猫の王子様の大変身

 ピンチの場面で、さっそうと現れた女の子。その様子は、まるでアニメの戦うヒロインみたいでカッコよかったんだけど、まだ子供なんだもの。最初は呆気にとられてた前田さん達だったけど、ハッと我に返って、鋭い目でにらみ付けた。

「何だお前、どこから入って来た? 仲間をいきなりガツンとは、とんでもないガキ……」

「うるさーい! 悪者に情けは無用だって、テレビで言ってたもん! アミちゃんやマフィンくんをいじめるような人達には、お仕置きしてやるんだから!」

 言葉をさえぎりながら、フライパンを振りかざす女の子。その態度がしゃくにさわったのか、前田さんは「チッ」と舌打ちして、幸田さんに目を向ける。

「次から次へと、邪魔ばかり入ってくる。おい、先にそいつを何とかしろ」

「了解。おい、大人しくしやがれ!」

 女の子を捕まえようと手を伸ばした幸田さん。だけど……。

「ありゃ⁉」

 間の抜けた声と一緒に、伸ばした手が空を切る。服をつかもうとしたその瞬間、女の子が後ろにとんだんだ。そして幸田さんが呆気にとられて瞬きをしている間に、今度はフライパンを振りかざしながら、ジャンプしていた。

「ええーい!」

 脳天めがけて振り下ろされたフライパンは、『カーン!』という気持ちいいくらいの高い音を出して、叩かれた幸田さんはフラフラとよろめく。あわわ、今のすっごく痛そう。

 同じく様子を見ていた前田さんも、ポカンと口を開けちゃってる。

「こ、こいつ。なんて凶暴な女だ。幸田、さっさと何とかしろ!」

「は、はい……」

 ええっ、叩かれてフラフラなのに、まだ捕まえさせる気なの? 幸田さんも素直に言うこと聞いてるし、こんな風に無理に仕事をさせるのを、ブラック企業って言うのかな?

 だけど、そう簡単につかまる女の子じゃなかった。幸田さんは「もう容赦しない」なんて言って拳を振り上げたけど、女の子は繰り出されるパンチを、ヒョイヒョイとかわしていく。

 あわわ、凄い! この子メチャクチャすばしっこいよ! なんだか最初に、マフィンが戦った時を思い出すなあ。あの時もこんな感じで、頭に生えた耳を揺らしながら、攻撃を次々と避けていって……ん、頭に耳? ああーっ⁉

 どうして今まで気づかなかったかなあ? 戦っている女の子の頭には、人間に変身した時のマフィンと同じように、ふさふさとした動物の耳が可愛く揺れていた。ただそれは、マフィンのような茶色い猫の耳じゃない。白くてふんわりしたあの耳は、ワンコの耳だよ!

 だけど、驚いている場合じゃなかった。攻撃をかわしていく女の子だったけど、目の前の幸田さんに気を取られていて、前田さんの事を忘れていたみたい。

「こらぁ、大人しくしないか!」

「キャウン⁉」

 いつの間にか女の子の背後に回っていた前田さんが、両手で羽交い絞めにする。

 いけない。あの子がいくら素早くても、つかまっちゃったら身動きが取れないよ!

「手間をかけさせてくれる。幸田、やってしまえ!」

「へい! このガキ、さっきはよくもやってくれたな!」

 指をポキポキって鳴らしながら、女の子の前に立つ幸田さん。マズイマズイマズイ! このままじゃやられちゃう、早く助けなきゃ!

 だけど私がかけ出すよりも早く、腕の中にいたマフィンが大声で叫んだ。

『いけない、今すぐ変身を解くんだ!』

 え、変身? マフィンの言葉に、私は思わず足を止めたけど、幸田さんは待ってはくれなかった。相手は女の子だって言うのに、容赦なく顔に狙いを定めて、腕を振り上げる。

「このガキが!」

 やられる! けどパンチが当たる直前、カランと音を立ててフライパンが床に落ちたかと思うと、女の子の姿は煙みたいに、ふっと消えちゃった。

「へ?」

「は?」

「ぐおっ⁉」

 間の抜けたような声を出したのは、私と幸田さん。そして最後に聞こえたのは、前田さんの悲鳴。女の子は消えちゃったけど、幸田さんのパンチは勢いを止められなくて、すぐ前にいた前田さんの顔面を直撃していた。

 あーあ、仲間を殴っちゃったよ……なんて言っている場合じゃないか。それよりあの子、どこに消えちゃったの⁉

 だけど視線を下げて、すぐに気づいた。幸田さんと前田さんの足元。さっきまで女の子がいたその場所に、小さく身をかがめているあの子は。

「パ、パフェ⁉」

 フワフワとした白い毛並みに、可愛いつぶらな瞳、見間違えるはずがない。そこにいたのは私達が捕まった時に逃がしたはずの、パフェに他ならなかった。でも、どうしてここに? 

 すると混乱する私の腕の中。マフィンがもう一度、パフェに向かって叫んだ。

『パフェ、鈴をこっちへ!』

『分かった。それっ!』

 早口で喋ったと思ったら、パフェが頭を大きく振って、くわえていた何かを投げてきた。

 弧を描いて飛んでくるそれが、小窓から落としたと聞かされていたあの鈴だって気づいた時、腕の中からマフィンが抜け出した。

『ナイス、パフェ!』

 飛んできた鈴を、とび上がって空中でキャッチ。その瞬間、マフィンの身体が光に包まれて、思わず目を閉じちゃう。

 だけどそれはほんの一瞬で、目を開けるとそこに子猫の姿は無かった。代わりにあったのは、顔に痣を作った人間の男の子の姿になった、マフィンだった。

「マフィン……」

 久しぶりに見た、人間の姿をしたマフィン。といっても、最後に見てからまだ数時間しか経ってないんだけどね。だけど私にはそれが、とても懐かしく思えた。

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