いざ隣町へ

 土方くんにはいつもの散歩コースを歩くって言ったけど、嘘ついちゃったなあ。けどその代わり、晴ちゃんは絶対に見つけてくるからね。

 マフィンとパフェを自転車のカゴに乗せて、隣町までやってきて。賑やかな町を抜けた後は、田んぼや畑が広がる田舎道に入って行く。寂しい景色になってきたけれど、晴ちゃんはこの辺りにいるのかなあ? 

『最後に車の目撃情報があったのはこの辺だ。パフェ、出番だよ』

 マフィンがカゴからぴょんと飛び出して、パフェもそれに続く。

「どう? 晴ちゃんの匂いはするかな?」

『アミ、それはいくらなんでも無茶だよ。いくら犬の嗅覚がすぐれていると言っても、魔法でも使わない限り、ここから匂いをかぎ取るなんてできないよ』

「ええっ、それじゃあ何のためにここまで来たの⁉」

 そんな。嘘までついて、パフェを連れ出してきたっていうのに。だけどマフィンは、いたって冷静な様子。

『まあ落ち着いて。魔法でも使わない限りって言ったでしょ。だったら、魔法を使えばいいんだよ。パフェ、これを』

 するとマフィンの首にリボンで巻かれていた鈴がふっと浮いて、足元に転がった。

 え、今何をやったの? 見てたけど、全然わからなかった。どういう原理なんだろう?

『アミ、鈴をパフェにつけてあげて』

「いいけど、つけたらどうなるの?」

『この鈴には人間に変身する以外にも、できることがたくさんあるんだよ。そのうちの一つが、身につけた者をパワーアップさせる魔法。鈴を付けたら、パフェの嗅覚は普段の数倍になるんだ。そうすれば、ハルの匂いだって嗅ぎとれるよ』

「本当⁉」

 不思議な鈴だって思ってたけど、そんなこともできるんだ。それにマフィンだけじゃなくパフェも使えるだなんて、ビックリだよ。

『この鈴は、猫の王族が使うための物ではあるけど、王族以外の猫や犬だって使うことができるんだよ。ボクみたいに大きな魔法は使えないけど、嗅覚をするどくさせるくらいなら、十分可能なんだ』

 大きな魔法って、例えば人間に変身するとかかな? とにかく、パフェの鼻をパワーアップさせることができるんだね。魔法の鈴、便利すぎ。

「こんなにすごい鈴なら、魔法の力で晴ちゃんを助けられたりしない?」

『いくらなんでもそれは無理。魔法って言っても、できる事に限度はあるんだ。けど、パフェが困っているんだもの、出来る事は全部やらなくちゃね』

『マフィンくん……ありがとう!』

 感激したように、マフィンに頭をすり付けるパフェ。あんなに必死になって探してたのに、貸すことに何のためらいもない。

 前に、猫は三日で恩を忘れるなんて嘘だって言っていたけど、本当だね。

「それじゃあ鈴をつけるから、じっとしてて……うん、これでよし。パフェ、晴ちゃんの匂い、わかる?」

『くんくん、くんくん……あ、見つけた! こっち、こっちだよ!』

 すごい、本当にわかるんだ。

 マフィンをカゴに乗せて、かけ出したパフェを追って自転車をこいで行く。がんばってね。パフェの鼻だけが、頼りなんだから。


 ◇◆◇◆◇◆


 パフェの案内の元辿り着いたのは、畑の横にぽつんと建つ、木造二階建ての古びた一軒家だった。庭には草がおおい繁っていて、家の前には『売家』って書かれた看板が立ってる。

 どうやら空き家みたいだけど、本当にこんな所にいるのかなあ? あ、でも周りには他に建物も人気も無いし、悪者の隠れ家には丁度いいかも。

『ここ、ここだよ! 中から、ハルちゃんの匂いがする!』

「本当に? 間違いないんだね!」

『どうやら犯人は、この家をアジトに使っているみたいだね。二人とも、あれを見てごらん』

 自転車のカゴから降りたマフィンが目を向けた先。家の庭には、青い車が止まっていた。

『あれって、ハルちゃんを拐っていった車だよ!』

『やっぱりね。その車があるということは、中に犯人がいると見ていいと思う。二人とも、いったん隠れるよ。せっかく居場所が分かったのに、見つかったら大変だ』

 了解! 私も自転車降りて、先行するマフィンを追って、家の裏手に回って行く。

 晴ちゃんはどこにいるのかな? 二階の窓を見上げてみたけど、中の様子は全然分かんなかった。

『二人とも聞いて。家の中からハルの匂いがしてるわけだけど、警察に連絡するのは、ちゃんと姿を確認してからの方がいいと思うんだ。もしかしたら別の場所に連れ出されていて、匂いが残っているだけって可能性もあるからね』

 そっか。晴ちゃんがいないのに警察を呼んでも、イタズラと思われるかもしれないしね。

「けど、どうやって探すの? やっぱり、こっそり忍び込んじゃう?」

『そのつもり。だけどアミ、君は今度こそお留守番。パフェも一緒に、ここで大人しく待ってるんだ』

 え、でもそれじゃあ、マフィン一人で調べに行くってこと? 大丈夫かなあ?

『ワタシも行くよ。ワタシだったら、ハルちゃんの匂いをたどれるんだもん』

『いや、一人の方が見つかりにくいからね。パフェよりもボクの方がすばしっこいから、適任だよ』

 うーん、それもそうか。任せっきりになっちゃうけど、下手に私達が出しゃばって見つかっちゃったら、大変だものね。

 マフィンは何かあった時には変身できるよう鈴を返してもらうと、草をかき分けながら玄関の方へと歩いて行く。だけど途中でふと立ち止まって、こっちを振り返った。

『くれぐれも、大人しくしてるんだよ。自分達も忍び込もうなんて、考えないように』

「分かってるよ。中には誘拐犯がいるかもしれないんだもんね」

『よろしく頼むよ。それじゃあ、行ってくるから』

 そう言って、今度こそ家の中へと入って行って、後には私とパフェが、ポツンと残された。

『マフィンくん、大丈夫かなぁ?』

「きっと上手くやってくれるよ。それに晴ちゃんだって絶対に無事。助けがくるのを、待ってるはずだよ」

『だったらいいけど。晴ちゃん、怖がってないかなあ……あ、そうだ』

 おや、パフェどうしたの? スッと立ち上がったと思ったら、上を向いた。そして。

『ハルちゃーん! いたら返事してー!』

 耳をつくような、大きな声を響かせた。ちょっ、ちょっと。何やってるの⁉

「まずいって。そんな大声で晴ちゃんを呼んだら、犯人にも気づかれちゃうよ!」

 慌てて口を塞ごうとしたけど、何故かパフェは余裕の表情。そして、得意気に言ってくる。

『平気だもん。だってよく考えてみて。ワタシの言っていることは、アミちゃん以外の人間には聞こえないんだよ』

「あ、そういえば」

 私は普通にお話しできるからすっかり忘れてたけど、私以外の人には、ワンワンって言っているようにしか聞こえないんだった。

『だから犯人が聞いても、ハルちゃんを呼んでるって分からない。けどハルちゃんなら声を聞けば、アタシだって気づいてくれると思うの。そうしたらきっと、元気出してくれるよ』

「そうだったんだ。パフェ、頭いいね。よーし、それじゃあどんどん叫んじゃって」

『分かった。ハールーちゃーん! 中にいるのー⁉』

 もう一度。今度はさっきよりも大きな声で、晴ちゃんを呼ぶ。すると。

「パフェ……パフェ、そこにいるの⁉」

 二階の方から、何かが聞こえた。それは注意しないと聞き逃しちゃうくらいの小さい声だったけど、確かに聞き覚えがある。この声は間違いない。晴ちゃんの声だよ!

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