PeterPan syndrome

麻城すず

PeterPan syndrome

〈女の子は、元々砂糖菓子のように甘いのです。けれども素敵な愛情と素敵な環境によってさらに極上の甘みを湛えるようになるのです〉


 そんなおとぎ話に胸をときめかせたのはもう何年も前のこと。

 でも大人になって知った。それはおとぎ話なんかじゃない。真理だということに。


「付き合ってるころは可愛かったのに」

 おかずに手を伸ばしながら彼が言う。自覚はあるわ。確かに今の私は全然可愛くない。

「だったら何」

 お味噌汁を飲みながら私が言う。彼の言いたいことは分かっている。

「付き合ってる頃はもっと俺に甘えてた。素直だった。可愛いスカート着て、ヒールだって高いの履いてたし、髪だってそんな引っ詰め髪じゃなかった」

「子供がいるのよ。しかたないわ」

「子供連れてたってそうしてる人はいるだろ。なんでお前は出来ないんだよ」

「母親だからよ」

「だから……」

 無自覚な彼はずるい。私には母親になることを強いるくせに、自分は男のままでいる。そして母親になった私に、女に戻れと文句を言うのだ。

「子供を抱くのにヒールは危ない、だから履かない。髪を下ろせば抱いた時子供の目に入るわ。だから下ろさない。スカートを着れば、子供の目線に合わせなくてはいけない時にしゃがみにくい。だから着ない。ピアスもネックレスも引っ張られるし、怪我の原因になりかねない。だからつけられない。……綺麗な格好の奥さんを連れている旦那さんのことちゃんと見たことある? 必ず子供の面倒見てるわ。ちゃんと配慮をしてる。あなたみたいに後ろも見ずに、一人でどんどん進んでいったりなんかしない」

 ああ、こんなこと言わなきゃならないなんて情けないなぁ。

 結婚して分かったこと。この人は酷く幼い。何も見ず、何も考えずに、ただ自分の思ったことを口にして、そのせいで私は一人大人にならなければいけなくなった。

 付き合ってるだけのころなら、私だってあなたと一緒に立ち止まっていられたわ。可愛い女の子のままで、何も考えずに甘えられたの。

 環境が変わって、責任を負って、あなたがそれでも変わらないから私だけが望まない変化を遂げる。


 まるでピーターパンみたい。自分の世界がこの世の全て。変化を望まない、受け入れない、わがままばかりの男の子。

 私はウェンディのなりそこない。ピーターパンが求めたのは、友達でありながら、母親のように優しくて、きっと都合のいい女の子。

 それでも友人のままだから二人は仲良しだったんだわ。私達は変化してしまったから。

 あなたと一緒に暮らせたならば、素敵な愛情と素敵な環境も手に入るのだと思っていたのに。


 明日には役所に行って離婚届けをもらってこよう。そう考えるのは何度目かしら。

 明日の朝、変化を望まないあなたはいつも通りに笑っていて、きっとまたそれに絆されてしまうのだろうけれど、それでもいいのよ、今の私は。



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PeterPan syndrome 麻城すず @suzuasa

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