誘拐犯との遭遇

 かすかに、だけど確かに聞こえた、晴ちゃんの声。本当に、ここにいたんだ。その事がとても嬉しくて、思わずパフェと顔を見合わせる。

「今の、晴ちゃんの声だったよね」

『うん、間違いないよ。ハルちゃーん、どこー?』

 もう一度声を上げると、やっぱりそれに応えて、晴ちゃんの声が返って来る。

「パフェ、パフェだね! お願い助けて!」

 声がしたのは上の方。二階の窓を見上げても、晴ちゃんの姿は見えなかったけど、中にいるのは間違いない。これならもう、お巡りさんを呼んでもいいんじゃないかな。

『アミちゃんは交番に行って。アタシはここに残って、マフィンくんを待ってるから』

「分かった。マフィンくんと晴ちゃんのことはお願いね。私も、急いでおまわりさんを呼んでくるから」

 交番は確か、ここに来る途中で見かけたっけ。少し離れてるけど、一分でも早く呼んでこなくっちゃ。だけど、自転車を取りに行こうとしたその時。

「おいお前、そこで何をしている!」

 突然響いた野太い声に、思わず足を止める。家の角から姿を現したのは、怖い感じの、背の高い男の人だった。いったい誰? まさか……。

『ああっ。あの人、晴ちゃんを誘拐した人だ!』

 ええっ、やっぱり! すっごく怖い顔してるし、そうじゃないかって思ったよ。み、見つかっちゃったー!

 マズイマズイマズイ。ご、誤魔化さないと。

「お前さっき、何を呼んでくるって言った! それに、土方のガキの名前も言っていたな。アイツの知り合いか!」

 あわわ、大事な事聞かれてたー! 晴ちゃんを探しにきたって、もう完全にバレてるよ!

 そして悪い事はさらに続く。慌てていたら、彼の後ろからもう一人、男の人が姿を現した。

「幸田さん、いったい何の騒ぎ……あれ、なんでこんな所にガキが?」

「吉井か。犬の声がやけにうるせえし、捕まえてるあのガキもやたら叫ぶんで、来てみたらコイツがいたんだ。」

 へ?………ああーっ、しまった! 

 そうだよ、パフェが何を言ってるかは分からなくても、あれだけ騒いだら何かあるって思うよね! パフェー、大丈夫って言ってたのは、何だったのー?

『……てへっ』

 コラー、可愛く小首を傾げてる場合じゃないからー! ううっ、今だけはその可愛さが憎らしいよ。気づかなかった私も悪いんだけどね。けど、後悔している場合じゃない。

「幸田さん、コイツいったいどうします?」

「このまま返すわけにもいかねーだろ。おいお嬢ちゃん。悪いが一緒に来てもらおうか」

 最初の男……幸田さんって呼ばれた人が、ずかずかとこっちに向かって歩いて来て、反対に私は、少しずつ後ずさる。捕まったら、何をされるか分からない。逃げなきゃ!

 怖い気持ちを我慢しながら、彼らに背を向けて走り出そうと……したんだけど。

「待てコラ!」

「いやぁ、放してぇ!」

 かけっこには自信があったのに、やっぱり大人と子供じゃ差がありすぎた。震える足で逃げようとしたけど、すぐに追いつかれて。力任せに右手を引っ張られた。

『アミちゃん⁉ コラー、アミちゃんから離れろー!』

 私が捕まったのを見て、勇敢にも男に飛び掛かっていくパフェ。ああ、けどダメ!

「うわっ、何だこの犬は。ええい、ジャマだ!」

『キャウンッ!』

 案の定、勝負にならなかった。せめてパフェがドーベルマンくらいの大型犬ならどうにかなったかもしれないけど、パピヨン犬に勝ってって言うのは無茶だよね。力任せに振り払われて、地面へと叩きつけられちゃう。

「パフェ⁉ 酷い、なんてことするの!」

「飛び掛かってきたのが悪いんだろ。まあお前が言う事さえ聞いてくれりゃ、あの犬っころには手は出さねーよ」

「お嬢ちゃん、悪い事は言わねえ。大人しくしてさえくれれば、後で家に帰してやるから」

 二番目に来た男の人……確か、吉井さんだっけ。彼が落ち着かせるみたいにそんな事を言ってきたけど、とても信じられない。

 ど、どうしよう。せっかく晴ちゃんを見つけたのに、これじゃあ助けも呼べないよ。

 怖くて、思わず目をつむったその時。

「二人とも、何やってるのさ」

 あ、この声は! 閉じていた目をゆっくり開けると、吉井さんの後ろに、頭に猫耳を生やした男の子、マフィンが立っている。人間の姿になっていて、ジトッとした目をこっちに向けるマフィン。一方吉井さんと幸田さんは、ため息をついた。

「何だ、他にも仲間がいたのか。吉井、そっちは任せた」

「はいはい。ほら、外人の坊主、大人しくしててくれよ」

 面倒そうに手を伸ばす吉井さんを見て、血の気が引いた。

 マズイよ。ここでマフィンまで捕まっちゃったら、本当に助けを呼べなくなっちゃう。お願いだから、早く逃げて!

 だけど肩に手が触れようとした瞬間、マフィンの体がスッと後ろに下がった。

「ありゃ?」

「……さっきおじさんが言った事に、訂正があるから。僕は外人じゃなくて、ハーフって設定なんだけどなあ」

 吉井さんの手が空を切ったかと思うと、そんなどうでもいい事を言って。そして次の瞬間、マフィンが素早く動いた。

「んぐっ⁉」

 突然上がった、短い悲鳴。よく見るとマフィンのにぎり拳が、吉井さんのお腹にめり込んでいた。いったいいつ殴ったの? 全然分からなかった!

「ううっ……お、お前」

「本当は暴力なんて嫌いなんだけど、そうも言ってられないからね。先に乱暴しようとしたのはおじさん達なんだから、文句ないよね」

 今度は軽やかなステップで横に跳びながら、同時に相手の足を払って。バランスを崩した吉井さんは、尻もちをついた。

「痛ってー!」

「おい、ガキ相手に何やってんだ。ボウズ、大人しくしやがれ!」

 仲間がやられるのを見て痺れを切らした幸田さんが、私をつかんでいた手を放してマフィンに詰め寄っていく。解放されたのはよかったけど、怒らせちゃって大丈夫? その幸田さんって人、吉井さんよりも強そうだよ。

「マ、マフィン逃げて!」

「ヤダ。まったく、大人しくしてって言ったのに、こんな騒ぎを起こして。これでも怒ってるんだからね」

「そんなこと言ってる場合⁉」

 ハラハラしている私とは違って、マフィンはいたって冷静。一方幸田さんは、のん気に話しているマフィンに苛立ったのか、顔を真っ赤にしている。

「ガキだからって容赦しねえぞ、悪りいが、痛い目を見てもらう!」

 振り上げられた拳が、マフィンめがけて飛んでいく。だけど顔に当たろうとした瞬間、マフィンはさっと頭を横に動かして、パンチをかわした。

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