暴れて逃がして戦って

 刑事ドラマでは、犯人と警察が銃撃戦になる事も珍しくないけど、アレはドラマだからできる事。だってもしも今そんな事をしたら、私達に当たっちゃうかもしれないもの。お巡りさんは前田さん達と一定の距離を保ちながら、彼らに語り掛ける。

「動くなよ。頭の上に手を置いて、子供達を解放しろ」

 叫んだのは、うちのパパより少し年上っぽい、四十歳くらいのお巡りさん。すると今まで強気な態度だった幸田さんや前田さんは顔色を変えて、吉井さんも弱気な声を出した。

「ま、前田さん。どうしましょう?」

「バカ、こっちには人質がいるってことを忘れるな。おいお前ら、そこをどけ。コイツらがどうなっても良いのか!」

 私と晴ちゃんを盾に、どうにか切り抜けようとしている前田さん。大きな手を肩に伸ばしてきたけど、そうはいかないんだから。ええいっ!

「うわっ⁉」

 手が 触れようとした瞬間、思いっきり体当たりを食らわせてやった。まさか反撃してくるとは思っていなかったのか、私と前田さんは重なるように、地面に倒れこむ。

 ど、どうだー! 子供だって、これくらいできるんだから!

「痛っ! お前、何を。早くそこをどけ!」

「ヤダ、絶対にどかない! 晴ちゃん、早く逃げて!」

 さっき言った事、覚えているよね。チャンスがあったら、一人でもいいから逃げるって。今がその時だよ!

「——ッ! お姉ちゃん、ゴメン!」

 今にも泣き出しそうな顔の晴ちゃんだったけど、約束はちゃんと覚えていたみたい。ギュッと手をグーに握りしめて、背を向けて走って行く。

 もちろんこれには、犯人達は大慌て。咄嗟の出来事に吉井さんは動けなかったみたいだけど、幸田さんは違った。すぐに逃げ出した晴ちゃんを追いかけようと、地面をかける。だけど次の瞬間、小さな影が宙を舞った。

『させるか!』

 影の正体はマフィン。晴ちゃんを追おうとする幸田さんに向かって飛んだかと思うと、鋭い爪を振りかざして、顔面を引っ掻いた。

「うわっ! コイツ、さっきの猫か⁉ この野郎!」

『ー痛っ!』

 マフィン⁉

 飛びかかって行ったマフィンだったけど、容赦なく振るわれた拳が、小さな体を襲った。

 自分より何倍も大きな相手に殴られたマフィンは、勢いよく地面に叩きつけられる。な、何て事してくれるの⁉

 倒れたマフィンを見て、思わず血の気が引く。だけどマフィンのがんばりは、決してムダじゃなかった。幸田さんを足止めしているすきに、逃げ出した晴ちゃんの元にお巡りさんがかけ寄って来て、両手で力強く抱き止めてくれた。

「よしよし、もう大丈夫だ。おい、そっちの子も放せ!」

「ヤバイ! ええい、お前ら動くな!」

 キャ! 起き上がった前田さんが叫んだかと思うと、私は地面に押さえつけられ、同時に頬に、冷たくて固い何かを感じた。これは……。

「いいか、動くんじゃないぞ。少しでも近づいたら、コイツの顔に穴が空くからな!」

「————ッ!」

 犯人に飛びかかろうとしていたお巡りさん達が、足を止める。頬に感じる、冷たくて固い感触。それが鋭く尖ったナイフの刃だと気づいた時、全身を震えが襲った。

 ひ、ヒィ――ッ⁉ 怖い怖い怖い! ママや先生に怒られた時とは、怖さの質が全然違う。

 冷たさと恐怖で声を上げることもできなくて、お巡りさんも慌てて動きを止めた。

「やめろ、バカな真似はするんじゃない。もう逃げられない事くらい、分かっているだろう」

「うるさい! お前ら、絶対に近づくんじゃないぞ。幸田、吉井、家の中に戻るんだ。おい、お前もさっさと立て!」

「ええっ! 私も戻らなきゃいけないの⁉」

「当たり前だろう! グズグズするな!」

 痛っ! 腕を引っ張らないでよー!

 逃げ出したいけど、残った人質を簡単に返してくれるはず無いか。ナイフを突きつけられているし、ヘタに動いたらそのまま刺されちゃう。

「い、言う通りにします。逃げたりしないから、ナイフをしまってください」

「いい子だ。大人しくしていたら、乱暴はしない。けどナイフはこのままだ。あのお巡りさん達が、バカなことをしないとも限らないからな」

 前田さんに睨まれて、お巡りさん達は身動きがとれない。私は言われた通り大人しく従って、吉井さんや幸田さん達と一緒に、元いた家に向かって歩かされて行く。

 ああ、せっかく外に出られたのに、もう逆戻りか。あ、そうだマフィンは? さっき幸田さんに殴られた、マフィンは大丈夫なの⁉

 慌てて振り返って地面を見ると、そこにはぐったりと横たわっているマフィンの姿が。

「晴ちゃんマフィ……その猫ちゃんの事をお願……」

「静かにしろ!」

 マフィンのことを頼みたかったけど、腕を引っ張られて、最後まで言えないまま、家の中へと連れ込まれてしまった。

 マフィン、お願いだから無事でいてね!

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