マフィンの奮闘と私のミス

「このっ、このっ! ええい、なんで当たらないんだ⁉」

 幸田さんは何度も腕を振るっているけど、マフィンは右に左にステップをふみながら、ことごとくかわしていってる。そして、相手にすきができると。

「遅いよ」

「あぶっ⁉」

 これも猫パンチって言うのかな? マフィンの拳が、顔面をとらえた。い、痛そう~。

 幸田さんは殴られた鼻を左手で押さえながら、残った右手を乱暴に振り回しているけど、やっぱり全然当たらない。

「凄い。マフィンってば身長は私と変わらないくらいなのに、あんな大きな大人にも負けてないよ」

『そりゃあ、本当は猫だからね。人間よりもずっと、運動神経が良いんだもの。あんな奴に負けないよ』

「ほえー、猫って凄いや……って、パフェ、 無事だったの⁉」

 さっき幸田さんに振り払われて、地面に叩きつけられてたパフェだったけど、もう回復したのか、いつの間にかすぐ横にちょこんと座っていた。

『とっさに受け身を取ったんだよ。猫だけじゃなく、犬だって反射神経はいいんだから』

「良かった~。そういえばバスケやった時も、マフィンすっごく活躍してたっけ」

 だからケンカもあんなに強いんだね。相手の攻撃を避けて、たまに繰り出される猫パンチ。体格差があるから、なかなかノックアウトすることはできないけど、何度も繰り返しているうちに、幸田さんの方が疲れてきている。

「マフィーン、ガンバレー!」

『マフィンくーん、しっかりねー!』

 最初はどうなるかと心配だったけど、これなら大丈夫そう。余裕な態度で相手をしているマフィンを見ながら、パフェと一緒に応援する。

 だけどこの時、大事なことを忘れちゃってた。私達をおそってきた誘拐犯は二人。マフィンと戦っている幸田さんとは別にもう一人、吉井さんがいることを……。

「そら、捕まえたぞ!」

「キャッ⁉ な、なに⁉」

 マフィン達に目をうばわれていて、接近に気づいていなかった。いつの間にか後ろに回り込んでいた吉井さんに、がっしりと両肩を捕まれて、羽交い締めにされる。

 あわわ、これじゃあ身動きが取れない!

「放して。放してってば!」

『そうだそうだ、アミちゃんを放せー!』

 ジタバタと暴れて、パフェも力いっぱい吠えたけど、聞いてくれるはずがない。それどころか、そのまま地面に押さえつけられて、もがけばもがくほど、余計に痛くなる。

「お嬢ちゃん、そう暴れるなって。おいお前、友達を助けたいなら、大人しくするんだ!」

 勝ち誇ったように声をあげる吉井さん。その声は当然、戦っているマフィンにも届いて、捕まっている私を見ると、目を丸くする。

「アミ⁉ 女の子を人質にするなんて、何を考えてるんだ!」

「悪いなボウズ。これが大人のやり方なんだ。さあ、抵抗したらこの子がどうなるか、分かっているよな?」

「——ッ! 卑怯者」

 奥歯を噛みしめて、悔しそうに顔をしかめる。そんなマフィンに、大きな影が忍び寄った。

「よくも手こずらせてくれたな。このガキが!」

 マズイ、幸田さんだ。今まで散々やられていたせいか、怒りがピークになっていて繰り出された大きな拳は、マフィンのお腹にめり込んだ。

「がっ⁉」

「生意気なガキめ。大人を舐めたらどうなるか、たっぷり思い知れ!」

「うっ! ああっ!」

 マフィン⁉

 さっきとは打って変わって、今度は一方的にやられていくマフィン。頭めがけて、次々と拳が振り下ろされる。それはもう、何度も何度も。

 止めて、止めてよ! だけど声を上げても、幸田さんは聞いてくれないし、吉井さんも放してはくれなかった。

「マフィン! 私のことはいいから、遠慮せずにやっちゃってよ! 本気を出したら、そんな奴に負けないんでしょ⁉」

 そんな叫びもむなしく、抵抗しないまま一方的に殴られ続けるマフィン。私が捕まりさえしなければって後悔しても、時間は戻ってはくれずに、絶望的な状況が続く。

 やがて幸田さんは殴るのを止めたけど、マフィンは力なく、地面に倒れ込んだ。

「マフィン! マフィン大丈夫⁉」

『マフィンくん!』

 名前を呼んでも、返事がない。ま、まさか死んじゃってないよね?

 すると私を押さえていた吉井さんも同じことを思ったのか、恐る恐るたずねてる。

「幸田さん、少しやりすぎたんじゃないですか? そいつ、息しています?」

「安心しろ、くたばっちゃいねーよ。けど、徹底的にやっておかねーと、後で反撃されたんじゃたまんねーからな。何なら、骨の一本でも折っておくか?」

「止めて!」

 横たわるマフィンをふみつけようとする幸田さんだったけど、叫んだ私の方を見て、深いため息をついた。

「まあ俺も鬼じゃないからな。これだけ痛めつけておけば十分だろう。おい、とりあえずコイツもそのガキも、家の中に運ぶぞ」

「まったく、どうやってここをかぎつけて来たんだか。まさか、もう警察に連絡してるんじゃ。どうなんだお嬢ちゃん?」

 残念ながら、まだ連絡できてない。ふるふると首を横に振って、ズボンのポケットの中も見せて、スマホを持っていないことをアピールすると、二人ともホッと息をついた。

「やれやれ助かった。けど、面倒なことに変わりはねえ。前田さんに何て言えばいいか」

 前田さんって誰? 知らない名前が出てきたけど、もしかして他にも仲間がいるのかも。

 だけどそれよりも気になるのは、マフィンのこと。腕を引っ張られて何とか立ち上がったけど、頬は腫れ上がっていて、綺麗な顔が台無し。あちこちから、血も出ている。

 私のせいだ。私が捕まっちゃったから、マフィンはこんなに殴られたんだ。

「ほら、お前も立つんだ」

 促されるまま立ったけど、泣きたい気持ちでいっぱいになっていく。そんな私の傍らにいるパフェも、オロオロしていてどうしたらいいか分からない様子……あ、そうだパフェ!

「パフェ走って! 早くここから逃げるんだよ!」

『ええっ⁉ けど、アタシだけ逃げるわけには……』

「残ったって、どうせこの人達には勝てないもん! いいから早く逃げて!」

 私やマフィンは逃げられそうにないけど、せめてパフェだけでも。

 男達は、突然叫び出した私にビックリしていたけど、そこですきができた。パフェはやっぱり少し迷ったみたいだったけど、意を決したように力いっぱいかけて行く。

『アミちゃん、マフィンくん、ゴメン! 必ず、助けに来るからね!』

 決して振り返らないで、颯爽と走って行くパフェ。うん、これでいいんだ。

 すると、殴られて黙っていたマフィンが、弱々しく口を開いた。

「ア……アミ」

「マフィン、喋れるの? ケガは大丈夫⁉」

「何とか……。それより、よくやったね。パフェだけでも、逃がさないとね」

 マフィン、こんなにボロボロなのに、まるでお手柄だとでも言いたげに、無理やり笑顔を作りながらほめてくる。一方幸田さん達は。

「どうします? あの犬逃げちゃいましたけど」

「犬なんてほっとけ。それよりもコイツ等、さっさと連れて行くぞ」

「了解。お嬢ちゃん、大人しく言う事を聞いてくれりゃ、乱暴しないからな」

 私を押さえつけたり、マフィンを殴ったりしておいてよく言うよ。だけど逆らえるはずもなく、マフィン共々歩かされる。

「マフィン、どうしよう?」

「今は大人しく、言うことを聞くんだ。心配しなくても君と、それからハルも、ボクが必ず家に帰すから」

 前向きな言葉をかけてくるマフィン。だけど殴られてできた傷が、とても痛々しい。

 胸の奥が、ズキズキと傷む。晴ちゃんを助けに来たのに、マフィンの足を引っ張って。私はいったい、何をやっているんだろう?

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