クロスゲーム
麻城すず
クロスゲーム
空が、青い。
白いボールは大きな弧を描いてその青に溶けた。
「あーーーっ!」
女らしからぬ叫び声。後ろを振り返って見れば、小さな体をピンと張った、美由先輩の仁王立ち。
「佐々木! 岩井! 何やってんのよあんた達!!」
ピッチャーの岩井と、バッターの俺。広いグラウンドにいるのは二人だけ。
「や、きゅう…ですかね?」
恐る恐る答えながら岩井はこっちに助けを求めるような視線を寄越す。
「部の備品勝手に使うなって何回言ったら分かるのよーっ!」
校舎一階の廊下はグラウンドに面していて、何か用があってそこを通れば、全部丸見え。例えば昼飯をソッコーでかっ食らって、皆が出て来る前にグラウンドを占拠しようと二人しか居ないのに野球始める野球部のバカな新入部員なんか、四時間目が終わって特別教室から自分のクラスに戻る途中の二年生のベテランマネに直ぐに見つかってしまうわけで。
「あんた達はいつもいつもなんであたしがここ通る度に怒られるようなことやってるの!」
友人の制止も振り切って、凄い勢いで走って来る美由先輩に思わず顔がニヤけてしまう。
「佐々木っ! 何ヘラヘラしてんの! いたずらがバレたならせめて岩井みたいにシュンと落ち込んでる振りくらいしてみせなさいよ!」
いやいや、先輩。こいつはそんなに殊勝じゃないって。
直ぐそばまで走ってきた先輩は、息を切らせながらも切れ味鋭いデコピンで俺にダメージをしっかり与えたくせに、岩井には「こんなことしてちゃダメでしょう?」と随分優しい言葉で諭す。
「先輩、言っとくけど言い出しっぺこいつだからね」
悔しさを隠さずに抗議すると「人のせいにしないの!」とまたデコピン。
「すいませんっしたぁ」
岩井の謝罪の台詞に「もうダメよ?」と笑い掛け、次の瞬間には鬼の形相で俺を見る。
「佐々木、言うことは?」
「俺はあの白球に先輩への愛を込めてるんだっつーの。見てよ天高く馬肥ゆるってやつ?」
「あんたはまず小学校の国語からやり直しなさい」
さり気に効かせた俺の告白は聞き流す方向かよ。ちくしょー、やるな先輩ってば。
「岩井も佐々木の言いなりになんかならないの。何かあったらあたしに言うのよ。佐々木くらいやっつけてあげるからね」
優しいお姉さん口調で岩井の頭をよしよしと撫でる。
美由先輩、少々スキンシップが過ぎません?
「先輩、俺もなでなでされたら良い子になるかも」
岩井ばかりに良い思いをさせるかと、食いつく俺に「あーらそう」とニッコリ笑って。
ビシッ!
「デコピンかよ!」
今のはかなり痛いっつーの!!
額を押さえてアワアワしてると、先輩はもう後ろを向いて教室に戻ろうとしていた。
「美由先輩、本当にすいませんでした!」
念入りに頭を下げる岩井に先輩は安心させるように優しく笑いかける。
何だよ可愛いなちくしょう!
岩井め、地味にポイント稼ぎやがって。俺はそういうまどろっこしいのは嫌いなんだっつーの。
「美由先輩、もう部の備品で遊ばないから今日の部活の後デートして下さいっ!」
男はいつでも直球だろ。
「んな……っ、なな何言ってんのよ。からかわないでよねっ!」
好きだの愛だのは聞き流すくせに、ちょっと具体的なこと言うと真っ赤になっちゃって。
「今日の練習で反省の色が見えたらね!」
目を合わせることもせず、捨て台詞かと思うようなツンケンした口調で、でもこれ以上はないくらい真っ赤になって去って行く。
ああ、美由先輩マジで可愛い…。
「……交換条件とか姑息じゃね?」
「ばっか! 基本だって。お前だって先輩の前じゃ猫百匹くらい被ってんだろ!」
二人になった途端、さっきまでのいかにもな良い子ちゃん面を剥いだ岩井はシレッとしていちゃもんをつける。
「まあ、イーブンってとこ?」
「バカ、俺のが勝ってるだろ」
「美由先輩は男慣れしてないだけだし。別に赤面したからって佐々木を好きとかそんな妄想イタいから」
「うるせー」
何十人もいる新入部員の中で、印象づけるためだけに美由先輩の移動教室の時間を狙って構ってもらおうって作戦はまずは共同戦線で。
幸か不幸かそのお陰で俺ら二人は美由先輩から見たら同位置だけど、まだまだ序盤、クロスゲームもいいんじゃない?
恋も野球も、接戦ならクライマックス盛り上がるだろ。
取り敢えず岩井には渡さんと、決意を新たに部活の後のお楽しみを妄想してニヤける俺は、放課後の練習もその調子でキャプテンに居残り特訓を命じられて、結局その日の放課後デートは夢と消えたのであった。
クロスゲーム 麻城すず @suzuasa
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