訪問者

 シルミウムを出ると正面に動脈たる街道が横切っており、それを渡った対岸に森が広がっている

 魔物使いの冒険者が聞いた話は、その森の中で、得体の知れない魔物を見たのだそう。

 目撃者の狩人は手を出すなと言っていたが、問題ない。自分には自信があった。


 彼の所持するスキル『猫も杓子も』は、相手が獣型ならば魔物であれ、自然動物であれ、問答無用で支配下に置くことができるスキルである。

 支配できる数、強さ、範囲に今のところ限界らしいものは確認されておらず、1/4の混血までなら獣人すらその対象となる。

 この世界で魔物は人類の脅威であり、そこら中に分布している。

 それらを支配する彼は、世界を支配すると言っても過言ではない。


 彼は今までに一般的なものから伝説級のものまで、数多くの魔物をテイムした。

 見せびらかすために連れ歩いている鳳凰・銀狐もその内の2匹だ。

 体躯は小さいが、内に秘めた戦闘力はそこらの冒険者を圧倒する。

 舐めてかかってくる奴には、移動用の魔狼でもけしかければ尻尾を巻いて逃げていく。

 もちろんこれが最大戦力というわけではない、奥の手は常に持っておくもの、という持論を元に常に上空で待機させている虎の子もいる。

 それらすべての魔物を操る自分には、もはや人であれ魔物であれ敵う者はいないと断言できる。


 いやできていた。今この瞬間までは。

 偶々立ち寄った街で、情報を聞きつけたところまではよかった。

 だが暇潰しにコレクションでも増やそうか、ついでに俺の名声を高めるいいチャンスだ、などという欲を出したのがまずかったのだ。


 そいつは森に入りすぐに見つかった。

 すぐと言っても魔狼に跨っていたので、人間の足ではそれなりの距離だろうが。


 闇に溶けるようにそいつはいた。

 黒い体躯は軽自動車ほどもあり、ネズミを思わせる骨格。

 頭頂と、背中から尻尾にかけて、身体より長い無数の針で覆われている。

 太いもので丸太ほどもある針が体毛の一部であるように揺れている。

 さながら剣山を背負っているような容貌。

 前世の知識を持っている者なら、それがヤマアラシという動物と酷似していることがわかっただろう。


 最初、離れた場所からスキルで支配下に置こうとしたが、発動しない。

 この時点で異変を感じ、引き返せばよかったのだが、手ぶらで帰るのはプライドが邪魔をしたのだろう。

 彼のビジョンには自分を讃える街の人間と、羨望のまなざしで見つめる美女たちが見えている。

 スキルが効かないのなら、倒して戦利品でも持ち帰ればいい、そう思ったのが運の尽き。


 牽制として魔狼を差し向けるも、奴の意識がこちらを向いた瞬間に針を飛ばしてきた。

 魔狼は眉間、右前足、腹を貫かれ、瞬時に絶命した。


 それ自体に驚きはない。

 針を飛ばして来たのは予想外だが、体躯は互角だったので魔狼だけでは厳しいか、と予想していた。

 なので、上空に待機させていた奴を呼んだ。

 口笛を吹くと、お気に入りの2つの影が空から舞い降りる。

 ドラゴン。

 魔物の中でも最強と目される種族。

 その中でも選りすぐりのラヴァ・ドラゴンとアブソルート・ドラゴンだ。

 蒼紅のドラゴンが黒ヤマアラシの前に降り立つ。

 その威圧感は大型の重機のそれを上回る。

 さらにはすべてを熔解させる焔と、すべてを停止させる冷気。


 それらを操る竜を支配した彼は最強だ。

 文字通り一夜で国を滅ぼせるだけの戦力のはずだった。


 しかし結果はどうだ?

 必殺のブレスは全て避けられ、針を防ぐはずの鱗はボロボロに崩れ去る。

 すぐさま鳳凰の炎で回復させるが、なぜか血を吐きながら倒れる2頭の竜。


「……は?」


 わけがわからなかった。

 俺は最強のはずなのに、なんでこんな寄り道程度のクエストで。

 いやそれよりも、苦労して手に入れたドラゴンをこんなあっさり倒しやがって。

 雑魚のくせに雑魚のくせに雑魚のくせに雑魚のくせに。


 もう一度スキルを使ったが反応はなく、仕舞いには鳳凰も針に貫かれて絶命した。

 圧倒的と思っていた戦力差が、いつの間にか逆転させられている。

 殺そうとした相手に、殺されそうになっている。


「ひぁ――」


 それを自覚した瞬間、恐怖に支配された。

 喉から息を漏らし、足をもつらせながら逃走する。

 銀狐の能力で自分の幻を作りながら街へ、ひたすら街へ。

 途中何回か針が飛んできて耳をかすめたが、振り返らずに必死に走った。


 転生してからこんなに全力で走ったのは初めてだった。

 いつも動物や魔物に乗っていたから、自分の足で走るなんてことをしたのは久しぶりだ。

 草に裂かれ、木の根に転ばされ、泥だらけになりながら無様に走る。

 その姿にはもはやプライドなど欠片も感じない。



――



 スキルがあると言っても体力自体は平均以下、街まで全力疾走など持つはずもなく、息はとっくに切れている。

 唇は切れ、喉も乾燥し、いくら息を吸っても酸素が取り込めていない錯覚に陥る。

 少し冷静になった頭で、後ろに黒い影が見えないことを確認すると休憩をとることにする。


「おい、幻を、そこら辺に、作っておけ」


 銀狐に命令するが、きゅぅん、と心配そうに後ろを振り返るだけでちっとも行動しようとしない。


「早くしろ!」


 大声で怒鳴りつけると、慌てたように特性を使い、周囲に俺の姿をした幻を生み出す。


「くそっ、どいつもこいつも……」


 悪態を吐きながら水筒の水を飲むが、不安が拭えない。

 街に戻れば安全だ、そう自分に言い聞かせながら数分の休憩を噛み締める。



――



 街に着いたのは空が白み始めた頃。

 閉まっている門を全力で叩き、衛士に開けてもらう。

 助かった。

 徐々に開いていく門、心が安堵に包まれた瞬間――


 彼の顎から上が吹き飛んだ。


 後頭部から針が突き刺さり、そのまま貫通しただけなのだが、彼がそれを理解することはなかっただろう。

 舌が胸元まで伸び切り、鼓動に合わせて水鉄砲の様に噴き出す血潮、痙攣しながら開閉する穴は気道かはたまた食道か。


 黒ヤマアラシは引き離されたわけでも、幻に撒かれたわけでもない。

 常に捉えられるギリギリのところを維持して追跡していたのだ。

 銀狐は気付いていたようだが、使役している男がそれに気付かなければ意味はない。


 一連の中で一番驚いたのは衛士だろう。

 いきなり門を叩く輩が来たかと思ったら、開ける最中に死んだのだから。


 ずり落ちる冒険者の遺体の向こう側から、のそりと姿を現したのは、夜を凝縮したような躰。

 それが開かれた門から入ってくる。

 のちに『斑の夜明け』と呼ばれる惨劇が足を踏み入れる。


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