第21話 研究集会(3)~ニッチな研究~
編集委員会を挟んで次の発表の時間になる。今日の発表は先程の2つに加えて、次の発表でラストだ。LANGの研究集会でどれだけ発表や論文投稿が集まるかは、開催地や時期にも寄る。今回は今日3件、明日2件と比較的少ない。
「それでは、次の発表に移りたいと思います。
セッションの座長がそう言って、発表が始まった。
「どうも、北海大学の浅海です。本日は、『メタ構文解析器生成系MPGの提案』と題した発表を行いたいと思います」
少し緊張した様子で、発表を始めた浅海さん。名前も聞いたことがないし、研究発表が初めてのB4の人だろうか。
「まず、皆さんご存知だと思いますが、現在、構文解析器生成系は非常に一般的に使われるようになっています。特に、古くからあるのでYaccやその再実装であるGNU Bisonは皆さんご存知のことかと思います」
スライドには、Yacc(LALR(1)), ANTLR(ALL(*)), JavaCC(LL(1)), Coco/R(LL(1)), Elkhound(GLR), Rats(Packrat Parsing)などの名前がリストアップされている(※すべて実在のものです)。構文解析器生成系というのは、構文解析器というソフトウェアを生成するためのソフトウェアで、構文解析器を一から書かなくても、簡易な記述からそれを生成してくれる。
「当然の事ながら、構文解析器生成系が生成できるソースコードの言語は固定です。たとえば、YaccはCのコードを吐きますし、JavaCCはJavaのコードを吐きます。ANTLRなど、複数の言語を切り替える仕組みがあるものもありますが、多言語対応の構文解析器生成系は少ないですし、そのためにコストもかかります」
しかし、当たり前じゃないことを当たり前のようにして話す辺り、ちょっと変わった人だ。もちろん、研究に慣れていない人が、必要な前提知識をうまく説明できないのはよくあることなのだが、「これ知ってますよね」というノリでガンガン言っていくのとはちょっと違う。
「そこで、私が考えたのが、多言語対応の構文解析器生成系のアプローチをより進めて、構文解析器生成系自体を生成する事で、多言語対応を容易にするアプローチです。これを、メタ構文解析器生成系(MPG(Meta Parser Generator))と呼ぶことにします」
なるほど。発想はわかる。しかし、構文解析器生成系をさらに生成するソフトウェアというメタなアプローチを進める辺りは、ちょっと独特だ。正確には、構文解析器生成系自体がメタなものなので、メタメタといったところか。
「さて、MPGの実現をするにあたって問題となるのは、MPG自体の構文です。MPGの目的は、構文解析器生成系自体を生成することですから、構文解析器生成系そのものを生成できるような記述が必要になります」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクりとするのを感じた。今まで、全く考えたこともない事だったからだ。Java言語の文法を考えるのはわかる。構文解析器のための文法を考えるのはわかる。しかし、構文解析器を生成するための文法というのは、意表を突かれた。というか、何を考えればいいのかがまずわからない。
「まず、最も簡単な構文解析器生成系を生成するための記述を考えます」
と言って提示された図だが、一瞬では何を言っているのかわからない。何を言いたいのかわからないのではなくて、言っている事が難解なのだ。
理解に躓いている間にも発表は進み、
「というわけで、あくまで途中実験ではありますが、LL(1)構文解析器生成系を生成するための記述を、主要な言語に対応させるための記述量を抑えることができました。まだ発展途上ではあるのですが、今後は、多種多様な構文解析アルゴリズムに対して、このアプローチが本当に適用可能か考えてみたいと思います」
と締めくくられた。
「それでは、何か質問のある方はいますか?」
座長が質問を求める。根幹の部分はわからなかったが……
「
問題意識はわかるが、需要が少ないのではないかという感想を俺は持った。
「そうですね。おっしゃる通り、一般的にはそこまで重要視されないと思いますし、ニッチな話だと思います。また、途中段階なので、このアプローチが良いのかはわかりません。しかし、特に新しい言語において、構文解析器生成系が無いために、手書きの効率の悪い構文解析器を記述せざるを得ない場面があります。そういった場面で、素早く新しい言語に構文解析器生成系が対応可能というメリットがあるのでは、と考えています。どうでしょうか?」
「なるほど、理解しました。ありがとうございます」
着席して、少し考える。それでも、やはりこれを必要としている人は少ないのではないかと思うが、俺たちの研究だってそういう部分は少なからずある。「構文解析は解決された問題だ」という人だって居るくらいだ。だから、ニッチだからというのは研究を否定する理由にはならない。
改めて、研究というものの意義について思いを馳せられるような発表だった。
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