第33話 いつもと違うデート(2)

 というわけで、昼食に来たのは、イタリアンの店だ。

 人気店らしくて、事前の予約が必須だった。


「なんか、服を新調して良かったって実感するよ」

「そうね。私も、そのままだったら浮いてたかも」


 いや、涼子なら、別に大丈夫だったと思うけどな。


「とにかく、入るか」

「そうね」


 予約をしていた旨を伝えて、テーブル席に案内される。

 二人とも、パスタのセットをさっと頼んで終わり。

 セットのドリンクとデザートに一瞬も迷わない。

 この辺も俺たちらしいのだけど。


「と、ところで。向かいの席って、妙に照れるわよね」

「いや。そう言われると俺も照れてくるんだが」


 だって、今日の涼子はいつにも増して可愛い。

 普段みたいに研究のことで頭がいっぱいじゃないせいかもしれない。

 いずれにしても、胸元とか、漂ってくる香りとか、色々刺激が。


「善彦も、もうちょっと普段の服だったら、ドキドキせずに済んだのに」


 自分の事を棚に上げて、頬を膨らませて非難してくる。


「いや、それは俺の台詞。そんな気合入れられると、意識するだろ」


 もちろん、涼子は紛れもなく女だし、仕草が男っぽいなんてこともない。

 ただ、中性的なファッションが多かったせいか、そこまで刺激されなかった。

 しかし、今日はどうだ。いかにも、「デートします」って服装だ。


「だって。その。今日は大事な日だし。私だけ見て欲しいもの」


 私だけ見て欲しい。その台詞にクラクラ来そうになる。

 しかも、恥ずかしげに小さく言われるのが更に破壊力が高い。


「言われなくても、他の事、頭から吹っ飛んでるよ」

「研究のことも?」

「ああ。今日は、お前と一緒に楽しみたいって事しか考えられない」


 服装とか雰囲気はとても重要なんだと実感する。


「そ、その。そういうこと言わないでよ。もっと意識しちゃうから」

「お前は俺にどうしろと。だって、いつもの三倍増しで可愛いだろ」

「それ言ったら、善彦もいつもより二倍くらいカッコいいもの」


 俺たちは、一体何を言っているんだろう。

 気がつくと、周りのお客から生暖かい視線が向けられているのを感じる。


「なあ、この話は中断して、この後の事、話さないか」

「そうね。このままだと、私たち、バカップルだわ」


 しかし、既に手遅れな気がする。

 ともあれ、注文が来たので、もぐもぐとしながら、今後を話し合う。


「一応、最後は、夕方に鴨川、と思ってるんだけど。それでいいよな?」

「う、うん。時間帯的に、カップル、いっぱいいると思うけど」

「よく、リア充爆発しろー、とかのネタにされるよな」


 鴨川にたむろするカップルのそれは凄いこと。


「今日は私たちがリア充……これって、リア充でいいのかしら?」


 妙なところで、涼子がボケをかました。


「さすがに、客観的に見ても、リア充だと思うぞ」


 少し、自らがリア充であると言っていて可笑しくなってきた。


「あ、善彦のパスタ、少しもらっていい?」

「ん?ほれ、どうぞどうぞ」


 と、パスタの皿を差し出すと、くるんと一口サイズを巻き取って、ぱくり。


「ありがとう……たらこパスタって偏見あったのだけど、なかなかね」

「だろ。涼子のパスタも食わしてくれよ」

「はいはい。どうぞ」


 涼子が頼んだのは、バジルが入ったパスタだ。

 名前がカタカナで長い名前だったので、忘れた。


「おお。これもなかなか。バジルとか普段食べないけど、いいもんだな」

「イタリアンだと、バジルが入ったのは定番よ?」

「ま、そうかもだけど」


 しかし、ふと、気がついたことがある。


「こういうのって、普通なら、「間接キス!?」とか驚くとこなんかな」

「ああいうのは漫画とか小説の中のお話だと思うわ」

「ま、そうだよな。別に、仲いい相手で、ご飯シェアするの普通だろうし」

「そうそう。あ、でも、一部、気にしてる男子生徒が居た記憶あるわよ」

「うーん。そういうのって、たいてい自意識過剰なんだよな」


 あの、間接キスとやらを広めたのは一体誰なんだろう。

 というわけで、間接キス談義でお昼の一時は潰れたのだった。

 結局、諸説あって、起源は定かでないらしい。


 ただ、店を出て、ちょっと、妙な欲求が湧いて来てしまった。

 涼子とキス、したい。しかし、デートの後ならともかく。

 お昼ご飯食べた後に、キスしたいとか。

 さすがに涼子でもげんなりとするんじゃないだろうか。


 腕を組みながら、悶々として歩いていると。


「善彦。さっきから、様子が変よ?」


 鋭い。これだから、付き合いが長いと厄介だ。


「いやさ。えーと……ちょっと言いにくいっていうか」


 大体、今、商店街の真っ只中だ。

 キスなんかしようものなら、大勢の注目を浴びるだろう。


「言いにくい……善彦。さすがに、そういうのは、ムード考えて欲しいわ」


 赤くなって、呆れられてしまう。しかし、こいつ想像したのは、アッチだろ。


「いや、そっちまでじゃなくて。キス、したくなったんだよ」


 ああ、もう、言うつもりじゃなかったのに。


「なんだ。キスのことだったのね。白昼から……ってビックリしちゃったわよ」

「いや、キスでも十分驚かないか?」

「別に、人が見てなければ……ちょっと先に小さい公園あるでしょ?」

「あ、ああ。そうだな」

「別にそこでなら、いい、わよ?」


 こうして、商店街の裏道から少ししたところにある、小さな公園に到着。

 見事に人気がなくて、これなら、大丈夫そうだ。


「なんか、悪いな。気持ちが思うようにいかなくて」


 華奢な身体を抱きしめつつ、申し訳ない気持ちになる。


「それは、私も同じだから。その、キスも、実は、したい、なって思ってたし」


 そうだったのか。


「じゃあ-」


 人目がない今なら。というわけで、深い深い口づけを交わす。

 一度唇を離したらもう一度。舌まで入ってくる。

 対抗して、舌を入れて絡めあっていると、妙な気分になってくる。


「ぷはっ……」


 数分後、唇を離した俺たちは、お互い真っ赤で見つめ合っていた。


「舌まで入れると、気分盛り上がり過ぎるからさ……」

「そうね。その、デートの最後まで、封印しましょ」


 付き合い始めたばっかりの頃はお互い、むしろ冷静過ぎるくらいだった。

 なのに、今日はその先にあるものを意識して、色々ドギマギしてしまう。

 学校内にいるバカップルを笑えないな。


「しかし、時間がもうすぐ午後三時だな。鴨川、行くか?」

「そうね。移動時間考えると、ちょうどいい時間だと思うわよ」


 ということで、結局、昼食を挟んで鴨川に直行する羽目に。

 正直、このまま雰囲気が盛り上がり過ぎるとやばいと判断してのことだ。

 

 ああ、もう。ほんとに、俺たち、今夜大丈夫なんだろうか?

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