第5話 2人の日常とポーカーフェイスな彼女

 招待講演が終わった後は、昼食の時間だ。同じホテル内で、ビュッフェ形式のようだ。パスタ、ステーキ、ベジタリアン向けのメニュー、スープなど色々なものがある。


 とりあえず、パスタとステーキ、ピラフ、スープ、などを適当にとって席に戻る。少しすると、一緒に行動している涼子りょうこが席に戻ってきた。


「相変わらず、バランスがきっちりしてるなあ」

「体調管理は食生活からよ」


 と何でもなさげに言う涼子。レタスのサラダ、スープ、少量のパスタくらいしかないが、これで十分らしい。


「そういえば、おまえ、いっつも弁当作って来てたよなあ」


 こちらに来る少し前の生活を思い出す。


◇◆◇◆


「はい、善彦よしひこ。今日のお弁当」

「お、おう。助かる」


 いつものように、机をくっつけて食事をする俺たち。そして、なんでもないように俺の分の昼食を作って来てくれる。この意図を問いただしたい気分があるのだが、こうして当然のように渡されてしまうと、なんとも言いづらい。


 弁当箱を開けてみると、スクランブルエッグに、ベーコン、サラダがあって、別にパンがついている洋風のお弁当だ。こいつは、洋食好みなので、作ってきてくれる弁当はこういうのが多い。


「むぐむぐ。やっぱり美味いな」

「ありがとう。それは良かったわ」


 素直に褒めるものの、涼しい顔で受け流す彼女。こうして、お昼のお手製お弁当を作ってくれるようになってもう1年以上経つが、ほんとどういう気持ちなんだか。


 そんないつもの会話をしていると、周りからの羨ましげな視線。


「善彦め、羨ましい奴」

「愛妻弁当、俺も欲しいなー」

「もげろ」

「涼子さん、なんでも出来て凄いよね。尊敬しちゃう」

「はー。彼氏欲しいなー」


 俺たちがデキているようなヒソヒソ話だけど、それは事実ではない。


「あんなこと言われてるけど、どうなんだ?」

「愛妻弁当は事実じゃないけど、そんなものじゃないかしら」


 仲を囃し立てられているのに涼しい表情。ここでもうちょっと動揺してくれたら、俺としても嬉しいのだけど。


「それより、昨日指摘した箇所、直した?」

「さっき直したのメールで送っといた」

「後で見ておくわ」


 話題は、今度カナダで行われる国際学会で発表する論文についてだ。幸い、論文は査読さどくを通ったので、安心しているのだけど、いくつか直す必要がある。


「それにしても、もう少しでカナダか……。海外、はじめてだし、緊張しそうだ」

「時差ボケとかよく聞くけど、大丈夫かしら」

「さあな。それより、飛行機の中で寝られるかどうか」

「乗り換え合わせて、片道18時間だものね」

「そうそう。しかも、カナダの中で乗り換えだぜ。色々心配になってくる」


 カナダで行われる国際学会ICFG開催まで、あと1ヶ月もない。幸い、宿泊施設と航空機の予約は、俺達の恩人でもある増原ますはら先生のおかげでなんとかなったのだが。


「それよりさ。放課後、カラオケでも行かないか?」

「いいけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと久しぶりに歌いたくなった」

「わかったわ。ビッグサウンド辺りかしら」


 ビッグサウンドは、京都市にあるカラオケボックスだ。俺たちはカラオケが好きなので、よく行く。


 放課後、ビッグサウンド内にて。


「~~~today once more~♪」


 英語の歌詞を綺麗なソプラノボイスで歌う彼女。つくづく、惚れ惚れする歌声だ。それに、英語の発音も様になっている。聞いたことがないが、今、イギリスで流行っている曲らしい。


 パチパチパチ。歌い終えた涼子に拍手を送る。


「もう、いつも大げさね」


 仕方ないんだから、という表情で、それでもまんざらではなさそうに言う彼女。


「いやいや、ほんと、透き通るような歌声っつーか。英語も上手いしな」

善彦よしひこもいい声してるのに」

「おまえに比べるとな……」


 そう言いながら、マイクを持つ。次の番は俺だ。


「~~~♪」


 俺が歌うのは、最近流行りのJ-POPだ。割と雑食なので、アニソンでも何でも適当に歌う。今日は、学会準備で忙しくて、ストレスがたまっているのを発散するのが目的でもあったから、思いっきり気合を入れて歌う。


 パチパチパチ。今度は、涼子から拍手が飛んでくる。


「おまえも、このくらいのに大げさだな」


 同じ台詞を涼子に言われた気がするけど、単にストレス発散のために、思いっきり歌っただけだ。


「ううん。本当に、いい声だと思うわよ」


 本当に真面目な顔をしてそんな事を言われると、少し照れてしまう。


 その後も、流行りのアニソンでデュエットしてみたり、思い思いの好きな歌を歌って、2時間程楽しんだのだった。


 カラオケボックスを出ると、もう日が暮れようとしていた。


「もう、夏だなー。暑い」


 俺たちの家に向かって、三条さんじょう通りを西に向かいながら、つぶやく。三条通りは、京都市内を東西に走る通りで、南に行くと、四条、五条という風に条の数が増えていく。


 もう7月で梅雨つゆも明けたし、これからますます暑くなっていくだろう。


「私も、ちょっと暑すぎるのは苦手ね」


 こころなしか、暑さでだれているように見える。


「体育系の部活、夏でも毎日練習してるの凄いよ」

「ほんとにね。私も、ちょっと運動しようかしら」


 俺たちはマイコン部に一応所属しているものの、特に学会関係で忙しいこういう時期は実質幽霊部員になる。


 腕をぐるんぐるんと回しながらの言葉。


「別に、ダイエットなんて必要ないと思うけどな」

「そうじゃなくて、夜も椅子に座りっぱなしだと肩がるのよ」

「わかるわかる。俺たち、まだ高校生なのにな」

「パパが肩凝ったって聞いて、昔は、なんでかしら……なんて思っていたものね」


 それでなくとも、学校では座りっぱなしで、授業中にノートPCを持ち込んでいいという特権を認められてるので、姿勢が悪くなりがちだ。


 その上、帰ってもPCの前で、原稿を打ち込んでる時間が多ければ肩も凝るか。


「ちゃんとストレッチとかやってみようかな」


 正直、俺も肩が最近凝りがちなのだ。と、肩に何やら圧力が。


「どう、気持ちいい?」


 肩を揉んでくれているらしい。気持ちいいのだけど、ちょっと恥ずかしい。

 

「あ、ああ。気持いいぞ」


 動揺をさとられないように、返す。天然でこんな事をしているのだろうか。


「う、うお。効く……!」


 歩きながら、後ろから場所を変えて指圧される。


「それは良かったわ。もっとやってみるわね」


 なんだか楽しそうだが、これ以上は心臓に悪い。精神的な意味で。


「もう十分だって。ありがとう」

「そう。残念」


 あっさりと引いてしまう。それはそれで寂しいと思うのは、我儘わがままか。


 そんな風にして帰って、夜は集まって、論文の手直しをしたり、発表のリハーサルをするのが、ここのところの日課だった。


◇◆◇◆


 物思いから覚める。


「なあ、今だから聞けるんだけどさ」

「何かしら」

「お前が弁当作って来てたのって、何か意識してた?」


 何でもないように振る舞っていたけど。


「少しは、ね」


 珍しく、照れながら肯定する涼子。おお、可愛い。


「それなら、もっとそれらしくしてくれたら良かったのに」

「そうしたら、その気があるのバレバレでしょう?」

「バレバレだった方が嬉しかったんだよ」


 ちっともわからなかった。


 俺の彼女は、ポーカーフェイスが本当に上手い。

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