土方くんの思い
パフェを散歩に連れて行きたい。そうお願いしたら、土方くんなら絶対にOKしてくれるはず。って、思ってたんだけど。
「ダメだ!」
私のささやかなお願いは、あっという間に断られた。けど、どうして⁉
「絶対に行っちゃいけない。早く家に帰って、大人しくしてるんだ」
玄関に出てきて対応してくれた土方くんだったけど、いつもとは違う強い口調に、思わず後退りしちゃう。チラッとお庭に目を向けると、パフェ、それに猫の姿をしたマフィンが、心配そうに顔を覗かせている。
そして土方くんは、さっきとは違う悲しげな瞳で、じっと私を見つめてきた。
「お願いだから帰って。外に出ないで、じっとしててよ。一人で出歩くなんて、危ないんだから……」
危ないってそんな。はっ、もしかして私のことが心配だから、行かせてくれないのかも?
あり得ない話じゃない。晴ちゃんは散歩中に誘拐されちゃったんだもの。そんな中同じように、散歩に行きたいなんて言い出したんだから、心配するのも無理ないかも。
「五条……ごめん。訳は言えないけど、今回は諦めて。お願いだから、一人で出歩かないで」
長い付き合いだけど、こんな弱々しい土方くんを見るのは初めて。
ううっ、そこをなんとかってお願いしたいけど、こんな目で見られたら、強くは頼めないや。けど、それじゃあ晴ちゃんを探せないし。どうすれば良いの? どうすれば……。
「なら、一人じゃなければいいのかな」
え、この声は? 慌てて振り返ると、そこにはいつの間にいたのか、人間に変身したマフィンの姿が。でも、パフェを借りてくるまで、待ってる約束だったんだのに。
「なんで猫井が? 五条、これはいったいどういうこと?」
「いや、その。私にも何が何だかさっぱり」
「何言ってるのさ。君がスイの代わりにパフェの散歩に行くって言うから、ボクも行きたいって頼んだんじゃないか。ボクだって、パフェと遊びたいしね」
さらっとそんなことを言ってくるマフィンだけど、いったい何を考えているのか分からない。でもとりあえず、話をあわせた方がいいのかな?
「そ、そうなの! マフィンってば、パフェのことが気に入っちゃったみたいで」
「本当に? そんなこと言って、五条が目当てなんじゃないの? って、今はそんなことどうでもいい。とにかく、ダメなものはダメだから」
ああ、やっぱり土方くんは許可してくれない。そしたらマフィンは不思議そうな顔を作って、首をかしげてみせた。
「どうして? ボクがついているなら平気でしょ。それとも、子供だけで出歩くのが危険なくらい、この辺は物騒な所なの? 引っ越してきたばかりだからよく知らないんだけど、もしかして誘拐犯でも出るとか?」
「「なっ⁉」」
核心を突いた言葉に、私も土方くんも思わず固まる。そんなこと言って、大丈夫なの⁉
「そういえば、妹さんは元気? 兄妹そろって風邪を引いたって聞いたけど、君は思ったより平気そうだね。妹さんの顔も見たいけど、良いかな?」
「そんなの、ダメに決まってるだろ!」
「どうして? 会わせられない理由でもあるの? 納得が行く答えが聞けるまで、ここから動かないから」
「何勝手なことを!」
よっぽど苛立ったのか、土方くんはマユをつり上げながら、マフィンの胸ぐらをつかんできた。わーっ、待って待って!
「二人ともストップ! こんな時に何やってるの!」
「うーん、ボクは別に、ケンカする気なんて無いんだけどね。パフェを散歩に連れて行けたら、それで良いんだけどなあ。あ、うわさをすれば」
もめていると、お庭の方からパフェがひょっこりと顔を出してくる。そして飼い主である土方くんをスルーして、マフィンにすり寄って行っちゃった。
「ほら、この子も行きたいって。何も危ないことをする訳じゃない。ちょっと散歩に行ったら、すぐに帰るよ」
「――っ! 本当に、散歩に行くだけなんだね。間違っても五条を危険な目に、あわせたりしないね?」
「当たり前でしょ。どうしてそんな事をしなくちゃいけないのさ?」
あくまで散歩に行くだけと、とぼけた態度を貫くマフィン。土方くんはやっぱり不満そうだったけど、これ以上もめても仕方がないと思ったのか、ついに折れた。
「……なら、分かった」
「本当? ありがとう、これで散歩に行ける。良かったねアミ」
マフィンは何も知らない風に笑ってるけど、私はドキドキしてるのがバレないようにするので精一杯。それから土方くんは家の中に戻って、散歩用のリードを持ってきてくれた。
「五条、散歩コースはわかるね。猫井、五条のことは頼んだよ。この子は見かけ通り、凄く危なっかしいから、決して目を離さないで」
「うん、それはよーく分かってるよ。何かあっても、ちゃんと守るから」
……なんか今失礼なことを言われた気がするけど、気にしてる場合じゃないか。
強引ではあったけど、何とかパフェを借りられて、土方くんの家を後にした私達。そして角を曲がってところで、マフィンがホッとしたみたいに息をついた。
「ふう、何とかなって良かった」
「良かったじゃないよ。マフィンってばいきなり晴ちゃんのことを話すんだもの。どうしてあんなこと言ったの?」
「あんな風にしつこく聞いたら追求をさけるため、散歩の件を飲んで追い返してくれるかもって思ってね。誘拐の事は、突っ込まれたくないだろうし。案の定、上手くいったよ」
ああ、それであんなことを。意地悪したわけじゃなかったんだね。
「ボクもさ、ちょっとはためらったよ。だけどモタモタしてたら、ハルがどうなるか分からないからね。どうやら警察は、まだ足取りをつかめていないみたいだし。でしょ、パフェ」
『うん。実はさっき、家の中にお巡りさんがいて、犯人からの連絡を待ってたんだけど。ハルちゃんが隣町にいるって事も、まだ知らないみたいだった』
え、そうなの? それなら家の中に乗り込んで、晴ちゃんは隣町にいるって言ってやれば良かったなあ。あ、でもきっと言っても、信じてはくれなかったか。
「お巡りさんが見つけられていないなら、ますます私たちが急がないとだね。さあ、早いとこ隣町に行こう!」
一刻も早く、晴ちゃんを見つけないと。だけどマフィンは私を見て、冷ややかに言ってきた。
「盛り上がってるところ悪いけどさ、ここからはボクとパフェだけで行くから、アミはお留守番してて」
「ええーっ、どうしてー⁉」
「スイと約束したからね。君を危険な目にあわせるわけにはいかないよ」
ううっ、それはそうなんだけど。でも私だって晴ちゃんのことが心配なんだもん。マフィンやパフェががんばるのに、私だけ家でじっとしているなんて。
「アミ、これは遊びじゃないんだ。ハルを探すってことは、誘拐犯と鉢合わせするかもしれないってことなんだから。それがどれだけ危険なことか、分かるでしょ」
「それはそうだけど」
「パフェの話では、相手は大人なんだよ。もしおそわれたりしたら、自分の身を守れる?」
それは……ごめん、たぶん無理。体育は苦手じゃないけど、ケンカが強いわけじゃないもの。相手がどんな人かは分からないけど、大人におそわれたら、絶対に勝てないよ。
「それじゃあ、マフィンはどうなの? もし危ない目にあったら、どうするのさ?」
「ボクは大丈夫。猫の姿になって、探せばいいんだもん。犯人もまさか、猫や犬が探しに来たなんて思わないから、いくらでも誤魔化せるよ」
うーん、たしかに。それじゃあ私がついて行ったら、足を引っ張りかねないよね。仕方がないけど、ここは言う通りにした方がいいのかな。
「分かった。大人しく、家で待ってるよ。その代わり、必ず晴ちゃんを見つけて来てね」
「任せておいてよ」
『アタシ達で、絶対に見つけてくるから』
本当に頼んだよ。今は二人だけが、頼りなんだから。
「そうだ、それとお願いがあるんだけど、自転車貸してくれないかな? 隣町まで行くとなると、足がいるからねえ」
あ、そっか。マフィンもパフェも足は早いけど、隣町までは距離があるもんね。走って行ったら、バテちゃうか。
「いいよ。それじゃあ一度、家に戻ろう」
断る理由なんて無いよ。私にできるのはこれくらいだけど、いくらでも協力するんだから。だから二人とも、晴ちゃんの事は頼んだよ!
……ところが十分後。
「マフィン―、自転車はもう、諦めたほうがよくない?」
「まだだ。次こそは必ず……ああ、もう。自転車ってバランス悪すぎ! 人間はなんて物に乗ってるんだ!」
「無理しないで。隣町までは、私が送って行くからさあ」
「ヤダ! 絶対に乗れるようになるまで止めない!」
そうは言っても、転んだのはこれで何度目かなあ? まさかマフィンが、自転車に乗れなかったなんて。それなのにどうして、自転車を貸してなんて言ったのさ?
「乗れると思ったんだよ。だってアミ、鈴を探してた時は、簡単そうに乗ってたじゃないか」
『でもマフィンくん、意地張らないで送ってもらおうよ。モタモタしてたら、日がくれちゃうよ』
「仕方がない。けど事件が解決したら、もう一度貸して。絶対に、乗れるようになってやるんだから!」
マフィン、目的が変わってるよ。というわけで、猫化したマフィンとパフェをカゴに乗っけて。結局私も、隣町まで行くことになりました。
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