第17筆 伝説の八頭蛇

「いやいや、そこまでびっくりせんでも良いだろ。本来の蛇姿の方が怖いだろうよ?」


 いや、まあ、そうなんですけどね。

 誰だって朝起きると知らない人いるなんてびっくりするよ?



 ◆◇◆◇◆◇◆


 ~ミューリエ視点~


 目が覚めたら目の前に知らない人が窓際の椅子に腰かけていた。

 オミくんが変装の魔法をしているのかと思ったけど右側にぐっすり寝ているから違う。

 となると……誰なの?


「キャー!! 侵入者! 汝が望むは彼のものの消滅。〘永劫消失エタニティヴァニシング〙 ──!」

「〘滅びの全抵抗パニッシュフルレジスト〙──!ちょいちょいちょい!  空間ごとお陀仏になる光属性・神級の極大魔法使ってくるとは……俺様じゃなかったら避けられなかったぞ。侵入者扱いした奴にその攻撃してくるのは過剰じゃねぇか?」


 落ち着いて欲しいと椅子に薦められ、可愛らしい蛇の刺繍がされた巾着袋型の無限収納庫コフルカッサから優雅な意匠のティーセットを取り出した。


「この巾着袋が気になるか?」

「はい。とても可愛らしいです」

「まだ愛娘が幼い頃に作ったやつだ。愛おしくてどうも捨てきれん」


 そう言いながらポットとカップを温めるため、無詠唱魔法でお湯を注ぎ、蒸発。高級そうな茶葉を入れて蒸らした後、濾しながらカップへと注いだ。


「ということでミューリエちゃん。紅茶でも飲もうや。俺様は八岐大蛇。天叢雲剣(仮)の宿主だ。昔は俺の体内にこれがあったんだよ。今はその縁でこの剣に宿ってる。あと画竜点睛の影響もあるらしい」

「は、はぁ……あ、美味しい」


 薦められた紅茶を渋々飲む。香り高く僅かに甘酸っぱいこれは……農業が盛んな世界、メイテ・グレイリーの最高級茶葉ナクモルの茶葉だ。

 なぜ私がこの銘柄が好きなのを知っているの?


「何でメイテ・グレイリーの茶葉を持ってるかって? そりゃあ、ミューリエも倒したことある混沌の悪樹あっきの単独討伐に行ったからな。土産に貰ったんだぜ」

「この世界の茶葉を越える逸品に出会ったことないです」

「奇遇だな。俺様もそう思うぜ」


 悪樹とは勇者40人がかりでやっと倒せる怪物だ。私だって10人で何とか倒したのに、単独で討伐したの!? この人は途轍もなく強いのだろう。


 何だか凄いことになってきちゃった。

 

 落ち着いて来た所で考えてみる。

昨日オミくんが〘神器解放〙した時に羽織っていたものを彼が着ている。その背中の羽織に描かれた八頭八尾の蛇。

彼の体内に神器があったの? 画竜点睛アーツクリエイトの影響?


「私の一撃を神級闇魔法で相殺してくるなんて、怪しさ満点ですが、本来の姿がその蛇さんの姿なんですか? それと体内に神器があったとは? 画竜点睛アーツクリエイトの影響ですか? 」


 もう一度彼の姿を見てみる。

 身長は雅臣くんよりも高く187cmほどはありそう。

 一部三つ編みをした紺色の髪を持ち、鼻梁びりょうは鋭く、切れ長の金の瞳は叡智に満ちており、輪郭のみ焔の刺青が彫られている。


 整った顔立ちはすれ違った人をたちどころに一目惚れさせてしまうほど。だけど、私には心に決めた隣の彼オミくんがいるから揺らぐわけにはいかない。


 すらりと伸びた手足を引き立てる気品ある紫の柄つき着物に天衣ヤタマノオロチを羽織っており、風流な二本下駄を履いている。

 薬指には結婚指輪が遠慮がちに朝陽に反射して既婚者だと言うことが窺えた。


「あぁ、そうだよ。俺様の本来の姿は背中の羽織に描かれた通りの蛇さんだ。影響については俺もわからん。ミューリエちゃんは流石に日本神話のことは知らないだろ? ちょっと説明するわ。ゴニョゴニョ………」


 ~数分後~


「え、そうだったんですか。今は女の子を物理的に食べたり酒豪だったりしないですよね?」

「今は反省して酒を控えてんだ。泥酔すると女に見境つかなくなるからな。生まれつきだし苦労してる」

「大変ですね、オロチさん」

「ん……ん…う……」


 私の叫び声で起こしちゃったかな?オミくんの瞼が開いた。



 ◆◇◆◇◆◇◆



「とまあこんな感じなわけよ。オロチさんと呼んでくれ」


 ってかそんな騒ぎの中、今まで起きなかった自分に驚く。〘画竜点睛アーツクリエイト〙の影響も未知数。まどろみの中で聞こえたウィズムの反応……返答願いたい。


『オロチさまが現れて彼の説明された通りです。ボクとしては、オロチさまはお兄さまのサポートで現れたんですよね?』


「ウィズムちゃんか? 夜中の時、驚かせてしまってすまんな。まさにその通りだぜ。これからは武力面はかつて力の象徴とされた俺様がメインでサポートし、頭脳、戦略面のサポートがウィズムちゃんが、精神面、戦闘サポートをルゥちゃん、ミューリエちゃんが担当する形となる。

 それと天叢雲剣あめのむらくものつるぎの遺志を継いだその刀を使うには〘神力しんりき〙が必要となる。雅臣は特別だぜ、俺様の特訓で更に使えるようになるんだ。

だがな、神力が使える理由はまだ言えない。コスモ姉ではないあの方に口封じされている。

コスモ姉に殺されるのも耐えられんが、あの方にまた殺されるのも耐えられたもんじゃねぇ。

最後にルゥちゃん、良いことを教えてやろう。ゴニョゴニョ……」


「きゅう、きゅうぅぅ!?《ほんとなの、オロチお兄ちゃん!?》」


 ウィズムの翻訳は助かるが、ルゥに何を教えたんだ? あと殺されかけたとかコスモちゃんをナンパしたんじゃないよな。あの方も。オロチさんに酒は飲ませないように気を付けよう。神話通りに食べちゃったり、犯したりしないように。




 一階に降りるとオロチさんがいるもんだから亭主夫妻はびっくり。でも数秒後に立ち直った。

なぜこうも対応が早い?


「マサオミ殿はこうあるから慣れてしもうたわい。どうせその人も召喚したんだろう?」


 いやそれは違うと言いたいが、「またか、冗談きついわい」と言われそうなのでそのままにしておこう。


「同じくだねぇ。カデンとやらは助かってるよ。おかげで仕込み時間が圧倒的に減ったわぁ」


 おぉ、家電が使い物になってて良かった。

 文明崩壊? 違うね、きっかけを作っただけで後はエリュトリオンの人たちの好みに染まっていくから問題ないと思うんだけど。合わなかったら淘汰されるものだし。


 そんな家電で作った食事をオロチさんが怒濤の勢いでご飯を食べまくって、丁寧に切り分けながらもあっという間に無くなっている。

 しかも5人前は食べてないか?


 それに負けじとルゥも同じくらいの量を食べている。あのちんまい手でナイフとフォークで串刺しにして食べるものだからオロチさんが教えていた。


「あぁ、違う。こうやるんだ」

「きゃうぅ?」

「そうそう。ルゥ、上手いじゃねぇか」

「きゅいぃぃ!!」


 粗野に見えて実は丁寧な教え方がわかりやすいのだろう。

 煌めく結婚指輪と手慣れた所作は、シングルファーザーなのかなと思った。


 ルゥのナイフとフォーク一式は亭主いや、ゴードルフさんが専用のものを作ってくれたようで、プレゼントしてくれた。

 なぜ、ここまで知能が高いのか不明だが、おかみさんであるシャローズさん曰く特異点のスライムはこうあると伝わっているらしい。

 俺の画竜点睛アーツクリエイトも謎が深いが君も謎が深いよ、ルゥ。



◇◆◇◆◇◆◇



 亭主夫妻に別れを告げ、馬たちを〘返還リバース〙してからシャルトュワ支部へと向かう。

 宿屋の人気は高まっており、家電の影響かお客さんの出入りが増えている。


 昨日頑張ったおかげでサインや召喚要求に追われ冒険者ギルドに到着したのは予定の時間より30分程遅れてからだった。


 昨日と同じ席に座る小柄なドワーフのおっさん、ディルクさんは酒を……飲まずに紅茶を啜っていた。紛らわしい。


「おはよう、少し遅かったな。む? 同じ羽織を着た人物がいるな。儂はディルク。お主、非常に強い力を感じるな」

「お褒めの言葉として受け取ろう。宜しく、ディルク殿。俺様は八岐大蛇。雅臣の故郷の神だ。オロチさんと呼んでくれ」


“神”という単語に彼の眉が反応した。六聖神のことを知っているのだろうか?


「ほう、神様か。マサオミはつくづく神に好かれるな」


 六聖神については少しはぐらかされた気がした。ディルク翁はシノさんがいるカウンターへと駆け寄った。


「シノ、ダルカス、わしはこの者等と帰る」

「そうかい。またいらっしゃい。雅臣、頑張るんじゃぞ」

「寂しくなるな、ディルク。“新たな竜殺し” マサオミよ。期待してる。頑張れ、また会おう」


 シノさんとダルカスさんに握手をして別れを告げる。ギルドから出て歩いていると昨日クッキーをあげた少年に引き留められた。


「あのっ、サイン下さい!」


 先程からサイン責めだったからな。早くも慣れてしまった。

これだけでは足りない気がする彼にとって形に残るものの方が良い気がする。

 子どもたちに好かれるのは嫌じゃない。

 なるべく俺に良くしてくれる人にはお礼をしよう。


 そう思って〘画竜点睛アーツクリエイト〙を起動した。


「も、もしかして、召喚してくれるの!?」

「ごめん、俺はこの形のサインは初めてだからさ、君の身を守るものをプレゼントするよ」


 画家の頃からお気に入りの東郷家に伝わる、天照大御神から賜ったとされる“太陽の紋章”を入れた。

 機能面として

 ・彼の心技体に合わせた成長機能

 ・ランダム機能(彼の努力に反映する)

 ・刀剣の形状変更機能

・紋章による太陽神の加護

 ・召喚機能(彼の努力に反映して効果が強大に)

 を搭載した直刀と子犬をプレゼント。



 彼は召喚までの光景に目を輝かせながら歓喜の声を上げた。


「わあぁぁ! ありがとう! この犬も大事にするね!」

「うん、元気でねー!」


 こうして俺たちは少年にプレゼントを送り、村を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆


 その後、子どもが持つ短刀と子犬が神器と神狼フェンリルへと成長し、勇者として活躍するのはまた別の物語だ。

 雅臣が使う〘画竜点睛アーツクリエイト〙の上位互換機能・自動成長機能は常軌を逸していたのである。

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