第2話 市民の務め

 この街に住まう多くの者にとって「労働」とは日々の生活の糧を得る為になさねばならない必要悪だ。それらの活動は誰も積極的に行おうとはしないが、社会に不可欠な分野で、無くすわけにはいかないものだ。AIを利用した次世代型産業技術の導入と共に必要とされる頭数や工数は減ったとはいえそれでも人間はまだまだ必要というわけだ。だから、「労働」はなくならない。でも、それで終わるなんてまっぴらだ。俺は「仕事」がしたかった。しかしそれは言うほど簡単な事ではなく、特に労働以上の価値を見出せる「仕事」で生計を立てるためには一級市民の資格を得なければならないのだ。二級市民は実質上プライバシーが確保されないため、「労働」以外のビジネスを立ち上げようとすれば、一級市民に目を付けられプロジェクトをさんざん覗かれた挙句に潰される。企業秘密もへったくれも無いのだ。

ここにこの街の本質がある。


 いわば二級市民の生活は一級市民の牙を研ぐ為の砥石のようなものだ。

一級市民は二級市民が丸一日かけて得た経験値を、食後の暇つぶしに、或いは就寝前の娯楽として、スナック感覚で「味わう」事が可能だった。それらは全て無償で公開され、一級市民ならばだれでもアクセスが可能なのだ。二級市民でそのような者達と、「対等で公平な競争」が可能だと思うものはほとんどいない。

彼らはありとあらゆる競争においてシード枠にいる。二級市民同士でしのぎを削っても、それすら彼らの「おやつ」になる程度の成果にしかなれないというのがこの街の現状だ。

だから、もし「仕事」をしたければ、老いて手遅れになる前に一級市民を目指すかこの街を出るかしなければならないのだが、今の自分はその為に必要なものを持ち合わせていなかった。関所を超える為の「通行証」を二級市民が得るには通常の「労働」では一年分の給金でも足りないくらいの額が必要になる。一級市民権を得る事は不可能ではないらしいのだが、その方法は二級市民には開示されていない。街から時折姿を消す二級市民の中にはその方法を自力で見つけた猛者がいたのかもしれないが、それらしき痕跡を見つけるには未だ至っていない事から、彼らは「不幸な出来事」に見舞われたのだと言うものも居る。


二級市民の目は一級市民にとって娯楽を提供するカメラでしかない。だが、その暗黙の事実を口にする者はごく少数だ。言えば何か恐ろしい事があると考えているのか、言ったものから消えていくのかはわからない。

ただ、そんな中にあっても「労働」と、一級市民を愉しませる為の「市民の務め」に全ての時間を費やして人生が終わってしまう事の恐怖は、ほんの少しばかりだが、この理不尽な状況と比しても上回るのだった。

(どうにかせねば)


頭の片隅でそんな事を考えながら今日の労働のノルマを果たし家路につく。


家の近くの無人の店でいつもと同じように食料と雑貨をかごに詰める。

今ではレジで精算する店はめっきり見なくなり、この店のような殺風景な商品棚がいくつも並ぶだけの無人の店舗が都市部では大半を占めるようになった。無人の決済システムに使われている生態認証は顔認証システムと脳波認証のハイブリッドで、店の中では動機や発汗、心音等も常にモニタリングされているため万全のセキュリティと言われている。おかげで商品棚から欲しいものを手に取れば、その情報はすぐさま検知され商品の額が口座から引き落とされる。

何を買い、何を食べたのか。それは食べログなど取らなくても公然の事実となり、

私を形作る要素の一つとして、ログに保存される。私が普段どんな食品をどの棚から取るのかが誰かに筒抜けであるという事、その事に気味悪さを感じるのは何も私が神経質なだけが理由では無いだろう。だが、利便性という大義の前ではそのような些事は捨て置かれる。私という個人の諸々のデータベースにアクセス権の有る者達に悪意のある者が居ない保証は無いが、今生きているという事は未だ直接的に消される対象には至っていないという事ではあるのだろう。

 

 二級市民の「生きる」という行為が、ビッグデータとなり、その連なりが我々に想像もつかないほどの額の金を我々の頭の上で動かしていたのだとしても、「市民の務め」は俺には苦行でしかなかった。


自宅に帰りつくとまず鍵がきちんとかかっているかドアノブを引っ張って確かめる。外出時と何か変わった点は無いか家の周辺や窓に入念に目を配ると、息を大きく吸い込み意を決して自室のドアを開いた。




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創痕剣士と使役の魔女 @SioNovel

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