閑話

 時刻は少し戻り、陽の落ち切った夜。

 床に着く者が多くなり、街の明かりが消え始める時刻だ。


 こってり絞られたルナとミリィは自室に戻り、お慈悲で貰えたパンを齧っていた。

 部屋と言ってもベッドが並んでいるだけの簡素な寝室であり、院の女子全員が押し込められているただの大部屋。

 プライベートもクソもないが、物心ついた時からこうだったので、対して不満はない。


「シスターめ、お説教だけじゃなく夕食まで抜くなんて」


 隣に座るミリィと一緒に、ぼそぼそとパンを齧りながら愚痴る。

 本当ならシチューと一緒に食べれたはずが、なぜこんなことに……。

 今日の街は何かおかしなところばかりだった。なにが、とは分からないがいつもなら起きない事ばかり出会った。

 パンを食べきり、乾燥した口の中に水を流し込む。


「いくら説明しても聞いてくれないんだから」

「ギルドにお姫様がいたとか、魔物を連れた冒険者とか、信じてもらえなかったね」


 その後は就寝時間になるまで絵を描くミリィとおしゃべりしていた。

 寝る前に用を足そうと厠に立つ。


 スッキリして部屋に戻る途中、薄暗い廊下の中からシスターが歩いてきた。


「ひぃっ」


 お説教のトラウマから、軽く悲鳴を上げてしまう。

 そんな様子をよそに、立ち止まってしれっと挨拶をするシスター。


「こんばんは、ルナ」

「こ、こんばんは、シスター」


 自分にとっては母みたいな存在であれど、よく怒られる立場から若干の苦手意識がある。

 緊張しながら返すが、目の前の人の皮を被った悪魔が数冊の本を抱えていることに気付いた。


「それ、面白いですか?」


 早く寝ろ、と言われるだろうかと思いながら軽い気持ちで聞いてみた問いに対し、意外にもシスターは付き合ってくれた。


「ええ、読んでみますか?」


 古ぼけた本を手渡してくる。

 背表紙は剥がれかけていて、ページは丁重に扱わないと破れてしまいそうなほど傷んでいる。

 破損を与えようものなら、どんなお叱りを受けるのかとびくびくしながらページを捲ると頭痛がしそうな文字の羅列が並んでいた。しかも……


「……これ、異国の文字ですよね」

「そうですよ。読めないでしょう?」


 この王国で使われている文字ではなく。おそらく獣人共和国かエルフ皇国のどちらかで使われている文字だろう。


「……いじわる」

「なにか?」

「いいえ! なにも!」


 読めないと分かっていながら勧めてきたシスターに若干悪意を感じ、思わず本音が漏れてしまった。


「……」

「あはは」


 元々本を読むのは好きではなかったルナは、苦い笑いしながら本を返す。


「ところで、こんな言葉を知っていますか?」

「?」

「――――、―――」


 まるで歌の一節のようなリズムの言葉だ。それも異国の言葉だろうか。とんと聞き覚えはなかった。首を傾げ、頭に疑問符を浮かべていると、その様子を見ていたシスターはため息を吐いた。


「『初めから開かれている道ほど、つまらない道はない』と言う意味です」

「ほぇー」


 多分昔の偉い人が言ったありがたい言葉なのだろうと感想を持つが、その言葉の真意を理解できるほどルナは冒険に身を置いていない。

 何となく感嘆の声を漏らしていたが、その心境はシスターに丸見えだっただろう。


「……もう遅いです。おやすみなさい、ルナ」

「あ、はい。おやすみなさい。シスター・ルクレチア」


 そう挨拶して部屋に戻るルナを見届け、本を数冊棚に戻してから自分も寝室に戻る。

 いつも通り、子供たちは眠りにつき、シスターも日誌の記帳と軽い読書を済ませてから就寝する。

 夜は更けていき、誰も予想していない目覚ましが街に轟く。


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チートスキル? なにそれおいしいの? モルモル @molokyu

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