第37話 寸劇のメンバーを集めてみた(前編)

「ぬあー。今日も寝不足だ……」


 昨日決まった文化祭の出し物の一つ、学会寸劇(仮)について構成やら配役やら色々考えていたら、例によって朝が近くなっていて、睡眠時間はたったの三時間。


「だから、善彦よしひこは熱が入りすぎなのよ」


 机にべたーんとなっている俺に対して相変わらず説教をしてくれる涼子りょうこ


「仕方ないだろ。一度、思考が始まると回転が止まらなくなる癖は昔からだし」

「わかってはいるけど、少しは心配にもなるわよ」


 まあ、俺は俺でこの癖は少し困ったものだと思っている。なんせ、回転し出したら自分自身では制御不能だ。それでいて、眠気が吹っ飛んでしまうゆえに、朝が来るとかのトリガーが無いと延々と考え続けるというある意味危険な特性。


「といってもなー。どう止めればいいんだか」

「目覚ましを使って、午前一時になったら鳴らすとかはどう?」

「それ前にやったんだけど、「あともうちょっと」となって失敗した」

「で、いつしかアラームに慣れてしまったと」

「そゆこと」


 ひょっとしたら研究者にとっては重要な事なのかもしれないが、場合によって日常生活に支障をきたしかねない癖だ。そこら辺、涼子も似た部分があるが、俺よりはよっぽどうまく対処している。


「善彦が化け物じみた能力を発揮出来る理由がわかった気がするよ」


 と声をかけて来たのは級友の翔吾しょうご


「ある意味呪いだぞ。まあ、メリットも大きいから否定はできんけど」

「ゲームでつい夜更しするくらいならわかるんだけどな」

「原理的にはそれと同じだ。俺の場合は内容を問わないだけでな」


 しかも、現在も眠気があるというのに眠れない。


「ああ、そうだ。翔吾、ちょっと頼みがあるんだが」

「ん?ひょっとして文化祭絡みのことか?」


 さすが翔吾。察しがいい。


「ビンゴ。マイコン部の出し物で、研究関連のことどう伝えようかと頭悩ませたんだが、学会発表を模した寸劇でも出来ればと思ったんだ。ただ……」


 と言葉を区切って。


「配役が足りない。発表者役は俺か涼子で良いとして。座長……いわば司会だな。それと、研究室の指導教員役。あと聴衆役が足りない」

「翔吾君は全体を見渡すのが得意そうだし、司会役はどうかしら」


 涼子が口を挟むけど俺もそれに賛成だ。


「んー、出来るなら協力してやりたいけど……劇とか自信ないんだよな」


 翔吾の奴は腕を組んで悩み顔だ。


「そうか?翔吾、そういうの器用そうなイメージがあるけど」

「器用というか器用貧乏というか……まあいいか。構成は大体考えてあるんだろ?」

「ああ。台本も既に準備してある」


 司会役向けの台本をかばんから取り出してポンと渡す。


「お前、ひょっとして一晩でこれ書いたのか?」


 何やら翔吾が驚愕している。


「ん、まあな。勢いに任せて超高速モードで書いたから粗はあるかもしれん」


 半分思考を打ち切って、イメージに任せて書きなぐった代物だ。色々校正は必要だろう。


「正直、ドン引きする能力だな。凄いことは凄いが」

「学会発表は大体ある種のシナリオがあるからな。そこまで難しいもんじゃない」

「しれっと言ってるけど、私から見てもこの辺はちょっとおかしいからね」

「おかしいとは失礼な。涼子だって追い込みの時はこれくらい出来るだろ」

「それは……できないこともないけど」


 などと言い合っていると、


「まあまあ。とにかく、二人のレベルがなんかおかしいのはわかったから」

「「おかしくなんかない「ぞ|わ」」

「とにかく。台本があるならなんとか出来そうだし、引き受けるよ」


 おお、助かった。


「本当に恩に着る。とにかく配役揃えないと劇どころじゃないからな」

「そうそう。ところで、私は何役がいいかしら?」

「決まってるだろ。指導教員役」


 至極妥当な配役だとおもう。おもうのだが、何故か涼子の奴は渋い顔。


「善彦が未熟な発表をして、私が指導教員としてフォローするというわけ?」


 特にB4、つまり大学四年生の発表は未熟な事が多い。その時に聴衆から指摘されて、あわあわしているB4を指導教員がフォローするというよくある光景を再現するのが劇の一つの目的だ。それには、学会の雰囲気をしっている涼子が一番適任だと思ったのだけど。


「そうそう。なんか不満そうな顔をしているけど」


 何が気に食わないんだろう?


「聴衆役ならともかく、指導教員役は少し面倒そうなのよね」


 ああ、そういうことか。


「確かに、指導教員役だと聴衆とバトルもしないといけないしな」

「バトル?学会発表っていうのは、いったいぜんたいどんな場なんだ?」


 翔吾が驚いているが、そうか。この雰囲気は体験しないとわからないか。


「指導教員がフォローに入ると、質問して来た人と色々言い合いになることも多いんだよ。指導教員の先生としても、一応共著者に名を連ねている以上、下手すると指導教員がちゃんと指導しないからだとか言われかねないからな」


 正直、指導教員と質問者のバトルになった時は、発表自体がロクでもない時なのであんまり見たいものではないけど、リアルな学会劇では必要な要素だろう。


「なんか、胃が痛くなりそうな世界だな……。やっぱお前ら、尊敬するよ」

「俺らはまだ研究者としての責任があんまりないから気楽だけどな」

「そうそう。年齢的にも特例扱いだし。私たちもいずれ矢面に立つのかと思うと、少し微妙な気分ね」


 二人揃ってため息をつく。


「とにかく、発表者役と座長役、指導教員役は決まった。後は聴衆役が二人程いるといいんだが……」

「一人は結菜ゆなちゃんに頼むとして、もう一人くらいは欲しいところね」


 特に、ガチバトルを繰り広げてても違和感の無いキャラだとなお良い。


「んー、俺も知り合いを当たっとくよ。期待はしないで欲しいけどな」

「頼むわ」

「お願い」


 というわけで、次は聴衆役か。結菜の教室に行くとして、後は……。

 う。だいぶ役が決まって来たからか、安心感から急に眠気が。


「ちょ、ちょっと。善彦、すっごい眠そうだけど、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。ちょっと昼までコールドスリープする。後は頼んだ」

「もう。仕方がないんだから」


 そう言いつつも、請け負ってくれるのがありがたいところだ。

 きっと、教師の方にもいい感じで言い訳をしといてもらえるだろう。


「やっぱり、涼子ちゃん、もうカミさんって感じだな」


 がははと笑う翔吾の声が遠くに聞こえてくる。


「だ、だから。まだそういうのはまだ早いってば」


 なんか恥ずかしげな涼子が言い返している。

 とにかく、おやすみ、なさい。

 こうして、昼休みまでパッタリと意識が途切れたのだった。

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