最終話 これからも研究を
あれから高校生活の日々は瞬く間に流れて行った。
涼子と恋人になって初めてのクリスマス。
お互いの家で二人で過ごした元旦。
恋人になって初めてのバレンタインデー。
L字型のちょっと変わったチョコをもらった。
涼子曰く
「LoveのLよ。
とのこと。
「さすがに
そう返したものだけど。
確かに俺達の専門分野ではLは言語=文字集合としてよく使われる。
しかし、わざわざ宣言するということは
(涼子も初めてのバレンタインデーで捻ろうとしたんだな)
と舞台裏を想像して微笑ましくなったものだった。
その一ヶ月後のホワイトデーは研究集会が重なったっけ。
宿泊先のホテルで涼子にお返しを渡したのを覚えている。
せっかくなのでL字型に整形したクッキーを送った。
お返しに、
「
とちょっとしたジョークを言ってみたら、
マジで涼子が泣きそうになった。
「本当はLoveのLだって。
となだめたのだった。
「だって。善彦は研究バカだから……」
そんなことを言う涼子だけど、お前も人のこと言えないからな。
高校三年生は受験の一年。
進学校でもあるウチは4月に文理コース分け。
当然、俺も涼子も理系コースを選んだ。
意外なことに級友の
「理系学科行って研究も悪くないかもってな」
そう照れ臭そうに言った翔吾の言葉が印象に残っている。
理系コースは選択人数の都合上1クラスだけになった。
だから、涼子や翔吾と同じクラスになれたのも良かった。
そして、俺達にとって受験と同様に大切なのが研究。
国際学会ICFG(International Conference on Formal Grammar)。
去年俺達が初めて海外で発表した舞台。
今度は涼子が第一著者として開催国のスイスで発表することになった。
さすがというべきか。
俺のときより遥かにスマートに発表をこなしていたのが印象に残っている。
聴衆が「筋が良い」「着眼点が鋭い」と褒めていたのも共著者としては
嬉しかったものだ。
入試は秋頃の推薦入試であっさりと俺達二人とも受かってしまい拍子抜け。
増原先生がいる大学を志望したのでそれで良かったのだけど。
その後入試シーズンの2月が終わるまでは、
「こいつら先に入試終わって好きなこと出来てずるいなー」
そんな感じの視線をしょっちゅう浴びていた。
そうじゃなくても、普通に二次試験まで受ける翔吾にも、
「やっぱ羨ましいなー。頭の出来が違うとはわかっちゃいるけど」
って言われたっけ。
そんなわけだから、高三のクリスマスや年末年始はゆったりしたものだった。
大学生活に備えて引っ越し先のアパートの内見や契約。
引っ越しの準備やキャンパスの下見とかがあったくらいだろうか。
すでに恋人同士である俺達は隣同士の部屋を契約。
「涼子ちゃん、愛想尽かしたらいつでも振っていいからな?」
「そうそう。悪い子じゃないけど人情の機微に疎いとこあるから」
うちの両親の評価もたいがいひどかった。
「涼子は少し真面目過ぎるところあるけど、よろしくお願いね」
「ま。善彦君なら心配ないと思うけど頼むよ」
信頼してくれた涼子の両親の言葉がありがたかった。
そして、4月になって大学に無事入学した俺達。
ただ、俺達にとって大学のキャンパスは学会の会場として見慣れたもの。
「こういう風に大学に来ると感慨深いよな」
「これから4年間……
博士前期課程はいわゆる修士号を取る課程で2年間。
研究を真面目にやるなら、博士前期まで行くべきという暗黙の了解がある。
「
博士後期課程は修士号を取った後の3年間の課程。
研究者の先輩方によると講義はなくなるけど、その代わり本当に研究が好きな人じゃないと詰むそうな。
3年間通ったら自動的に博士号が取れるわけではなく、博士号を取るには査読付き論文何本みたいな基準が大学ごとにあるとも聞いている。
「そうね。せっかくなら博士号も目指すつもり。善彦は?」
「博士号は研究者仮免みたいなものって皆言うだろ。行くつもりだけど」
そう。研究者にとって博士号はあって当然のもの。修士までの人もいるけど、博士号を持っている研究者の方が遥かに多い。だから、基本的には俺もそっちを目指すつもり。
「じゃあ、9年間はまた一緒よね」
「色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしくな」
入学式の日にそんな先を見据えた話をしていた俺達だった。
研究者になるなら博士号はほぼ必須というのも現実だ。
とはいえ、何も入学式の日にすることじゃない。
でも……一生の付き合いになるかもしれないし。
先を見据えておくのも悪いことじゃないか。
◇◇◇◇
そして、入学式というイベントより遥かに重要なイベント。
4月上旬にある増原研配属初日が今日あるのだった。
「よし。身だしなみはばっちりね」
姿見の前で涼子に服装チェックされる俺。
「別に研究室初日でおおげさな」
「研究者としての私達にとって、下手したら講義よりも大事でしょ」
「そうかもしれないけどさあ……」
増原先生は基本的には寛容な人だ。
研究については当然厳しいところもあるけど、上下の関係なく活発な議論をするのを好む人で、研究室もそういう雰囲気だと聞いている。
「意外にまだ桜残ってるんだなー」
大学の桜並木を歩いていると、満開の時期は過ぎたけど、まだまだ桃色の花弁がたくさん残っている。
「今年はちょっと開花時期が遅かったせいかしら?」
当然のように手をつないで研究室への道を歩いていると、ふと、以前にも
どこかで同じ光景を見た気がした。
「あれ?デジャビュってやつか?」
「どうしたの?」
「いや。なんかしらないけど、似た光景を見たことがある気がして……」
あれはなんだっただろう。
デジャビュなら単なる錯覚だけど、実際に経験したこがあるような気がする。
って。そういえば。
「思い出した!小5の春だっけ。近所の桜並木を一緒に歩いたような……」
「そういえばあったわね。理屈っぽい議論を交わしながら」
「あの頃から似たようなことやってたんだなー」
「しかも、仲良く手までつないで、ね」
そんな光景を思い出してしまって、少し顔が熱い。
「でも……」
「うん?」
「ええと。これからも毎年、そういうことができるのかなって」
「そりゃまあ。毎年春にはそういうこともあるんじゃないか?」
「そうね。なら、ちょっと嬉しいかもしれないわ」
「あのさ。めちゃくちゃ照れるんだけど」
「私もちょっと気分に酔ってるだけだから」
そんなこそばゆいやり取りをしていたら気がつけば研究室前。
「「おはようございます、増原先生。皆さん」」
通常は研究室配属は4年生から。
だから、今の俺達はあくまで研究室見学に来たという立ち位置。
ただ、制度上は、だけど。
「講義やサークル、バイトはもちろん好きにやってもらっていいけど、研究室の一員として色々議論に参加してくれると助かるよ」
それとなく増原先生に以前にプレッシャーをかけられたことがある。
すると、すでに研究室の長机の前に座っていた皆が立ち上がって、
「おお。二人とも、久しぶりだね」
笑顔の増原先生。
「ようこそ、織田君、徳川さん」
「増原先生から色々話は聞いてるけど、よろしくね」
「ICFGのpaper、色々疑問があるんであとで聞かせてくれよ」
そんなM2以上の人たちからの歓迎の言葉。
「先輩方、よろしくお願いします」
「私達だとまだまだかもしれませんが」
一方、M1の一部やB4の人たちにとってみれば、既に実績では俺達のほうが格上だと思っているらしい。なんだか指導をお願いしますみたいな感じの態度だ。
「いえ。私たちも研究はこれからですし。ねえ?」
「あ、ああ。でも、研究のやり方とかでわからないことがもしあれば。俺達で良ければ……その3年以上年上の人に指導とか気が引けますけど」
研究歴で言えば先輩、大学生活では後輩というのも妙な立ち位置だ。
「よし。それじゃあ親睦を深めるためにまずは自己紹介をしようか」
最初の挨拶もそぞろに、増原先生からの提案。
確かに、親睦を深めるにはまず自己紹介からだよな。
「まずは織田君と徳川君からお願いできるかな?」
「ええ。俺達からですか?」
「なにかまずいことでもあるのかい?」
「いや、それはないですが……」
さすがにトップバッターは予測していなかった。
(なあ、涼子。どうするよ)
(無難にすればいいんじゃないかしら)
(そういいつつ、お前も緊張してるだろ)
(それは……)
ええい、もういい。やけだ。
「1年の
「ちょ、ちょっと。何いきなり言い出してるのよー」
「別にいずれはバレるんだし、いいだろ」
後々バレるなら早い内に言うのだって一手だ。
「おー。昔からの友人というのは幼馴染ってやつ?」
「高校から研究やってるってだけでもレアなのに、幼馴染とか。うわー」
「あとで馴れ初めとか聞かせてくれよー」
「そうそう。聞きたい聞きたい」
そんなカミングアウトをしてしまったおかげで研究室一同騒々しい。
俺達の研究者人生はまだまだ始まったばかり。
隣にいるかけがえのないパートナーと一緒に。
俺達はこれからどんな研究をしていくんだろうか。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
というわけで、なんとかかんとか完結です!
いやー、書き始めたときは勢いですが、途中からかなり難産でした。
なんせ、実在研究を下敷きにしないといけない都合上、制限が多いのなんの。
「研究の実際」を届けたいという思いもあったので、描写をファンタジーよりにするのも難しく、結構執筆が停滞していた時期も続きました。
しかし、皆様の応援もあってなんとか物語も完結にたどりつくことができました。
これからも二人は仲良く研究したりいちゃいちゃしたりしていくと思います。
最後まで読んで、楽しんでいただけたら応援コメントや☆レビューいただけると
嬉しいです。ではでは。
☆☆☆☆☆☆☆☆
研究者な俺と幼馴染が紡ぐイチャイチャ研究生活 久野真一 @kuno1234
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