第5章 一歩進んで
第31話 デート前日の夜
「はあ……これで大丈夫、か?」
鏡に写った自分自身の姿を見て、ため息をつく。
いよいよ、明日は、
(店の人に言われるままに、買って来ちまったけど)
なにせ、明日は少しいつもと違うデートだ。
服装も適当なものではなくて、もっと気合いをいれなくてはと思ったのだが。
そこで、気づいてしまったのだ。
自分は、お洒落らしいお洒落をしたことがなかったことに。
(確かに、普段より細く見えると言えばそうなんだよな)
鏡に写った俺の姿は、特に下半身がいつもよりほっそりとして見える。
コーディネートをお願いした店員さんいわく、「黒がいいですよ」
とのことだけど、確かに実際よりも細く見える気がする。
そして、トップスとアウターも新調。同じく店員さんにお願いした。
青のシャツにグレージュのコート。
(しかし、なんか、俺らしくない気がするんだよな)
いやいや、と首を振る。
恋人とデートなのに適当だった今までが良くなかったのだ。
デートの時くらい、多少気合いを入れてもバチは当たらないだろう。
あとは、デートスポットも再確認しておこう。
スマホにメモったデート先を頭の中で復唱して、イメージを叩き込んでおく。
幸い、京都市内は基本的に迷うことは少ない。自転車でどこへでも行ける。
(明日は歩きだろ。よく考えたら)
しまった。そんな事すら忘れているとは。
デートスポットを回る順路も見直さないと。
京都はデートスポットには事欠かない。
神社仏閣だけじゃなくて、京都タワーなどの現代的な建物だってある。
寺町通りには小さいが電気街だって、メロンブックスだってある。
(ムードも考えなきゃだよなあ)
下手すれば「今日も楽しかった」で終わってしまいそうな気がする。
いつもならともかく、明日はバッチリ決めないと。
特に、デートの最後に回る場所はムード作りのためにも重要だろう。
夕日を見ながら
しかし、あいつはあいつでストイックだ。
気がついたらまた研究の話をしてしまうかもしれない。
明日はそれでは駄目なのだ。
しかし、
とても悩ましい。
(デートが終わった後、どうするんだ?)
未成年の俺たちがラブホテルというわけにもいかないだろう。
俺の家か涼子の家、どちらに寄るにしても、親が居たら少し気まずい。
(こうなりゃ、背に腹は変えられない)
「明日の夕方だけどさ。三時間くらい、家、空けてくれないか?」
恥を忍んで、父さんと母さんに頼むことにした。
「三時間ってまた中途半端な時間ね。女の子でも連れ込むつもり?」
「そういうんじゃなくて、涼子と大事な話し合い、なんだ」
大事といえば大事なのだけど。とても気まずい。
「ふーん、涼子ちゃんがねえ。二人っきりになりたいってことかしら?」
「せっかくのデートだしさ。落ち着いて二人っきりになりたいんだよ」
「でも、部屋で二人っきりになるのはよくあることだと思うけど?」
「と、とにかく、察してくれると助かる」
「仕方ないわねえ。じゃあ、あなた。明日は二人で外食しましょうか」
「全く、涼子ちゃんとはいえ、連れ込むために家を空けろとはな……」
「いや、ほんと、この通りだ」
「たまにはいいか。しっかりやれよ、
結局、拝み倒して部屋を空けてもらうことにした。
反応を見る限り、色々バレてしまっているだろうけど。
とにかく、出来る限りのことはやった、はず。
あとは、明日を待つのみだ。
とはいえ、部屋に戻っても落ち着かないものは落ち着かない。
(明日で一線を超える、んだよな)
考えるだけで、胸がドキドキしてくる。
俺があいつをリードすることなんて出来るんだろうか。
色々情けない姿を晒してしまいそうな気がしてきた。
(ほんと、落ち着かない)
こうして、悩みながらデート前日の夜は更けて行ったのだった。
◇◇◇◇
「やっぱり、大胆過ぎないかしら……」
鏡を見ながら、独りごちる。
明日は、善彦とのちょっと特別なデート。
だから、髪型や服装にもいつもより気を遣ったつもり。
活発な感じのファッションをということで、少し張り切ってみた。
でも、少し胸周りの露出度が高めな気がする。
フリルも……こういう可愛い系のは似合っているのか自信がなくなってくる。
(でも、明日は普段のデートとは違うのよね)
デートが終わった後に……と意識すると、顔が熱くなってくる。
最初は平気なつもりだった。
でも、いよいよ明日となると、色々考えてしまう。
「善彦は、本当に手を出してくるのかしら」
彼の事だから、案外日和ってしまいそうな気もする。
そうだったら腹立たしいけど、ほっとしてしまいそうな自分も居る。
デート先も任せてみたけど、どこを回るつもりだろう。
デートは何度もして来たはずなのに、繰り返し考えてしまう。
私も研究者の卵である前に、一人の女性なのだと実感する。
そもそも、うまく出来るのだろうか。
善彦も私も、初めてだし。
(こんなに落ち着かない気持ちになるなんて)
いっそのこと、気を紛らわすために論文でも読んでみようかしら。
そう思って印刷した論文に目を通すけど、ちっとも頭に入ってこない。
(ほんとに、ままならないものね)
この気持ちは不安なのか、それとも期待しているのか。
そんな事もわからなくなってしまいそうだった。
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