周回遅れ

麻城すず

周回遅れ


 病気がハンデになるとは思わない。けれどもさすがに留年ともなれば、そんな考えにも影が差す。

 二回目の高校二年生。友人は先輩になり、後輩は同級生。

「八坂先輩」

「にゃにー?」

 部活の後輩だったカノコちゃん。新しいクラスの中で知ってるのはこの子だけ。

「今日部活ないじゃないっすか、パーッと遊びに行きません? 八坂先輩とお近付きになりたいって男子がいるんすけどそいつと一緒に。どうっすかね」

「ああ? 何、好きなのかい? あたしのことが好きなのかい? このダブり女のことが好きだって言うのかいーっ?」

「や、別に惚れた腫れたは無いっすけど」

「なんじゃその潤いのないお誘いは」

 ダブったせいで彼氏に振られた。ああどうせ振られたさ! 今頃奴は新しい彼女とベタベタイチャこいているのさぁっ!!

 当てつけに可愛い年下男子捕まえて奴を見返してやるなんて、不純な動機も今ならまだ許されるはずだろうな五月中旬。別れてから、まだ二か月。

「先輩、獲物を狙う目っすね!」

「ああそうよ、獲物はどこよ。あたしとお近付きになりたい男子は一体どこよぉっ」

「あれっす。超イケメンっす。大人の色気醸し出してるっすよ!」

「……何だよ、その紹介の仕方」

 カノコちゃんに呼ばれてあたしの目の前に立った男は見たことのある顔だった。そりゃ同じクラスだし見覚えくらいあるだろうけど。

「井上祥太っす! 一年の時から同じクラスなんすよ」

 井上祥太?

「あんたの名前聞いたことあるにゃあ」

「何だよ、にゃあって」

「単なるマイブーム」

 ……そりゃカノコちゃんから見たら大人の色気さ。だって井上祥太は有名な二ダブ男。つまりあたしの更に一コ上。

「何、ダブりがダブりに興味持ったってか」

「なんすかそれ」

「こいつ一年生三回やってんのよ」

 突然、誰にも何も告げずに家を出て、行方不明になるという井上は、あたしが入学した年から有名だった。

 初めての失踪時は、さすがに親も学校も大騒ぎ。捜索願まで出して大変な事になったらしい。けれども本人は68日後にケロッとした顔で帰って来たそうだ。信州土産を手に下げて。

 散々怒られたらしいけど、それでめげるような奴ならそもそもそんな事はしないわけで。それから三ヵ月間学校に通いながらバイトして、資金が溜まったところで井上は自転車に乗って再び行方不明になった。

 さすがに今度は書き置きを残して行ったらしいけれど。

「確か『捜さないでください』って書いてったんでしょ」

「よく知ってんな」

「つわものっすねー」

「カノちゃん、これかなり有名だから」

 なんちゅう自由人だと、実は憬れた。あたしは病気のおかげで病院のベッドに縛り付けられての不本意な留年だけど、井上祥太は自分の意思で選んだ留年だ。別にかっこよくも無いけどさ。

「去年はちゃんと学校来てたんでそんな事とは露知らず。なんだ、実は井上って先輩なんすか」

「校長に三ダブは面倒見ないって言われたから仕方なく真面目にね」

 こうして見ると随分普通。二回も留年する奴なんて、どんな馬鹿か、或いは不良かと思っていたんだけれども。

「俺は単なる旅好きだけどね、八坂さんはなんで留年?」

「持病の癪よ」

 突然の心臓肥大。ウイルス性の心不全。一年を待たずに移植を受けられた事をあたしは感謝するべきなのだ。

「ふーん。ま、留年ごときで腐るなよ」

「んなくだらないことで腐らないわい」

 確かに同年代に比べれば周回遅れなのは否めないけどさ、別にあたしはこんなの平気。

なんだよって思ってたのはタブりじゃなくて好きだった人の事。彼は頭がよくて、目指す大学は一流で。つまりは人一倍外聞を気にする人。

 入院を重ねるごとに彼の見舞いは減って来て、手術のときはさすがに来たけど退院したあとは疎遠になった。

「八坂の体に障るとまずいし」

 あんな言い訳しやがって。あたしに気を遣ってる「振り」だと分かるから苛立ちは更に募る。

 別れを切り出されたのは、留年が決定した当日。体に傷を負った身としてはしつこく追う事も出来ず、仕方ないなと受け入れたけれど。

「べっつに何周遅れようが、追いつけばいいのよ。むしろ追い越す。たたきつぶす」

「何の話だよ」

 ケラケラ笑う井上は、彼女の留年なんか全然気にしないんだろう。おおらかさがいいなと思う。

 クラスメイトのカノコちゃんと笑い、ダブり仲間のあたしと笑い、皆との間に壁なんかない。

 そういえばあたし、このクラスになってから、カノコちゃん以外とは口もきいてないや。もしかして、それを見兼ねて声を掛けてくれたのかな。

 気にしていないつもりでも、実は気後れしてたってことか。

「ぃよっし、暇なやつら集まれ! カラオケ行くよっ!」

 突然のあたしの声に驚いた顔のクラスメイト。面白がって乗ってくるやつ。あの辺の子たちは引いてるみたいた。

 教室一周見回せば、色んな子たちがいるわけで。

「友達たくさん出来るかな大作戦決行だぁ!」

「八坂先輩、カッコいいっす!」

「八坂さん、面白いね」

「二年三組親睦会! さあさあ何人乗ってくる?」

「あたしら行くー」

「俺らも」

 なんだ、意外に皆ノリ良いじゃん。なんて思って笑っていたら、井上祥太も笑ってる。

「薄幸の美少女かと思ったら、やっぱダブる奴って一癖あるわ」

「え、美少女? もっと言って!」

「ただのお調子もんだな」

「否定はしないわ」

 長い人生の中で一度の躓きに腐ってるなんてもったいない。また歩き出して走り出して、必ず、追いつけるから。

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周回遅れ 麻城すず @suzuasa

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