第7話 ナイアガラの滝と突然のデート

 トロントからバスで約2時間。見慣れない風景を前に雑談をしたり、先生と研究談義をしていると、あっという間にナイアガラの滝についていた。


 ナイアガラの滝。カナダとアメリカの国境にある滝であり、美しい景観で知られており、多くの観光客が訪れるらしい。かくいう俺たちも、その中の1人なのだが-


「綺麗……!」

「だな。虹まで見えてるぜ」


 もっと語彙が豊富であれば、この綺麗さを表現できただろうと思うが、そのスケールも、水の色の美しさも、滝にかかる虹も、うまく言葉に出来そうにない。


「見るのは2度目だが、いいものだねえ」


 増原先生は、のんびりとそんなことを言っている。


「先生は、以前もカナダに来たことが?」

「そうだねえ。確か、6年前だったかにトロントで国際学会があったんだよ」

「先生だったら、世界中を巡り歩いてそうですね」

「それは言いすぎだよ。開催地も欧州米国中心だしね」


 海外が初めての俺たちにすれば、欧州米国の各地を飛び回っているだけで凄い。


「さて、と。君たちはどうする?私はちょっとぶらついてくる予定だけど」

「というと?」

「オジサンの趣味に付き合わせるのも何だ。別行動にしないかね」

「は、はあ。では、お言葉に甘えて」

「じゃあ、17:00にここで集合ということでどうかな」

「わかりました。では、また後ほど」


 スタスタと、何やらお目当ての場所があるらしい先生は去って行ってしまった。


 しかし、考えてみると、これはデートなのではないだろうか。


「増原先生、なんていうか、凄い自由な人よね」


 先生が去っていった方向を見て、楽しそうに言う涼子。


「それは同感だな」


 午後の発表をぶっちしようと誘ってくるし、かと思えば、俺たちを放置して行きたいところに行くし。考えてみると、昨日のサイモン先生もかなりの自由人だった気がする。


「で、どこに行く?全然、土地勘とちかん無いんだけど」


 そう。悩みどころはそこだ。先生も前もって言ってくれたら、デートのプランを練ることが出来たのに、突然去って行くものだから、色々準備が出来ていない。


「崖を見に行くことができるみたいよ。どうかしら?」


 スマホ片手に検索をかけていたらしい涼子。


「じゃ、そうするか」


 というわけで、滝が流れるところが見られるらしい崖へ。


「うお。凄い迫力」

「す、吸い込まれそうね」


 目の前の崖から水が大量に落ちていく迫力も去ることながら、このままここに居ると吸い込まれるのではないか、という感覚すら湧いてくる。


「って、そで引っ張ってるぞ」

「あ、ごめんなさい」


 無意識だったのだろう。慌てて手を引っ込める涼子。いや、引っ込めなくて良かったんだけど。


「そんな高所恐怖症だったっけ?」

「ここは別格よ、さすがに」


 小刻みに身体が震えているところからすると、本気で怖いらしい。ま、実際、落ちたら洒落にならないしな。


「そういえば、アイスでも食べないか?近くにあったろ」


 ふと、来る途中にアイスクリーム屋さんがあったのを思い出す。


「いいわね。行きましょ」


 というわけで、おやつの時間にすることになった俺たち。


 Jelly Ice Cream という看板が掲げられたアイスクリーム店は、やけにカラフルな、それはそれはアメリカンな(ここはカナダだけど)アイスクリームを売っているお店だった。


 拙い英語(俺)と流暢な英語(涼子)でそれぞれ注文をすると、すぐ側のベンチに座った。


「んー。美味しいわ」


 彼女がぺろぺろと舐めているのは、プレーンな感じのソフトクリームで、香ばしいミルクの香りが漂ってきて、とても美味しそうだ。美味しそうにソフトクリームを舐めている姿を見て、思わず見惚れてしまう。


「どうしたの?」

「いや、その……見惚れてた」


 正直に、そんなことを言ってみると、


「そ、そんなお世辞言って……」


 くすぐったそうな、そんな言葉が返ってくる。


「いや、そんなことないって。おまえ、美人だしさ。絵になるっていうか」


 貧困なボキャブラリーを駆使して、精一杯褒めてみると、


「今朝は意識してなかったのだけど、少し照れくさいわね」


 そんな、正直な答えが返ってくる。しかも、嬉しそうというかニヤけているといういか。


「正直、意外だ。もっとさらっとした反応が返ってくるとばかり」

「私だって年頃の女子高生だもの」


 少し拗ねたような彼女の反応がまたしても新鮮で、異国の観光地というロケーションも相まって、急激に距離が縮まったようにすら思える。


「なんか、こういう風に普通に観光するのもいいもんだな」


 滝が近いせいか、意外に涼しいし、日当たりもいい。


「そうね。増原先生に感謝かしら」


 くすっと笑う彼女。


 ひょっとしたら、先生は、俺達の間に流れるどこか微妙な空気を感じ取ったのだろうか。そんな事をふと考えてしまう。 


「それより、アイス溶けてるわよ、善彦」

「あっ……」


 話に夢中になっていたせいか、アイスがだらーんと溶けてしまっていた。


「やっぱり、私がついてないと駄目ね」


 お姉さん風を吹かせてそんな事を言われてしまうが、反論できない。


「もうちょっと、リードできるようになりたいんだけどなあ」

「別に、嫌じゃないから。あなたはそのままでいいと思うわよ?」

「そう言われると、微妙な気持ちになるなあ」


 こう、男としてのプライドというか。


「さ。もうちょっと、他のところ行きましょ?」


 俺の手を取って、彼女が歩き出す。そういえば。


「恋人になってから、こうやって手をつなぐの初めてだよな」


 今更ながら、気づく。


「もう。そういうの、意識しないようにしてたのに」

「俺としては意識してくれた方が嬉しいんだけど」

 

 せっかく恋人になったのだから、もっと甘酸っぱい何かを体験したいというか。


「そういうのは、これからいくらでもできるでしょ?」

「ま、そうだな」


 こうして、偶然にも、望んでいたイチャイチャデートが叶ったのだった。

 増原先生にはつくづく感謝だ。

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