震える指先
麻城すず
震える指先
甘ったるく、しかしツンと鼻につく匂いが室内に充満して、僕は慌てて窓を開けた。
目の前の床に横たわる体はピクリともしない。
白く柔らかい紙切れがその顔を、体を覆い隠しているから、少しくらい動いたとしても分かりはしないけれど。ただ、その紙片の切れ間から、黒く艶やかなものが一筋だけのぞいていて、僕は見入られたようにそれを見つめる。
目は、逸らせなかった。
「隆司?」
扉の向こうで女の声。僕は返事をすることすらためらわれるほどの緊迫感の中、濡れそぼる流れるような黒に手を伸ばした。
だめだ……!
触れる直前、自分の指が酷く震えているのに気付く。
これ以上、僕にはできない。
「隆司、いるんでしょう? 開けて。この部屋に欲しいものがあるの」
その声に引き寄せられるようにフラフラと扉に歩み寄る。
「お願いだよ、助けて」
半泣きになりながら扉を開けた。
そこに見える女の顔が不思議そうな表情から一変、白く変わる。
「なんなの、あれ。まさかあの下にあるのって…」
「ゴ、ゴキ」
「ぎゃーっ! 言うなーっっ! しょ、触覚? あれ触覚ー!?」
姉は止める間もなくバタバタと階段を駆け降り階下へ逃げていく。
僕は、殺虫剤に塗れたブツを始末することがどうしても出来ず、さっさと走り去った姉の後ろ姿をただ恨めしく思って頭を抱えた。
震える指先 麻城すず @suzuasa
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