第6筆 スライムとドラゴン

 人生初の魔物であるスライムは赤兎馬の一踏みによって崩れ──去らなかった。べちゃっという音は確かにしたが、何事もなかったかのように再生。

 いそいそと動き始めて興味深そうに俺を眺めている。


「このスライム、どのスライムとも違いますね」


 ミューリエが白馬から降りてスライムの目線に合わせた。


「だよなぁ」


 俺もミューリエに倣い、赤兎馬から降りて観察する。見たこと無いタイプのスライムだ。


『ぱらぱら……検索完了。アカシックレコードに繋いでみましたが、エリュトリオンではそのような個体は存在しませんね』


 ウィズムっちが検索したようだが、芳しいものはないか。

 ……俺の知識にあるスライムのイメージと全く違うのである。


 まず、瞳だ。


 この子は五芒星の虹彩を有しており、水色の瞳を持つ。体色はオレンジ色でがある。


 頭にはアホ毛みたいなセンサーがついていて世話しなく動いている。


 ──特筆すべきはコアがないことだ。


『エリュトリオン全集』を開いて芳しいものはないか確認する。

 あった、これだ。


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 スライムにおける魔晶魂コアとは心臓と同等のものであり、これを破壊する事で生命活動が終了する。

 ただし、稀に魔晶魂コアを有さずに生まれる個体が存在する。その個体はエリュトリオンの星の力を有し、細胞一つ一つが同一活動する不死の不定形生命体。


 ──この個体を『特異点』と呼ぶ。


 数百年に一体のみ誕生し、その周期は408年であり、なぜスライムの形を持って出現するのかは現状不明である。

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 ……まさか、まさかね。目の前にいるスライムが全て一致しているだと──!?


 残念ながらウィズムの情報が外れてしまったが、仕方ない。アカシックレコードは全宇宙の情報が詰まった代物で、あくまでも総覧。世界ごとの詳しい情報はアカシックレコードの専門外だし。


 しかし、可愛いなぁ。この子。

 俺らの考察なんて気にすることもなく、近くに生えていたネモフィラの花を小振りな手で摘み取って手渡された。


「きゅう、きゅうぅー!」


 潤んだ星型の瞳に訴えかけられ、断りきれずにネモフィラを赤い外套の胸ポケットに差し込んだ。


「はぁ、スライムちゃんかわいいなぁ。雅臣くん、この子連れていって良いですか?」

「そうだね、連れていこうか」

「きゅう~!」


 言葉を理解しているのか、ぴょんぴょんと跳ねて感情を表現した。どうやら嬉しいようだ。


「よしっ、折角だし、名前をつけよう!」


 ということで名前をつけることにした。


「俺はシェルマハリオンにします」

「私はルゥちゃんが良いと思う」

『ボクは……スライムですし、スラ太郎に──』

「「却下。どうみても女の子っぽい」」

『えぇー、そんなぁ……』


 思わずハモってしまった俺とミューリエきゅんの却下に、ぐうの音も出ないウィズムっちだった。

 結局、短くて呼びやすい“ルゥ”という名前になった。


「きゅきゅう~!」


 名前をつけられたことが嬉しそうでスライム改め、ルゥは渾身の跳躍をして白馬に乗った。


 乗られた白馬はいつの間にか座り込んで船を漕ぎ始めようとしたが、赤兎馬が『行くぞ』といななくと『仕方ないわね』と言いたそうに立ち上がった。

 舐められてないか心配である。


 だが、赤兎馬は『心配無用』と頷いた。召喚者の言うことは聞いてくれるようだ。


 暫く二頭に走って貰いながら俺は思う。

 この平原はその名前の通り、平原と遺跡の跡のような石柱以外目立つものもなかった。魔物も精々スライムがちらほらいるくらいかな。


 ミューリエきゅんの案内に従いながら周りを見渡したが、自分たち以外誰もいなかった。ゴブリンとかコボルトとか見たいのだが………いない。

 ともかく、平和で何よりである。


「ウィズム、どうしてここには誰もいないんだ?」


 復習がてら妹に説明してもらう。


『ここにはコスモさまがかけた大変強力な結界がかかっており、コスモさまが許可した人やモンスター、物しかこの名も無き平原に入ることは出来ません。その為、この平原は結界の影響で地図にも載らず、ここだけがぽっかりと空いた真っ黒なドーム状の領域──“裂界黒域れっかいこくいき”とエリュトリオンの人々には呼ばれています』


「あっ、それ聞いたことあるよ!」


ミューリエが相槌をうって説明を続けた。


「コスモちゃんが唯一世界ユニバースワールドの座標がバレて『異世界を植民地にする』と宣言して侵略に来た人がいたから、以来侵入を防ぐ為に結界を張ったって」


「そうなんです。なのでここからイカイビトが現れることは最高機密事項トップシークレットなんです」


 いつの世も私利私欲に溺れる人はいるものだね。


「白い壁?」


 50m先から結界というに相応しい白い半透明な光の壁が見えてきた。

 その先にうっすらとだが、村のような影が見える。


 壁の前についた時、空から鋭い視線を感じた。


 途端、彗星の如く猛スピードで轟音を轟かせて着地したのは全長40m程の赤いドラゴンだった。

 着地点にクレーターが出来てもおかしくないのに何事もない。


 ……はっひぃぃ!?  この乱れ方……大気中の魔力に干渉して衝撃を掻き消したんだ。普通のドラゴンだったら、そんな事は一切気にしないからなぁ。

 この赤竜、只者ではないぞ──!


「ミューリエ殿、久しいな。お前さんがマサオミか」


 顔が近いんだけど。

 燃え上がる紫炎のような巨大な瞳がおまえは何者でありたいのか、と本質をついてきているようにも感じる。


「我は名も無き平原の守護者。いや、もう名乗る必要はないな。……炎天竜と名乗ろうか。

ここを出るには呪文が必要となる。ミューリエ殿、唱えてみせよ」


「お久しぶりです。では失礼して。

 汝、宇宙そのものの眷属けんぞくが一人。幾重いくえにも重なりし格子こうしは悪しき者を拒み、正しき者に門戸もんどは開かれん。悠久の時は流れ、今こそ太古の契りと約束を果たせ。〘解錠アクィエムス〙──!」


 詠唱後、ミューリエのオレンジ色の右目が焔のように赤く光る。炎天竜が変化し、竜が何匹も彫られた10m程の赤い半透明なドアが構築された。

 中央に配置されたベル代わりの彫金の竜頭が顎をパクパクなせながら俺たちに話しかける。


『あの邪神にはうんざりしてるんだ。だからマサオミよ、倒してくれ』


 そう頼まれた。

 快く返事をして扉をトンッと軽く触れると、滑らかに開いた。


 その後、彼は試すかのようにブレスを数十発撃ってきたので背面キャッチ。

 握りつぶしてエネルギーを自分のものにしておいた。魔力うまうま。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 軽い挨拶のつもりで放った灼熱のブレスの数々。


 実力なき者ならば、一つ直撃するだけでも灰燼かいじんしてしまうはずなのに、彼は難なく己のものへと変えてしまった。

 

「合格だ。文句なし」


 規格外のイカイビト、遂に現れたりと。


 竜は止まらぬ笑みと武者震むしゃぶるいに暫しの興奮を覚える。


『ふん、最後の子か。ずっと待っておったぞ。その力、元悪魔の祖として期待し、見守るとしよう』

 

 誰にも聞こえない声でエリュトリオン最強を誇る竜種が一匹、炎天竜は呟いた。

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 第5筆はここまで!

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