねぇ」
アタシ、シノ・ファルカオは若き同郷の後輩であるシンに会ったことで昔のことを思い出した。
「まずはアタシの故郷のことから……」
◆◇◆◇◆◇◆
時は遡り、1945年、戦後初の冬に舞台を移す。
アタシ、鷹山シノは18歳の未亡人だ。
東京生まれ満州育ちで、婚約を約束した人がいたけど、彼は赤紙で召集がかかり、レイテ島の戦いで亡くなってしまった。
大好きな人が死んだあの日、私は戦争が嫌いになった。もうこんなひどいことをする人間を愛せないかも知れないって。
数ヶ月前に終わった戦争、太平洋戦争で終戦を知らせる玉音放送を聞いた時、勝てば彼の死が報われた怒りの気持ちと、負けて終わって安堵した気持ちが混在した。
そう思ってしまった感情。この咎は背負わなければならない。
アタシは他人のみならず、自分まで愛する資格はないだろう。
9月に引き揚げ命令によって東京に帰って来た。
大都会たる東京なら大丈夫なのではと淡い期待をしてしまう。
──だけど違った。
あの華やかな雰囲気と鬱蒼とあった建物は
「……う、そ…でしょ……!? これが東京……なの? 」
「おい、道の真ん中に立つなジャップめ! 轢かれたいのかッ!!?」
「
「すっ、すみません!」
彫りの深い青い目の男らに人払いをされ、GHQと書かれた車が通りすぎる。
親とは絶縁状態で風の噂で空襲で死んだと聞いた。親戚だって生きているのかすら
一人っ子のアタシには頼れる人がいないのだ。それでも生きていくしかなかった。
「あ、あのっ! ここで働かせて下さい!」
「何よ、あなた。どっか行ってちょうだい」
初めて行った料理屋は冷たくあしらわれた。だけど、アタシは諦めなかった。
意地の悪さだけが強みだった。
何としてでも雇ってもらおうと様々な所に声をかけたがどこも“女”というだけで断られ、羽振りの良さそうなおじさんが道端に捨てていった新聞には
「……女だからダメなの?」
私の独り言に答える人なんて勿論いない。お金がないアタシは闇市で食べ物を買うなんてとても叶わず、乞食にならざるを得なかった。
身体を売るなんてもってのほか。
私の自尊心と誇りが許さないのだ。
この決断が後悔を生むと今更気付く。現実は厳しいものだと。
一日に一人恵んでくれると運が良いくらいで、数日に一人の日だってあった。
時には獣のような男たちから犯されたことだってあった。
それでもアタシは一人で強くつよく生きていくしかなかった。
日に日に痩せ細っていく赤まみれの黒い体。全身から梅毒の症状である発疹が出る。
結核に似た止まらない咳。
この醜態のせいで、玩具のように蹴り回されたこともあった。
その傷口が化膿して
渇ききった声で喉の奥から血の味を感じながらか弱く呟く。
(アタシ、もう死んじゃうのかな)
涙が出そうになるが出したくても出ない。嗚咽だけが響いた。もう
もう眠気なんてないはずなのに次第に眼を瞑って眠ることが出来た。
『あんたは死なない、絶対に死なせない!』
死の時が近いのかな。幻聴が聞こえる。
『幻聴じゃないって。目を覚ましてみて』
うるさいなぁ。仕方なく目を覚ますと見たこともない草原の景色だ。
あぁ、これが噂の死後の世界かな。
『違うって言ってるでしょ。後は頼むよ、ステルヴィオ』
目の前に黄緑色の竜巻が現れ、突風が吹き荒れ、それがそよ風となり次第に姿を表したのは日本足で立つ
「え、猫が立ってるし喋ってる!?しかも私より少し小柄の身長………」
「か、可愛いっ! 気味の悪さより可愛いが勝ってしまった……」
猫好きな私は思わず抱きついて、不覚にも涙を流しながら今まであったことを漏らした。
あまりにもみすぼらしくけがわらしいアタシを気にすること無く、彼は優しく包み込んで、暖かな風をもって汚れと傷と病気を消し飛ばし、髪を整えた。
「にゃはぁ。随分の懐きよう。辛いことがあったんだな。紹介が遅れた。私はステルヴィオ=ルカレッソ。獣から人に進化することを選んだ種族の一つケット・シーの長だにゃぁ。先ほどお話頂いた宇宙そのもの様の配下。ここは見たこともない景色だから困惑しておろう。そこは世界の声が解説する。君の名前は何という?」
尊大さを帯びた金の瞳に心を奪われたアタシは数秒にして信頼できるヒトだと確信した。
「シノ。
「そうか。シノ、良い名だにゃ。だが、鷹山の名はどうやら使えないようだ。世界の声よ、解説を頼む」
『世界の声です。この世界の名はエリュトリオン。シノさまがいらっしゃった日本とは全く違う世界です。この世界の決まりで異世界から来た人は代償として名前の“書き換え”がどうしても起こってしまうようになっており、シノ・ファルカオという名前になりました。ご了承下さい。ステルヴィオさま、目的について説明を』
良くわからないラヂオの声が頭に響いてきたけど、悪意ある感じはしなかった。
「シノ。君の目的は一つ。
「その神様は何をしたんですか? 」
「世界にひび割れを起こし、死者を増やす呪いをかけた。その他許されざることを多数行ったのだ。倒すことが出来なければ封印する。そして私からは君に長寿の祝福、風魔法、封印魔法を授けよう」
わからないことだらけだが、困っている人がいるのと命を救ってくれた恩返しをしようと思った。
それからアタシはシノ・ファルカオと名乗り、今いる始まりの平原を抜け、ステルヴィオ様に風魔法と封印魔法を習いながら、ある町で一人の冒険者に出会う。
それが同い年のダルカス・シュナイデだった。
彼も長寿の呪いを授けられ、出会い様に私に婚約の申し立てをしてきた。
決め手は顔で選んだらしい。
勿論アタシは再婚しないことを決めていたので、断ったが、彼は粘り強く、アタシはその度に断っていた。
西の大陸で一騎当千の強さを誇るドワーフがいると聞いた。
他の六聖神に協力を仰ぎながら、彼の元に向かった。
彼は家出冒険者でドワーフの国の王子らしい。ドワーフは神器を作ることが出来るという話を聞いていたので彼に頼み込んだ。
彼は西の大陸では有名な鍛治師でもあった。
それがディルク・ドワルディアとの出会いだった。
全国行脚をしていると、中央大陸で唯一邪神を倒せると期待される聖剣使いの女剣士がいると噂が立つ。
剣士モモミは高瑞津国出身で、孤高と剣術を極めんとする者だった。10日10晩闘ってやっと彼女に協力してもらうことになった。
それほど彼女が切り結ぶ道は刹那に溢れていた。
中央大陸にある世界樹の図書館でダルカス、ディルク、モモミ、ステルヴィオ様と共に邪神になった原因、封印に関する書物全てを読み漁り、アタシは一つの答えにたどり着く。
しかしその結論はステルヴィオ様から
「今は最善かもしれないが、後世に伝えるべきではない。その時その時を生きるヒトたちに任せるしかない。だが、後世の人が良いと思ったなら使うだろう」
と言われた。でもこれしかない。
この方法で倒すしかないとアタシは思った。
北の大陸で闇の神を探していると、封印から復活した邪神が感づいたのか、エンシェントカースドラゴンより強い“終わりの龍“を送りつけてきた。
皆の全力の魔法、剣術、神器を以て挑んでも敵わなかった。
諦めかけたその時、只でさえボロボロだったダルカスがその身をもって龍の一撃を受け止めた。
「私はどんな手でも愛する女を守る!」
ダルカスの体は見るも無残に引き裂けバラバラに……。
「ダルカスッ!!?」
ようやく大切に出来るヒトたちに会えたのに。
時に笑いあったり時に苦しみ、時に足掻いて、どんなことだって共に歩んできた。
……また、守れなかったの?
違う。そうではない。そうであってはならない。
あの時言われたコスモ様の『諦めるな』という言葉がこだまする。
だから諦めるわけにはいかない!
「もうアタシを一人にしないで! 誰も失いたくないの!〘神器解放・尽閃〙──! 彼の者へ命の風吹かせ。失いしものに新たな祝福を。我願うは彼の者の蘇生。〘
ダルカスのバラバラになった肉体が繋ぎ目なく綺麗にくっついていき、再生した。
次の瞬間、彼の左胸がドクッと浮いた。彼はむくりと起き上がって抱擁し、アタシの頭を撫でてくれる。
「シノ、ありがとう。ちょっと待ってくれ。おぃ、てめぇはさっさと倒れやがれ!!! 」
龍の顔面を右手の一撃で殴り、その衝撃で身体の甲殻全てを壊し、肉が露呈した。
次に地面から無数の黒色半透明な杭を打ち出し動きを止めた所で、最後に金色に光る武器を幾万ほど魔力で作り出し塵になるまで切り裂き続け彼は「チェックメイト」と言い爆破。
武器は姿を消した。
「蘇生のお陰で新しい能力が宿ったみたいだ。改めて言っていいか? 結婚しよう」
ずるい。ずるすぎる。あんな格好いいことされたら断れるわけないじゃない。アタシは彼を抱き締めて耳元で囁く。
「バカ。もう絶対に死なないでね。アタシの二度目の人生、ダルカスで染め上げられてもいいわ」
こうしてダルカスと結婚した。
彼は後にこの死闘から“万武の龍殺し”と呼ばれるようになった。
この戦いの影響で極度のストレスからか、アタシは黒髪からプラチナヘアになり、ダルカスの茶髪は白髪に変わったのだ。
既に一度死んでいたのかもしれない。
時は経ち半年後。ついに邪神との決戦の時が来た。
邪神は狡猾だった。どんな手を使ってものらりくらりとかわし、魔法のほとんどは
しかし戦っていく中で違和感を覚えた。
中途半端に善意が残っているのだ。まるで誰かから後付けで悪意の塊にされたような感覚。
その対処法が世界樹の図書館で出た結論だった。
分離させれば成功率は上がる。
違和感も解決しなければ邪神は倒せない。
激戦によってモモミは死んだ。
このままでは倒せないと判断し、ステルヴィオ様と共に六聖神の力を込めた
悔しいけど、アタシたちの世代じゃとても無理だった。だけどこの封印は完璧じゃない。100年に一度ほどけてしまうから。
──もう次代に託すしかない。己の無力さを悔いてステルヴィオ様に謝罪したが、彼は
「良いんだ。シノ。これも一つの答え。あの結論から変え、君が封印にもう一つ手を加えたんだ。先代の106人がなし得なかった大快挙だ。素晴らしいにゃあ。あれを使ってくれるかは次代に託す。宇宙そのもの様には私から謝っておこう」
「そうですね。アタシの“命の一部”を入れましたから……」
◆◇◆◇◆◇◆
「へぇー、そんなことがあったんですね! お祖母ちゃんそんなに大変だったとは……。“あれ”とか“命の一部”って一体なんですか? あと、余談ですけど、ディルクさんってその時結婚していたんですか?」
こんなに食い気味なリコは久しぶりに見た。
世間一般からすれば、イカイビトの武勇伝が本人の口から聞けるのだから普通はこういった反応なのかもしれないね。
「一つ目は来たるときがあってほとんどの人には現れるものじゃな。
二つ目はディルクは実家に帰りたくないのと、許嫁に自分と結婚して縛り付けてしまうのは嫌だという優しさで家出したさね。
その癖が残って時々うちに家出してくるんだよ」
ディルクが先日気になることを言っておったが、雅臣がどうにかしてくれるだろう。
「私から伝えたいのは一つ。私が残した『あれ』を使ってくれると嬉しいね。頑張るんじゃぞ、雅臣」
雅臣からもらった通信用ネックレスに録音しながら、更にこの言葉が言霊で風に乗り、届くことを願った。
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