猫の王子様と、囚われの私達

ジッとしてなんかいられない

 外から見た時はボロボロだと思っていた家屋は、中に入ってみると案外キレイで、ホコリも落ちていなかった。だからといって、こんな風に招待されたくは無かったけどね。

 板張りの廊下を進んだ先、たぶんお茶の間かな。広い部屋に通されると、そこには幸田さんや吉田さんより年上っぽい、髪が少し白くなった男の人がいた。

「何だそいつらは? 犬がうるさいから、様子を見に行ったんじゃなかったのか?」

「前田さん、それがこいつ等、どうも土方晴の知り合いらしいんですよ。どうやってここを嗅ぎつけたかは知りませんけど、放ってはおけませんよね?」

「何だと? まさか警察には連絡されてないだろうな」

 前田さん、さっき幸田さんが言っていた人だ。報告を聞いて、眉間にシワを寄せているけど、うーん。この人、どこかで見たような……あっ!

「ああっ! この前、晴ちゃんに道を聞いていた人だ!」

 たしか、マフィンが転校してきた日に、晴ちゃんに郵便局の場所を聞いてたんだっけ。もしかしてあの日からずっと、誘拐するチャンスをうかがっていたのかも?

 つい叫んじゃったけど、そしたらみんな話すのを止めて、一斉にこっちを見てくる。

「アミ、不用意に声を出さない」

「うう、ごめんなさい」

 マフィンに肘でつつかれながら怒られる。

 前田さんはじっと私を見てきたけど、納得したように「ああ」って声をもらした。

「そうか、お前あの時、兄貴と一緒にいた子か。なるほど、あの子を探して、こんな所まで来たというわけか。友達思いで偉いねえ」

 優しい口調でそう言われて、頭を撫でられたけど、全っ然嬉しくない。伸ばされた手が怖くて、思わず身をすくめちゃう。

「あれから中々、チャンスが無くてねえ。しかもやっとさらえたと思ったら、君みたいな子がかぎつけて来るとはね。悪いけどここを知られた以上、帰すわけにはいかないよ」

 うう、やっぱりそうなっちゃうよね。

「どうしてここがわかったのかは気になるが、それよりも先にやらなきゃいけないことがある。おい幸田……」

 そう言って、ボソボソと幸田さんに何か指示を出す。何を話しているのかはわからないけど、きっとろくな話じゃないんだろうなあ。

「とりあえずこの二人は、あの子のいる部屋にお連れしろ。吉井は、この子達の分の弁当を買ってこい。人質が増えるとは思わなかったからな。今ある食料だけじゃ足りそうにない」

「わかりました。お前ら、さっさと歩け」

 言われるがまま、幸田さんに連れられて、二階にある部屋へと連れて行かれる私達。

 話している感じだと、あの前田さんって人がリーダーっぽいかな。お弁当を用意してくれるなんて、案外いい人……ってそんなわけないか。

 これからどうなっちゃうのか分からずに、胸の中が不安でいっぱいになる。ただひとつ良かったのが……。

「晴ちゃん!」

 通された部屋にいたのは、ずっと探していた晴ちゃん。やっと、やっと会えた。

 ガランとした畳張りの和室の隅で、体育座りをしていた晴ちゃんだったけど、私達を見るなり顔を上げてかけ寄ってきた。

「亜美お姉ちゃん! どうしてここに? それに、猫井先輩まで」

「ええと、それは……」

 いったい何て説明したらいいか。すると困っている私に代わって、マフィンが口を開いた。

「訳あって、スイの代わりにパフェの散歩をしていたんた。だけどパフェってば突然コースを外れて、ここまで案内してくれたんだよ」

 そうそれ! かなり無理のある言い訳だったけど、晴ちゃんは納得してくれたみたいで、だけど同時に、ケガをしているマフィンを見て表情を強張らせる。

「猫井先輩、ケガしてるの?」

「ちょっとドジふんじゃってね。けど、大したことないから」

 何言ってるの、ドジをふんだのは私じゃない。なのにマフィンは晴ちゃんを不安がらせないように無理して笑顔を作ってて、そんな様子を見ると、胸が痛くなる。

「そういえば、パフェはどうしたの? さっき声が聞こえたもん?」

「ああ、うん。実は、パフェには逃げてもらったの。ちゃんと無事だから、安心して」

 パフェ、今頃どうしているかなあ。家に帰って、警察の人に事情を話せたらいいんだけど、無理だよね。そんなことを思っていると。

「お前ら、再会を喜ぶのは後にしろ。それとボウズ、お前にはコイツをつけさせてもらうぞ」

 そうだ。長々と喋っちゃったけど、幸田さんがいたんだ。

 そんな幸田さんが手にしているのは手錠。見た感じプラスチックっぽいから、オモチャだとは思うけど。マフィンの手を引っ張って後ろに回すと、その手錠をガチャリとかけてくる。

「どうしてボクにだけ、そんな物をつけるかなあ?」

「本当はそっちの、土方のガキに使うつもりだったんだが、お前の方が油断ならないからな」

「なるほど、それはずいぶんと買ってくれているみたいだね。全然嬉しくないけど」

「口の減らねえガキだ。おっとそうだ。土方の嬢ちゃんは、こっちに来てもらうぞ」

 幸田さんはそう言って、晴ちゃんの手を引っ張った。ちょっと、何するの⁉

「晴ちゃんをどこに連れて行く気⁉」

「心配するな、家に電話をするだけだ。お前達はここで、大人しくしてろ」

「そんな。それなら私も、一緒に行くよ!」

 再会した時とは打って変わって、血の気の引いたような晴ちゃんを見ると、一人で行かせられない。だけどそんな私を、マフィンが制した。

「アミ、ここは言うことを聞くんだ」

「そんな、それじゃあ晴ちゃんが……」

「いいから。ハル、怖いかもしれないけど、少しだけ頑張れる?」

 晴ちゃんは一瞬戸惑ったみたいだったけど、すぐにコクコクと頷いた。けど、本当にこれでいいの?

「ようし、いい子だ。お前達は、逃げようなんて考えるんじゃないぞ。まあ、どのみち無理だろうけどな」

 ううっ、たしかに脱出しようにも、マフィンは手錠をかけられてるし、それに見ればこの部屋の窓には、どれも板が貼り付けられていて、逃げるどころか開けることもできないよ。

 幸田さんはガックリと肩を落とす私を満足げに眺めてから、晴ちゃんを連れて、部屋を出て行っちゃった。ご丁寧に、鍵までかけて。

「ねえ、ついて行かなくて、本当に良かったのかなあ?」

「たぶん平気だと思う。あの子はお金を受け取るための、大事な交換材料だからね。大人しくしてたら、危害は加えられないと思う。しばらくは、だけどね」

 それってお金を受け取ったら、どうなるか分からないって事? そんなの全っ然安心できないよ。

「あの人たち、いったい何なんだろうね? 晴ちゃんのことを誘拐して、こんな隠れ家まで持っているなんて」

 隠れ家なんて、簡単に用意できるものなのかな? ひょっとしてバックには、大きな闇の組織みたいなのがあるんじゃ……。

「あいつらの事なら、少しは調べがついてるよ」

「えっ、いったいいつの間に?」

「さっき忍び込んだ時、奴らが話しているのを聞いてね。どうやらあの人達、どこかの不動産会社の社長と社員みたい。売家になっているこの家も、会社で管理しているものらしいよ」

 マフィンってば、私やパフェがドジやってた時に、しっかり情報を集めてくれてたんだ。けど、あれ? 不動産会社って、家を売るのがお仕事だよね。

「そんな人たちがどうして、晴ちゃんを誘拐したの? 副業ってやつ?」

「そんなわけ無いでしょ。どうやら彼らの会社は赤字続きで、経営に困った末にくわだてたのが、ハルを誘拐して身代金を貰おうって計画だったみたい」

「何それ⁉」

 そんな勝手な話無いよ! そりゃあ晴ちゃん達の家はお金持ちだから、子供の為なら大金だってポーンと払ってくれるかもしれないけど、こんな事していいはずがないもん。

「今それを言っても仕方が無いよ。それより、これからどうするかだけど……痛っ!」

 不意に苦痛の表情を見せるマフィン。さっき殴られたケガが痛むんだ。

「大丈夫⁉……じゃないよね。こんなにケガさせられたんだもん」

 マフィンの顔や手には、さっき殴られた痕が痛々しく残っている。

 こんなことするだなんて、酷い。けどそもそも私が騒ぎさえ起こさなければ、見つかることもなかったんだよね。それどころかもしかしたら、今ごろは警察を呼んで事件は解決していたかもしれないのに、全部台無しにしちゃったんだ。

「ごめん……ごめんねっ」

「アミ、もしかして泣いてるの? そんな顔しないでってば!」

 オロオロと慌てるマフィンだったけど、その声を聞いて私は、強く奥歯を噛み締める。

 泣く? ううん、ダメ。泣いたって、何の解決にもならないもの。マフィンはがんばってくれたのに、足を引っ張った上に、これ以上迷惑はかけられない。

 こぼれそうな涙を飲み込んで、ぬれている目元をゴシゴシとぬぐった。

「大丈夫、泣いてなんかいないんだから。もう、平気だよ!」

「本当に平気? アミは強いね、こんな状況なのに、泣こうとしないんだもの」

「大した事じゃないよ。泣くのは恥ずかしいことじゃないけど、今はその時じゃないから、泣かないってだけ」

「それって、十分凄いことだと思うよ。これはボクも負けてられないね。ちょっと、やってみたい事があるんだ」

 そう言うとマフィンは窓に近づいて、何かを調べ始めた。

「何をするつもりなの? ケガしてるんだから、無茶な事はしない方がいいんじゃ」

「いや、これだけは今やらなくちゃ。ここから脱出して、警察を呼んでくるんだ」

 外にいるかもしれない犯人達に聞こえないよう、小さな声で言ってくる。

 って、脱出⁉ ここから逃げ出すの⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る