第40話 研究とラブコメの組み合わせは意外と難しい
「
PCデスクに向かってタタタタタンとタッチタイピングの音を部屋に響かせながら独りごちる私。
善彦は昔から一度考え出すとそれに向かって猪突猛進。だから昨日は心配で様子を見に行ったのだけど、予想通りで本当に苦笑いだった。膝枕してあげたのは意外と楽しかったけど。
なんて言っている私は小説執筆中。文化祭の出し物の一つとして「研究」を伝えるための短編を書くと言ったのは私。もともと、ラブコメ、それも男性向けラブコメをちょくちょく書いていて多少なりとも読者がついているので自信はあった。
ちなみに、何故かわからないけど昔から女性向けラブコメを見ても逆に共感出来ないことが多かった。なんでかははっきりとはわからない。ただ、たまに私みたいな人もいるらしくてそういうものなんだろうと割り切っている。
「でも、ラブコメだとやっぱり高校生同士が定番よね。高校生の男女が研究なんて無茶が……って私たちのことだわ」
言いかけて思わず頭を抱えてしまった。ネット小説の傾向を分析してみると、特に男性向けの現代風世界でのラブコメはやっぱり高校が舞台のことが多い。それとは別に30代以上の男性向けのものもあるけど、これは社会人経験のない私自身が描写しきれる自信がないのでナシ。
ということは、高校生の男女が研究を通して愛情を育むみたいなプロットになるわけなんだけど、短編として魅せるにはドラマが不可欠だ。たとえば、ヒロインは典型的な理系女子だけど周囲から認められていなかった。そこを主人公が救うとか。あるいは逆に主人公が周囲から認められていなかった方向でもいい。ただ、短編だと研究を絡めるにはやや弱い。
「とすると、昔からの仲にするのが一番早いかしら……」
幼少の頃から理系的なことに関心を持っていた二人。中学生に上がる前に、ともに研究者になろうという約束を交わすも、いつの間にかすれ違う二人……ってブレブレにも程がある。
今書かないといけないのは
少し昔の……幼稚園からの頃を思い返してみる。
◆◆◆◆
私と
同じファミリー層向けマンションで育った私たちは、皆と遊ぶよりもパズルを解くのが好きで、それがきっかけでウマがあってお互いの家によく遊びに行くようになったのだった。
お互い小学校に入る前にはある程度の漢字の読み書きは出来たようにも記憶している。ただ、小学校に入ってから私たち二人の最大の悩みは授業が退屈だということだった。
教科書をぱらぱらと読めばわかる内容を長い時間かけてゆっくりと教師に教えられるあの時間はとっても退屈で、ひっそりと家にある本を持ち込んで時間を潰していたこともある。バレても見逃してくれる担任もいれば、厳しく叱ってくる先生もいたっけ。
善彦とは同じ小学校でクラスが同じだったり違ったり。1学年2クラスという小さな小学校だったから、同じクラスになることもしばしばだった。どっちにしても、同年代の子と話を合わせるのが少ししんどく感じることもあったので、小学校低学年から彼とは連れだって行動することが多かった。
その中でも私たちは「言葉」に強い興味を持ったのが特殊だったのかもしれない。たとえば、「すいません」という言葉がある。ある時は謝罪の言葉だし、また別の時は「道を開けてください」という意味にもなる。
小学校三年生だったかに、「すいません」の多義性について不思議に思った私たちは議論を交わしていた。
「なんとなくはわかるのよね。でも二つの「すいません」はどう違うのかしら」
放課後、善彦の家での出来事。
「涼子ちゃんのいう事はよくわかるよ。謝罪の時は、直前に「自分が相手に悪いことをした」と思ったから、「すいません」つまり謝罪でこっちは本来の意味だ」
ここまではわかる。
「でも、「道を開けて欲しい」ときの「すいません」を言う人は何も悪いことをしてないわよね。なんでなのかしら」
もちろん、使い分けが出来ない私たちではなかった。ただ、何故なのかがやっぱり不思議だったのだった。
「うーん……なんとなくなんだけど、あの時の「すいません」って周りの人に「無理にどいてもらっている」っていう感覚がない?だから、「すいません」なんじゃないかな」
言われて確かにと納得した。
「そうね……確かにそんな気持ちになるかもしれないわ」
普通の小学生がなかなかしないような議論をよく交わしていた私たちだった。この時に彼の事が好きだったかと問われると、一番の親友だったとは思う。
それが恋に発展したのがいつだろうと問われるとはっきりとは思い出せない。性を意識するようになって、なんとなく相手が善彦なら悪くないかな、と思うようになっていた。ただそれだけ。
◇◇◇◇
(致命的にドラマが足りない)
やっぱり頭を抱えてしまう。自分たちをモデルにしようにも仲が良かったとしか言いようがなくてとても困る。
幼少期から理系的な……とりわけ、コンピュータに興味を持った男女。この線は悪くない。現実の私たちは「言語」から入ったけどそれはともかく。同じ趣味を持った相手と仲良くなるのは異性でも同性でも変わらない。
ただ、いつの間にか意識していましただと、短編ラブコメとしてはありえても研究の話が全く入らない。とそこまで考えて、私たちが研究の道に踏み出すきっかけになった正規表現あるいは正規言語に関する議論を思い出した。
あの話は私と善彦の恋愛に関係ないけど、短編ラブコメ的には研究的な議論を通じて恋心が芽生えたという筋立ては作れるかもしれない。
(喧嘩した方がそれらしいかしら)
喧々諤々の議論の末に喧嘩別れ。そこから仲直りを経て恋心を自覚。ラブコメとしてはそれっぽいような気がしてくる。
(少し無理やりだけど、この線で行こう)
でも、少し不思議な気持ちになる。思索を通じて仲を深め合った私たちがまさにそんな二人が登場人物のお話を描いているなんて。
(主人公とヒロインの名前も決めなきゃね)
計算機科学に関するラブコメなのだから、関係する名前を少し入れてみたい。
ヒロインの名前は……もっと困る。計算機科学の用語は大体が英語の和訳だ。その上「堅い」名前が多くて女の子の名前にするには一工夫が必要だ。名字は
たかだか文化祭の出し物。真剣になる必要はない……て思いながらあれこれ考えてしまうのは善彦と似た者同士かもしれない。
時計を見れば夜の11時。少し、彼の声が聞きたくなってLINEで通話してみる。
「ん。どうしたんだ?こんな夜更けに」
「善彦がどうしてるかと思って。また考え込み過ぎてるんじゃないでしょうね?」
声が聴きたかった。そう素直に言えればいいのだけど、口をついて出たのはお小言だった。言っても笑ったりしないのはわかっているけど少し恥ずかしい。
「どっかの誰かさんの膝枕のおかげで回復したよ」
照れくさそうな声に心が浮き立つのを感じる。
「また膝枕してあげましょうか?」
本当はしてあげたいが正解だけど。
「また眠りにくくなったら頼むわ」
本当は「なら今日もいいか?」なんて答えを期待していた。
ただ、悟られるのもなんだか恥ずかしい。
「そう。いつでも言いなさいよね」
少しそっけなくそう言ってしまったのだった。
「でも心配してくれてありがとな」
「それくらい当然よ」
言ってても口角が吊り上がっているのがわかる。現金な私。
「そういえば。こういう時に……その言ってみたかったことあるんだ」
「うん?」
どういうことだろう?
なんだか言い出しづらそうな雰囲気だけど。
「えーと……」
「そんなに戸惑うようなことなの?」
なんか変なことでも考えてる?
「あー……その。愛してる。お休み!」
「え……」
咄嗟に言い返そうとしたけど、既に電話は切れてしまっていた。
凄く凄く、顔が熱くなってくるのを感じる。
恋人になってしばらく経つというのに凄く顔が熱い。
(いきなり愛してるとか反則よ)
普段、研究を優先しがちな私たちだから付き合い始めは甘い言葉は意外と口にしないところがあった。最近はそうでもなくなってきたけど、ストレートに「愛してる」と言われると頭がクラクラしてくる。
(今夜は寝不足になるかも)
少し幸せな気持ちでそんなことを考えてしまった夜だった。
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