天の助けは突然に
「前田さん、子供が一人逃げ出したって本当なんですか?」
「ああ、まったくやってくれるよ。必要な物と残った人質を連れて、早いとこズラかるんだ」
吉井さんが帰って来るなり、用意していた荷物を、慌しく車に詰め込んで行く誘拐犯たち。
私達は一階に下ろされたけど、マフィンも当たり前のようについて来て、今も足元で彼らの様子をじっと見つめていた。もしかしたら、逃げ出す方法を考えているのかもしれない。
私だってこのまま、彼らの言いなりになったりはしないよ。荷物を運び出す前田さん達の目を盗んで、コッソリ晴ちゃんに話しかけた。
「晴ちゃんよく聞いて。この先もしもチャンスがあったら、どっちか一人でもいい。全力で逃げよう」
「えっ? だけどこれ以上怒らせちゃったら、残ったもう一人が危ないんじゃ。猫井先輩を信じて、大人しくしていた方がいいんじゃないかなあ?」
「いいから、お姉ちゃんの言う事を聞くの」
滅多にやらないお姉ちゃん風を、今だけは吹かせた。だって本当はマフィン、ここにいるんだもん。いくら待っても助けは来ないって、分かっているから。
「私だって本当は、一人で逃げるのなんて嫌だよ。だけど、二人とも捕まってるよりはマシだもの」
「分かった、お姉ちゃんの言う通りにする。チャンスがあったら、ちゃんと逃げるから」
少し迷ったみたいだったけど、頷いてくれた晴ちゃん。厳しいこと言っちゃって、ごめんね。後は、チャンスがあるかどうかなんだけど。
『……アミ。返事はせずに、ボクの話をよく聞いて』
不意にマフィンが、そんな事を言ってくる。
私は黙ったまま、言われた通りマフィンの方は見ないで、耳だけを傾けた。
『いいかい。ここから出るのを、少しでも遅らせるんだ。やり方は何でも構わない。できるだけ時間をかせいで』
え、でも時間をかせいだって、助けが来るわけでもないよね。けど意味なくこんな事を言っているとは思えないし、何か考えがあるのかも。
「ふう、ようやく荷物を詰め終わったぜ。さあ、次は二人の番だ。さっさと車に乗り込め」
え、もう終わっちゃったの?
片付けを終えて、やって来た吉井さんが背中を押してきたけれど、ダメだってば。理由はわからないけど、時間をかせがなくちゃいけないんだもん。
「あの、その前にちょっと、トイレに行きたいんですけど」
「おいおい、だったらもっと早く言えよ。仕方ねえなあ、すぐに済ませるんだぞ」
素直に言う事を聞いてくれる吉井さん。やった、これで少しは時間を稼げる。と、思ったのも束の間。
「おい止めろ。逃げたアイツが、警察に連絡してるかもしれないんだ。これ以上モタモタしてられるか」
険しい顔をした前田さんが、口をはさんでくる。そんな、トイレくらい行かせてよ。
「本当にすぐすむんです。三分……いえ、一分でいいから」
両手を合わせて、お願いのポーズをとるけど、前田さんはジロリと私をにらんだ。
「怪しい。さてはそうやって逃げるのを遅らせて、警察が来るのを待つつもりだな」
「ギク! ち、違います。大丈夫です、心配しなくても、警察なんて来ませんから」
「なぜそんな事が分かる? 見えすいた時間かせぎは止めろ」
そんな、本当に警察は来ないのに。まあ時間かせぎをしているのは本当だから、半分は正解なんだけどね。どうしよう、もっとお願いしてみようか? だけど余計な事を言ったら、もっと怒らせちゃうかも。そう思うと、怖くて何も言えない。すると……。
「うわ、何だこの猫!」
不意に玄関の方から、幸田さんの慌てた声が聞こえてきた。猫って事は、マフィン?
見るとさっきまで足元にいたはずのマフィンが、いつの間にかいなくなっている。
「どうした、何があった?」
「それが、俺の靴を、猫がくわえて持って行っちまったんですよ」
「バカ、何やってる。もしもその靴を警察に見つけられてみろ。そこから俺達の事がバレるかもしれないんだぞ!」
声を荒立てる前田さん。そういえば靴一つからでも犯人を見つけられる事があるって、前にテレビで言ってたっけ。
幸田さんは裸足で外に飛び出して行って、庭からは『捕まるもんか』と言うマフィンの声が聞こえてくる。マフィンはきっと、私のかわりに時間をかせいでくれているんだ。
「幸田のやつ。猫一匹に、どれだけ時間をかけるつもりだ。俺達は今のうちに、この子達を車に連れて行くぞ」
「了解です。さあお嬢ちゃん達、来るんだ」
ああ、行きたくないなー。だけど逆らうわけにもいかずに、私も晴ちゃんもうながされるまま、家の外に連れていかれる。
夕日がまぶしい。捕まってからそう何時間も経ったわけじゃないのに、何だかずいぶん久しぶりに外に出た気がするよ。ん、まてよ。外に出られたという事は……。
幸い私達は、手足を縛られているわけでもない。そばには吉井さんと前田さんがいて、少し離れた所で幸田さんがマフィンを追いかけているけど、上手くやれば逃げられるかも?
「ほら、さっさと歩け」
庭先に止まっている、青い車まで向かう中、隣を歩く晴ちゃんをコッソリ肘でつついてみる。晴ちゃん晴ちゃん、逃げるなら今だよ。
不安そうな顔で、こっちを見てくる晴ちゃん。どうやら言いたいことは伝わったみたいだけど、きっとチャンスは一度きり、失敗は許されない。
晴ちゃんの手を取って、駆け出そうと足に力を込めたその時……。
ヴゥーヴゥーヴゥー!
突然、耳を突くようなサイレンの音が聞こえてきた。これは⁉
「これ、パトカーのサイレンだよね! きっと、猫井先輩が呼んでくれたんだ!」
パアッと表情を明るくする晴ちゃんだったけど、え、何で? だってマフィンは今まさにそこで、幸田さんと追いかけっこをしてるんだもの。呼べるはずがないよ。
そしてその幸田さんはサイレンの音を聞くと、顔色を変えてこっちにかけ寄ってきた。
「お、おい。これって」
「なんてこった。もう来ちまったのか!」
慌てる三人だったけど、そうしている間にも、サイレンの音はどんどん近くなってきて、ついに家の敷地の中に、二台のパトカーが入ってきた。
「動くな、警察だ!」
何だか、ドラマのワンシーンを見ているみたい。制服を着たお巡りさんがパトカーから下りてきて、慌てていた犯人達と対峙する。どうしてここが分かったのかは謎だけど、とにかくこれはチャンス!
お巡りさーん、私達人質にされていまーす。助けてくださーい!
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