ステップフレンド

キューイ

ステップ

4時間目の授業が終わり、クラスが堰を切ったように騒がしくなった。殆どがノートから目を離し、椅子を引き、おしゃべりを始める。イオリとケンも例外ではなかった。


 しかしイオリはうるさく会話をするつもりはなかった。ある秘密のミッションについての会話がしたかった。

「…ルカのやつ…うまくいったかな?」


「平気だ多分………ルカを信じろ………」


そういうケンも不安そうな表情で額に汗を浮かべている。イオリはそれに加えて口を真一文字に結んでいた。


 2人の緊張。その原因は会話の中に出てきた少女、ルカに起因するものだ。2人だけがこの騒がしいクラスの喧騒とは距離を置き、静かにその時を待った。


 2人静寂を切り裂くように教室のドアが開く。クラスのみんなはドアが空いたことにすら気付かない。ルカがポニーテールを揺らし、教室の後ろに位置するイオリとケンの席まで慌ただしく駆け込んできたのだ。


「ルカ!ど、どうだった!」


イオリが食い気味でルカに聞く。ケンも目を見開いて彼女を見つめる。駆け込んできたのだルカは少し呼吸を整え、開国宣言をするレベルの重要なことを口に出す前であるかのように息を吸い、一気に言葉を放った。


「デートの約束を取り付けました!!」


「よっしゃあ!!」


ケンが雄叫びのような歓声を上げると流石の騒がしいクラスも彼に視線を向ける。恥ずかしい静寂にイオリはやれやれと首を振る。

 

「へんなケンは置いといて…ルカたちはどこにデート行くの?いつ!?」


友人の恋が始まりそうな予感にイオリも胸は高鳴る。ルカに詰め寄った。ルカはもじもじと恥ずかしそうにイオリに耳打ちする。


「遊園地……次の土曜日…」


ケンもイオリもニヤニヤが止まらない。そんな2人を見てルカはほおを膨らまし3組へと帰っていった。


「青春だな」


「ケンは浮いた話聞かないよね」


「う、うるさい」



 昼休みの後は2、3組で合同授業、ということになっていた。イオリもケンも体育着に着替え校庭に出た。


 体育教師のホイッスルとともに2、3組は全員気を引き締めて整列する。番号!その体育教師の一声で1人1人数字を言っていく。


「む?3組は誰かいないのか?」


イオリとケンの隣のクラスである3組は29人いるはずだ。しかし28の声から途切れたままだ。


「す、すみません!遅れてしまって…へへ」


「授業はもう始まっているぞ!早く並べなさい!」


 遅れてきたルカは見るからに嬉しそうだ。側から見たら怒られて喜んでいるように見えるだろう。しかしケンとイオリにはわかる。あいつハイになってやがる、と。イオリは少し離れたところにいるケンに目線を送った。2人とも目を合わせニヤリと笑う。


 2人の考えはダーツの的の真ん中を射抜くが如く当たっている。いつも持久走で10番にはいるはずのルカが走りのあまり得意でないイオリとケンにも負けていた。男女差はもちろんだがルカの様子がいつもと違うのは体育教師も気づいた。


「おいどうしたお前!女子サッカー部キャプテンだろ!頑張れ!」


「は、はい…ふふ」


「何笑ってる!」


だめだあいつ、土曜日のことしか考えられなくなっている、イオリとケンは呆れた目でふにゃふにゃ走るルカを見つめていた。


「恋する乙女ってやつか?どう思うケン」


「俺にはわからん」


「そうか」


 ルカはゴールした途端溶けるように崩れ落ちた。へんな走り方をしていたせいで体力が余計に持ってかれたらしい。


イオリはルカに駆け寄り、肩を貸す。イオリはまだニヤニヤが止まらないルカを引きずるようにしてみんなのいる場所まで連れていった。


「しっかりしろルカ!ほら水飲んで?怪我は⁈」


「してないよ…ふへへ」



結局放課後までルカの気は抜けっぱなし。というか栓のゆるい炭酸飲料のようにどんどん気が抜けていった。


「じゃあねイオリ、ケン…ふふふ」


「あいつ補導されんじゃねえの」


「心配だなぁ」


 イオリとケンはルカと分かれ、帰り道をともに歩む。2人は幼馴染で家は隣であるので往復は殆ど一緒だ。

 いつも一緒にいることが多いのでセットのような扱いをされることもしばしばだ。1週間前には体育教師がケンに荷物運びを頼んだが、セットとして近くを通りがかったイオリもどうせなら、と巻き込まれた。


 じゃあね、2人がそういうとそれぞれのドアを開けて帰宅する。イオリはそこからご飯の時も、お風呂の時も、ベットに入るまでルカのことで頭がいっぱいだった。


「ルカ………心配だ…!」


 一回口に出してしまうと心配のブレーキがかからない。ふにゃふにやしたままデートしてルカは嫌われてしまうのではないか。

 持ってたジュースを彼氏の方にサッカー部の癖でスローインするんじゃないか。


 心配で目が回りそうなイオリは無意識にスマホを手に取った。こんな時はあいつ。そう決めてある。


「イオリ?どうしたこんな夜中に」


「ケン!やっぱ心配だ!ルカのこと!」


「ま、まあ。わかるけど」


「ルカ………嫌われないかな…もらった風船でフリーキックし始めないかな………ジュース彼氏に投げつけないかなぁ!」



「お、落ち着けイオリ!!お前がルカの心配してるのはわかるけど…ルカはサッカー部のキャプテンだ。本来ならしっかりしてるさ!サッカーは切り替えが大切らしいぞ?ルカだって当日までにはちゃんと切り替えるよ!」


「わかってるよ…でも」


ケンはハッとした。スマホ越しでもわかる涙声。ケンにはわかった。きっと今イオリは涙目で、ベットのシーツかなんかをギュッと握りしめている。長い付き合いだからわかる。イオリは人を思いやれるいいやつだと。だからこそそんなにもルカの心配をしているのだ。


「イオリの気持ちはわかったよ。じゃあさ…」






土曜日。ハニーランド遊園地。サングラス姿にキャスケットのような帽子をかぶつた2人組は朝一番に入園した。


「ルカたちを見張ってどうするのさ!」


「これしか思いつかないんだよ!イオリがめちゃくちゃ心配するから!」


「う…でも、ボクのこと考えてくれた結果だもんな………ありがとう。よし!徹底的にマークするぞ!」


ルカと彼女とデートをする男が入園する頃には2人はベンチで新聞を読んでいた。否。読んでいるふりだ。ルカたちが目の前を通り過ぎるのを確認するといイオリとケンはサングラスがずれない程度の小走りで移動する。


「頑張れルカ………」


届かぬ声援を受けたルカからは体育の時のようなふにゃふにゃぶりは見受けられない。本心から笑い、会話を弾ませる。


「いいぞいいぞ!」


着々とアトラクションを楽しんでいくルカたち。歩く2人の間隔がどんどん近くなっていくことに目ざとくイオリが気づく。


「ほら!ほら!手を…そこだ!つないで!つないでけ!サッカー部だろ!つなげよ!」


「ルカはFWだからどっちかと言ったらつないでもらう方じゃないか?」



イオリとケンが普段の会話をできるほどにルカたちは安定していた。心配は急だったのかもしれない。イオリは胸を撫で下ろす。


 しかしそれは油断だった。思わず物陰から出たイオリはルカに話しかけられてしまう。サングラスと帽子でギリギリバレない。


「あの!私たちの写真撮ってもらってもいいですか?」


「はい?…お、おお…いいですぞ」


思わずいつもとは違う口調になりながらもスマートホンを受けとったイオリはオブジェをバックにするルカと相手の男子をフレームにとらえる。


「………もう少しくっついた方がいいのではないかな…⁈」


「え?あ、はい…」


自然と2人をくっつけることに成功したイオリはニヤリと笑い、一歩下がった。オブジェに近すぎたのだ。


「距離感が大事ですからね、一歩引いた方が…はい、チーズ!」



なんとかバレずに写真をと流ことに成功したイオリはダッシュでケンのいる物陰に戻ってきた。


「へんな冷や汗かいたよ!」


「はは、でもよかったな」


「何が?」


「背中押せた感じじゃん?」


ニヤリとケンが笑う。自分の行動が、考えが人のプラスになった。それに気づき自然とイオリにも笑顔が浮かび上がった。



 ルカたちはアトラクションを巡り、昼食を食べ、夕方には手も繋いでいた。背中を押せた喜びと友人の喜びが実現した喜びでイオリは胸がいっぱいだ。


 ルカたちは遊園地のゲートに向かう。手を繋ぐより先まで…なんて期待もしたがそれははやいかもしれない。

 

 ロマンティックな2人の背中をベンチでイオリとケンが見送るとようやくサングラスを外した。


「くぁー!疲れたねえ!」


「だな…イオリは満足か?」


「ルカじゃなくて?」


イオリはキョトンとする。ルカの満足を見張りにきたのだ。どうして自分が満足するのか。


「イオリが1番心配してただろ…でもイオリ………いいやつだな!」


「な、なんだよ藪から棒に………」


突破なことにイオリは体を捻ってケンと顔を合わせた。

そういえば朝からサングラス姿しか見ていない。そう考えるとイオリは不思議な感じがした。



「はは。ケン、サングラスをの跡がついてる!」


 イオリが心配の鎖から放たれたように無邪気に笑う。しかしとうのケンはキョトンとしている。


「どうした?ケン?」


「い、いや…」


不思議なことにケンはイオリから顔を背けてしまう。イオリが椅子から立ち剣の目の前にたった。


「なんで顔背けるんだよ」


心の、どこかいまだかつてない機能が作動したような気持ちだ。イオリを直視できない。サングラスを取ったのが久しぶりだから?


「なんだよケン?どうしたんだよ、今度はお前の心配かよ?おーい…」


イオリはケンの目の前で手を振る。ケンは俯いたまま。しばらくすると不思議と、なんてことないイオリの今日の言葉が胸に響いてきた。


(距離感が大事ですからね、一歩引いた方が)


一歩引いた方がなんだというのだろう。ケンの頭の中はこんがらがった。イオリは不思議そうな顔をする。その顔は今日初めて見た顔だ。


 その顔は一歩引いてから、見た顔なのだろうか。サングラスをかけることが一歩引くことだとして。イオリの優しさを全面に感じた今日、サングラスをとり、これが一歩近づいた距離だというのなら。

この幼馴染の少女がこんなにも美しく見えたことはなかった。



「イオリ………聞いて欲しいことがあるんだけど」


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ステップフレンド キューイ @Yut2201Ag

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