創痕剣士と使役の魔女
@SioNovel
第1話 デュアルソウル
人はいつからか「思惟」という行為を頭脳(特に前頭葉)を使う事であると解釈するようになった。だがそれは厳密には正確とは言えない。人の精神活動の何割かを脳は担ってはいるが、それを以て「思惟」の全てとするのはあまりにも短絡的だ。
私達は成長と共に記憶や経験を糧として、先天的に獲得する意識の有り方とは別に「思惟」「思索」という行為を獲得する。それらによって人は自らの人格を練り上げていくのだが、その過程で切り捨てられたものは何処へ行くのだろうか?大概の場合それらは時と共に無意識化へと押しやられ、上書きされ、消滅する。そうしなければメインの人格の成長がリソース不足に陥り妨げられるからだ。
だが、ごくたまに愚かな人間が現れる。そういった「不要物」を主要領域から完全に切り離せず、未使用領域にため込み続けるような人間、つまり「私達」のような者が。
それはもはや生き方における「癖」のようなものであり、「治療」は不可能に近い。とはいえ、その在り方はごく一般的な思考をする多数派から見れば単なる社会不適合者であり、非常に不可解なものであるに違いない。
普段私達は生活に支障をきたす事が無いよう自らの内に部屋を構築し、棲み分けている。だが、ふとしたきっかけでその垣根が崩れ、新たな自分に「遭遇」する事もある。その出会いが幸運なものであれば良いが、不幸な出会いによって破滅した者も居る。「私達」はどうだろうか?
~起床時間だ~
目が覚める。
何か夢を見ていた気がする。
しかし、何を見ていたかははっきりと思い出せない。
今日は■■の日だ。
身支度を整え、ゴミ出しを済ませ、洗濯物をセットし。■■へと出かける。
今の生活に不安が無いと言えば嘘だ。だが、明日の事は誰にも分らない。だから、俺は努めて今の事しか考えないようにしている。今日一日のノルマを果たし無事に帰宅するまで、気が抜けない。「余計な事は何も考えるな」それが、俺がこの世界から教えられた唯一の教訓だった。
(確か明日はソシャゲのアップデートの日だったな。帰ったらゲームでもするか)
独り言が他人の目を引くのであれば黙考すればいい。しかし、雑念を絶とうとしても、完全に雑念を排除する事は難しい。つい明日の事などを考えてしまったが、それも自分にとってはデメリットしかない。この社会で自我を開放すれば、各所に設置された個人認証用の脳波スキャンによって検知される。まるで口の中にさらに口があるかのような気分だ。その第二の口を意を決して閉ざしなおすといつものように改札で脳をスキャンされながら通過し、プラットフォームへと降り立つ。昨夜見た啓発番組に出ていた脳科学の権威によれば人間の脳波には個体ごとに固有の波長が存在するため、生態認証としては最適なのだそうだが、いかに強固なセキュリティと利便性を確保するためとはいえ、脳内を覗き見られるというのはお世辞にも心地よいとは言えない。しかし、脳波認証は今や世界の隅々にまで浸透し、それを通じて発行される電子貨幣での決済でしかこの社会では生きていけない以上、今の俺にできる事は何も無い。ただ思考を停止し、彼らが定めた「仮初の生産性」を向上させるための歯車になりきるしかないのだ。
だから「俺」は、現実世界には何も期待しない。
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