脱出作戦大失敗!?

 逃げたりして、大丈夫なの? ビックリして叫びそうになったけど、何とか声を飲み込んで、部屋の外に声が漏れないよう注意しながら、コッソリたずねてみた。

「逃げちゃって平気かなあ? 私達がいなくなったら、残った晴ちゃんが怒られない?」

「確かにそれは心配だけどさ。でもよく聞いて。ボク達は今のところ無事だけど」

「無事って、マフィンは殴られちゃってるけど」

「”割と”無事だけど、これからは分からない。アイツらは顔を見せているし、遠慮無しに名前で呼び合っている。もしも身代金を受け取った後でボクらを解放するつもりなら、これは不用心すぎるよ」

 そっか。後で私達が警察に話したら、自分達の事がバレちゃうもんね。ん、という事は?

「もしかしたら奴らは、ボク達を無事に帰す気なんて無いのかもしれない」

 それって……。

 マフィンが何を言いたいかを理解したとたん、サーッと血の気が引く。確かに相手は、誘拐なんてする人達。これから何をされたって、不思議じゃない。

「ハルを残して行くのは、ボクだっていやだよ。だけど、このままやつらの言いなりになるのも危険だ。誰か一人でもいいから逃げ出して、警察に連絡した方がいいと思う」

「その方がよさそうだね。けどさ、いったいどうやって逃げ出すの?」

 窓には板が打ち付けられているし、部屋のドアには鍵が掛かってるもの。

「そうだね。とりあえずまずは、手を自由にしないとね……えいっ!」

 次の瞬間、マフィンの姿がパッと消えて、手錠がガチャリと床に落ちる。

 驚いたけど、すぐに落ちた手錠の横にちょこんと座る、猫の姿のマフィンに気が付いた。

「そっか。猫にはその手錠は大きすぎるから、外れちゃったんだね」

『そういうこと。次に逃げ道だけど、あそこが使えないかな』

 マフィンが目を向けたのは窓……じゃない。さらにその上にある小窓だ。確かにあそこなら、他の窓と違って板は打ち付けられていないけど、小さすぎない? いや、まてよ。

「ああ、そっか! 私じゃ無理でも、今のマフィンなら通れそうだね」

『その通り。ただこれだと、逃げられるのはボクだけで、アミやハルを置いて行っちゃうことになるけど……』

「気にしなくていいよ。さっき自分で言ったじゃない、誰か一人でも逃げ出した方がいいって。頼りにしてるよ」

『アミ……よし、急ごう。いつまた奴等が戻ってくるか、分からないしね』

 シッポをピンと立てて、力強く宣言するマフィン。姿は猫だけど、とっても頼もしいよ。


 ◇◆◇◆◇◆


「どう、出られそう?」

『うーん、ちょっと待って。もう少し高く持ち上げられない?』

「まだダメなの? そろそろ腕が疲れてきたんだけど」

 ぷるぷると腕を震わせながら、つい弱音が出る。

 私は現在、窓のふちに足をかけながら、さらにその上にある小窓に向かって、マフィンを抱え上げていた。

 だけどこの体勢、かなりキツいよ。なんでこんな高い所にあるのさー。

『アミ、しっかり。もうちょっと、もうちょっとだから』

「うん。こ、これでどう?」

 窓のふちに足をかけた状態でつま先立ちっていう、不安定な立ち方になっちゃって、足はもうガクガク。お願いだから届いて!

『よし、これなら……あ、届いた!』

 やった、これでようやく逃げ出せるね。だけどホッと息をついたのも束の間、伸ばした腕の先から、気まずそうな声が聞こえてきた。

『マズイな。この窓、思っていたより小さいや。これじゃあ出られない』

「そんな、ここまで頑張ったのに⁉」

 せっかく届いたのに通れないだなんて。どうなっているのか詳しく確かめたかったんだけど、無理な姿勢で腕を上げているもんだから、上を向くのもままならない。

「何とかして抜け出せないの? そうだ、首につけている鈴が、引っ掛かってるんじゃない? 外したらくぐれないかなあ?」

『いや、鈴は関係ないよ。もうお腹の途中までは、外に出ているんだ。だいたい鈴を外して逃げたって、それじゃあ変身できないじゃないか。どうやって助けを呼べばいいのさ?』

 そうでした。猫の姿で助けを呼べるんなら、先に逃がしたパフェだって警察にかけ込んでいるだろうしね。

『もう少しなんだけどなあ。シッポがジャマでくぐれないよ……ん、あれは?』

「どうしたの? って、あわわっ⁉」

 顔を上げようとしたのがいけなかった。やっぱりこの体勢には無理があったんだよ。窓のふちにかけていた足を滑らせて、そのとたん視界が大きくゆらいだ。

 バランスを崩した次の瞬間には、足をふみ外してズシン。尻餅をついちゃった。

 大した高さじゃなかったからケガはなかったけど、とっても痛かったよー!

「あ痛たた……」

『アミ、大丈夫?』

「う、うん、何とか。マフィンの方こそ……何だか平気そうだね」

 高い位置にいたはずのマフィンだったけど、着地に成功したのか平気そう。私は打ち付けたお尻をさすりながらよろよろと立ち上がったけど、その瞬間勢いよくドアが開いた。

 げ、入ってきたのは三人の中で一番怖そうな、幸田さんだよ。

「今のはなんだ。何か重い物が落ちたような音がしたぞ」

「そ、そこまで重くないよ!」

 女の子に向かって重いだなんて、失礼しちゃう。だけど、幸田さんはそんな話なんて聞いていなかった。そう広くない部屋の中を見回すと、顔色を変えて声を荒立てる。

「おい、もう一人のガキはどうした⁉」

「え、ええと、マフィンは……」

 チラリと足元に目を向けると、シッポを立ててフ―ッと相手を威嚇するマフィンがいる。もちろん小さな猫の姿をして。

「ん、なんだこの猫? 犬の次は猫って、うちはペットショップじゃないんだぞ」

「す、すみません」

「まあいい、それよりあのガキだ。おい、アイツは逃げたのか⁉」

 大声を出さなくても聞こえているのに、必要以上に声を荒立てられて、怖い。

 ど、どうしよう。この猫が探している男の子ですって言っても、信じてくれないだろうし。

「マ、マフィンは逃げちゃいました」

「やっぱりそうか! どうやって逃げた!」

「さ、さあ。私、さっきまでお昼寝してて……」

「嘘つけ! お前舐めてるのか!」

「きゃっ!」

 乱暴に突き飛ばされて、もう一度尻餅をつかされる。そんな事言ったって、どうせ本当の事を言っても信じてくれないんでしょ。

 そうしていると階段の方から足音が聞こえてきて、前田さんと晴ちゃんがやってきた。

「おい、金の受け渡しの、場所と時間が決まったぞ。晴ちゃんも、パパが素直に言う事を聞いてくれて良かったなあ。三千万円で君を買ってくれるそうだ」

 嫌そうにしている晴ちゃんの頭を、なれなれしくなでる前田さん。買うって、晴ちゃんは物じゃないでしょ。

 だけどそんな私の気持ちなんて知らない前田さんは、いたって上機嫌。幸田さんの言葉を聞くまでは、ね。

「前田さん、それどころじゃありませんよ。ガキが一人、逃げちまったんです」

「は? おい、どういう事だ⁉」

 あ、初めて顔色が変わった。それまでは穏やかな表情を見せていた前田さんだったけど、さすがに人質が逃げたなんて聞いたら、落ち着いていられないみたい。

 幸田さんから話を聞いているうちに、だんだんと苛立ちをつのらせていく。

「信じられん。窓に板は貼られたままだし、手錠だってどうやって外して……いや、そんな事言ってる場合じゃないか。おい、早いとこズラかるぞ」

「ええっ、でもこれから、金を受け取るんじゃ?」

「バカ、モタモタしている場合か。警察に連絡されたら、俺達は終わりだ。さっさと車を出して、どこでもいいから逃げるんだよ。もちろん、こいつ等も連れてな」

 ゾクリ! 鋭い目でにらまれて、思わず身を縮める。声には出していないけど、まるで友達の責任を取れと言っているような、怒りに満ちた目をしている。

 すると晴ちゃんも怖かったのか、私のそばまでやって来て、ギュッとしがみついてきた。

「猫井先輩、本当に逃げちゃったんですか?」

「う、うん。あ、でも私達の事を、見捨てたわけじゃないから。助けを呼んでくるって言ってたから、安心して」

 前田さん達には聞こえないよう小声で囁いたけど、本当はまだここにいるんだよね。

 私達を守るように、足元から離れようとしないマフィン。今ここで男の子に変身したら、本当は逃げてないって分かってくれるんだろうけど……ん?

「マフィン、鈴はどうしたのさ。さっきまで、付けていたよね?」

 今度は晴ちゃんにも聞こえないよう気をつけながら、かがんで話しかける。

 一度は無くして、一緒になって探した、不思議な魔法の鈴。だけどマフィンの首にリボンで巻かれていたはずのそれは、忽然と姿を消していた。

 おかしい。さっき小窓から出ようとした時は、ちゃんとあったはずなのに。するとマフィンは、とんでもないことを口にした。

『ああ、あれね。実はさっき窓から身を乗り出した時に、下に落としたんだ』

「ええーっ、何それ⁉」

 鈴が無いと、変身できないじゃない! いったい何やってるの⁉

『落ち着いて。色々あって言うのが遅れたけど、実は……』

「おい、さっきから何ごちゃごちゃ喋ってる!」

 何か言いかけたマフィンだったけど、幸田さんの怒鳴り声にかき消された。

「な、何でもありません!」

「いいか、次おかしな真似をしたら、タダじゃおかないからな。くそ、早いとこズラからなきゃいけねーってのに、吉井のやつ、さっさと帰って来いってんだ」

 苛立った様子で、ガンと壁を蹴りあげる。するとそんな幸田さんの目を盗んで、晴ちゃんがコッソリ耳打ちしてきた。

「あの吉井さんって人が車で出ていて、動けないみたい。さっき電話で言ってた」

「そういえば、お弁当を買いに行くよう言われてたっけ。それであんなにおかんむりなんだ」

「もっと時間掛かってくれたらなあ。そしたら、猫井先輩が助けを呼んで来てくれるのに」

 そう言った晴ちゃんだったけど、うう、ゴメンね。マフィン、本当はここにいるんだよ。いくら待ったって、助けなんて来ないんだから。

 いったい次は、どこに連れて行かれちゃうんだろう。晴ちゃんを助けるためにここまで来たのに、これじゃあどうすることもできないよー!

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