第32話 いつもと違うデート(1)

「これで本当にいいんだろうか」


 鏡に映る俺自身の姿を見つめながら、つい唸ってしまう。

 昨日確認したけど、今日、改めてみると、これでいいのか気になる。

 とはいえ、店員さん、つまりプロのアドバイスだ。

 俺自身のファッションセンスより断然信頼出来るのは確かだ。


「よし。悩むの終了!」


 さすがに、今日は、ノートPCが入るカバンではない。

 逆に、普段のデートで持ち歩く俺たちがちょっとおかしいのだけど。


「あら、善彦よしひこ。今日は気合入ってるわね」


 リビングに居た母さんが俺を見るなり、笑いを堪えている。


「母さん。今日は約束通り……」

「わかってるわよ。ちゃんと予定の時間は席外しておくから、ね?」


 と、父さんに流し目を送る母さん。

 ああ、もう。親に今日致す予定である事が知られている。

 それが、こんなにもいたたまれない気持ちになるとは。


「俺から言うことはないが、あまり部屋汚すなよ」


 なんとも、答えにこまるアドバイスだ。汚すって。


「善処するよ」


 仕方ないので、玉虫色の返答で逃げることにした。

 よし、気分切り替えて行こう。

 今日はマンションの一階で待ち合わせ。

 俺たちの住むマンションは、ファミリーハイツ三条と言う。

 近隣の住民ならよく知る、家族向けマンションだ。

 家族向けだけあって、子ども向け遊具があったり。

 あるいは、二十四時間ゴミ出しOKだったりと。色々充実している。

 

 あまり言いたくはないけど、俺も涼子もいいところのお坊ちゃんお嬢ちゃん。

 高校では特にそういう風に見られている事を感じる事がある。

 家柄は普通なものの、裕福なのはそうなので、否定出来ないけど。


涼子りょうこはどんな服装してくるかな……」


 気合を入れてくる事だけは間違いないだろうけど。


「おはよう、善彦」


 後ろから聞き慣れた声。


「おう、おはよう。りょう……こ?」


 言葉を失ってしまう。


 まず、髪型が違う。普段は下ろしている髪は縛ってツインテールに。

 胸元が開いたワンピースにフリルがついたファッション。

 こいつは、スカートも穿くとしても丈が長いのを好む。

 しかし、今日は、膝くらいまでのやや短めのもの。

 色気がありまくりである。


「その……どうかしら?似合ってる?」


 本人も、普段の自分とは違うのは自覚しているんだろう。

 うつむいて、恥ずかしげに聞いてくる。


「あ、ああ。凄い似合ってる。色々な意味で」


 普段、俺たちは、色気があるシチュエーションになる事は少ない。

 それは、お互い研究優先なところがあるからだと思っていた。

 ただ、彼女が機能性重視のファッションだったことも一因かもしれない。


「そっか。良かったわ。善彦も……似合ってる」

「店員さんにおまかせだけどな。なら良かったよ」


 なんだかんだとほっとしている自分に気がつく。

 

「ところで、これ、香水の匂い……か?」

「ええ。せっかくだから、つけてみようかなって。どう?」

「これって……ラベンダーだっけ。いい感じだと思うぞ」

「よくわかったわね?」

「母さんが、ラベンダーの芳香剤よく置いてるからな」


 世の中、何が役に立つかわからない。


「それじゃ、えーと……」


 何やらまごまごとしている。

 ああ、腕を組みたいのか。

 ええい、ままよ。思い切って、俺から腕を組む。


「すっごく、恥ずかしいんだけど」


 デートは始まってすらいないのに、涼子の顔が真っ赤だ。

 たぶん、俺も顔が赤いんじゃないだろうか。


「俺も恥ずかしいけど。たまにはいいだろ?」

「うん。今日のデートは、ちょっと、特別、だもの、ね」

「今から意識し過ぎるなよ?その、まだ朝だし、持たないぞ」

「わかってる、けど。今から、こうされると、色々、意識しちゃうわよ」


 やっぱり、事前に宣言したのはやり過ぎだっただろうか。

 でも、今更後悔しても仕方がない。

 こうして、前途多難にもある俺達の、特別なデートが始まったのだった。


「はじめはVRのアトラクションでいいよな」

「うん。忍者体験をVRで出来るっていうの、目新しいわよね」

「忍者なあ。なんで、皆忍者好きなんだろう」


 普段なら行かないところだ。

 でも、今日くらいは気分を変えていくのも良いだろう。

 最寄り駅の東山ひがしやま駅まで電車で移動。


「最近、ほんと、京都の観光客増えたよな……」

「以前は、この路線、結構空いてたと思うのだけど」


 車内を見ると、観光客らしき乗客がかなり多い。


「手つないだままって、照れるな」

「言わないでいいから」


 隣同士座った俺たちは膝の上に手をおいて握りしめあっている。

 色々恥ずかしくなってくるが、悪い気分じゃない。

 ちらと横を見ると、何やら恥ずかしそうな、でも、幸せそうな顔。

 意識しているのは、こいつも同じらしい。


「ああ、そうそう。昨日読んだ論文なんだけどさ……って」


 意識を逸らそうと論文ネタを振ろうとしてみるも、無反応。

 

「おーい?」

「ええと。何の話題?」

「別にいいや。また、今度」


 こいつも意識し過ぎじゃないか?

 そんな、何やら甘酸っぱい空気が到着まで続いたのだった。


「まさか、商店街のど真ん中にあるとは……」

「さすがに予想外だったわね」


 VRで忍者体験を出来るというその施設は、商店街の一角にあった。


「入るか」


 予約をしていた旨を伝えて、畳が敷かれた部屋に案内される。

 

「VRの機械って最近、市販されてるけど、実物はこんななのな」


 店員さんに手渡されたのは、ゴーグルらしきものにコントローラらしきもの。


「ワクワクしてきたわね」

「小説の世界だよな。その内、こういうのが当たり前になるのかな」

「もうちょっと小型化しないと厳しいわよ」

「眼鏡くらいになると、実用的に使えそうだよな」


 などと雑談を交わしつつ、ゴーグルを装着。

 最初にプレイしたのは、襲いくる忍者を刀でぶった切るVRアクション。


「すげえ。忍者がどんどん飛び込んでくる!」


 コントローラをぶん回して、ザク、ザク、と襲い来る忍者を斬る。


「これ、なら、もうちょっと、動きやすい服装で来たら、良かった、かも」


 ああ、そうか。考えてみると、思いっきり身体を動かすわけで。


「もうちょっと、リサーチしとけば、良かった、な」

「気にしないで、いいわよ。こういうのも楽しいし」


 二人で童心に返って、刀を振り回しまくる。

 その後にも、忍者になりきって、色々なVRゲームを体験した。

 たとえば、手裏剣を投げまくるアクションゲームだったり。

 襲いくる忍者を躱し続けるアクションゲームだったりと様々だった。


「楽しかったな。ちょっと、汗かいたけど」

「ちょっと身体が熱いわ」


 用意のいいことに、タオルを取り出して、汗をぬぐっている。

 その様がなんとも色っぽく感じられてしまう。


「俺もタオルくらい持ってくれば良かったな」

「善彦はそういうところ、うっかりよね」


 どこか楽しそうな笑顔を向けられると色々照れる。


「自覚してるよ。ケアレスミスが多いですよ、俺は」


 生暖かい目で見つめられると、色々いたたまれない。


「本当に仕方ないんだから」


 国際学会の時のように、汗をぬぐってくれる。

 しかし、あの時と今日は色々違うわけで。

 

「どうしたの?顔が赤いけど」

「体勢的に色々意識する……察してくれ」

「あ、そ、そうよね。ごめんなさい」


 慌てて距離を取る涼子。


(こんなので、俺たち、初めてが出来るんだろうか)


 色々な意味で不安になって来た。

 ともあれ-


「そろそろお昼だし、行くか」

「小洒落たイタリアンとか、善彦は意識し過ぎだと思うのよ」

「恋愛経験値がおまえしかないもんでな」

「私も同じだけど……とにかく、行きましょ?」


 今度は、涼子の方から腕を組んでくる。

 ああ、もう。今は煩悩退散してくれ。頼むから。

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