第6話 恩人の先生と観光のお誘い

 昼食を食べ終えて、さて、午後の発表を聴こうと会場に戻る途中、見覚えのある顔に出会った。


増原ますはら先生!」


 俺たちが今の道に進むきっかけになった、増原栄一ますはらえいいち先生だ。京都の大学で教授をしていて、今回の国際学会を運営している1人でもある。


「おお。君たちか。ICFGは楽しんでいるかい?」


 歳は30代後半で、少し小柄で、鍛え上げられた身体、柔和な笑顔が特徴的な人だ。それでいて、見るものを射抜くような鋭い目つきをしている。


「ええ。昨日の発表はかなり緊張しましたが」

「はは。最初はそんなものだよ。聴いていたが、立派に出来ていたよ」

「それは良かったです」


 先生に褒められて、少し嬉しくなる。


「よかったわね、善彦よしひこ


 何故か、涼子まで嬉しそうだ。

 

「君もだよ、徳川とくがわ君」

「私ですか?」


 目をまんまるにして驚く涼子。


「君が論文に直しを入れていた部分も多かったじゃないか」

「は、はい。それは、そうですが」


 恐縮した様子の涼子だけど、実際、彼女に助けられた部分も大きかった。

 

共著論文きょうちょろんぶんなのだから、謙遜けんそんし過ぎは良くないよ」

「ありがとうございます」


 1回り以上年が離れてるのもあり、ついぺこぺこしてしまう俺たちである。


「そういえば、これからナイアガラの滝を見に行くのだけど、一緒にどうだい?」

「「え?」」


 ハモった。ナイアガラの滝といえば、俺たちでも知っている有名な観光地だ。しかし、これから午後の発表があるはずでは。


「これから、午後の発表がありますけど」

「そうだったね。見たいのがあったのかい?それなら、すまなかった」

「いえ。発表を見なくていいのでしょうか」


 今回の学会参加は、先生のサポートあってこそだし、きちんと見て今後に生かさなくては、という気持ちも大きかった。


「学会はお勉強会じゃない。見たくない発表を無理に見る必要はないよ」

「な、なるほど」


 そうばっさり切り捨てられるものか、とも思ったけど、無理に見る必要がないといわれれば、そうかもしれない。


「無理にとは言わないけど、カナダまで来るのも貴重な機会だ。どうだい?」

「……」


 目を見合わせる俺と涼子。確かに、学会は論文自体は後で見られるし、無理に発表を聴くこともない。後で録画されたものが送られてくるらしいし。


(せっかくだし、行ってみるか)

(そうね)


「それでは、お願いします」

「お願いします」


 というわけで、午後の発表はぶっちして、ナイアガラの滝に観光に出かけることになったのだった。ナイアガラの滝は、ここトロントからバスで2時間程の所にあるらしい。


(ちょっと予想外だったけど、楽しみね)

(ああ。ナイアガラの滝とか、テレビで見たことしかないし)


 そんな事を話し合う俺たち。まだ見ぬ異国の観光地に、早くも期待が高まっていく。

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