クラス対抗、バスケット対決

 校庭のすみにあるバスケットコートは、異様な熱気に包まれていた。

 土方くんに誘われてやって来たそこには、私達三組の子達も何人かいた。それでマフィンの歓迎もかねて、土方くん達の二組と試合をしようってなったんだけど、その結果。

「土方―、二組の意地見せてやれー!」

「猫井―、新入りだからって、なめられてんじゃねーぞ! 三組の代表なんだから、絶対に負けるなよー!」

 コートの周りには二組と三組の男子が集まって、声援を送っている。ううん、男子だけじゃない。普段はこんな所に来ないような女子までやって来ていて、「土方くーん!」とか、「猫井くん頑張ってー」って叫んでる。で、そんな声を送られている二人はというと。

「スイ、だったよね。さっきからその、フェイントってのやってるけど、初心者相手に手加減しなさすぎじゃないかな?」

「猫井が上手すぎるのが悪いんだろ。本当にバスケは初めて? 手加減したらこっちがやられるんだから、仕方がないじゃないか」

 コートの真ん中くらいで、ドリブルをしている土方くんの前に、マフィンが立ち塞がっている。そのハイレベルの攻防戦に、みんなの目は釘付け。ここまで接戦になるだなんて、誰も思っていなかったよ。

 バスケを知らないと言っていたマフィン。最初はルールを教えるところから始まったんだけど、プレイしてみてすぐに、誰もがその身体能力の高さに驚かされた。

 だってさあ、誰かがパスをするとすぐに反応して、ボールをカットしちゃうんだもの。まるで獲物を狙う獣みたいに、素早く伸ばした手でボールを奪っていく。その動きは、さながら猫のごとし……って、猫なんだけどね。

 最初は様子を見ていた土方くんも、マフィンの素早い動きを見せつけられたせいか、だんだんと本気を出してきて、今はフェイントをしながら、ボールを取られないようにしている。

「土方ー、猫井は初心者なのに、本気出すなんてらしくないぞー」

「バカ野郎、何が初心者だ。何なんだお前らのとこの転校生は? 土方ー、負けたら二組の面目丸つぶれだぞー」

 ギャラリーの声が飛んだけど、土方くんは見向きもせずに、目の前のマフィンに神経を集中させている。だって少しでもすきを見せたら、その瞬間ボールを取られちゃうから。それくらい、マフィンは強かった。けど絶対無敵かっていうと、そうじゃないんだよね。

「土方、そいつボールをうばうのは上手いけど、ドリブルやパスは素人だぞー!」

 そうなんだよねえ。今日初めてバスケをやったマフィンは、ドリブルやパスが苦手なの。最初コートに立った時は、いきなりボールを持ったまま走っちゃって、早々にトラベリングをとられてたっけ。ここら辺は、やっぱり初心者だから、仕方がないね。

 けど、直後にダンクシュートを決めた時は、みんな目を丸くしてたよ。で、そのマフィンが言うには。

「ボクを誰だと思ってるの? 猫の力を甘く見ないでよ。猫が自分の背丈よりも何倍も高い所にジャンプできるって、知ってるでしょ」

 なるほど、納得したよ。それじゃあ本気になったら、校庭から校舎の二階くらいまでジャンプできるって事なのかなあ? 猫の身体能力、恐るべし。

 あ、でもそんなマフィンと、張り合っている土方くんもすごいかも。

「君、いったいどういう身体してるの? まるで猫みたいにすばしっこいけど」

「へえ、勘が良いじゃない。もしもボクが『そうだ』って言ったら、どうする?」

「関係無いね。全力で勝ちに行くだけだから!」

 土方くん、すきをついてマフィンの右……じゃない、右と見せかけて、左を抜いて来た!

 これにはさすがにマフィンも反応できなくて、土方くんの手から放たれたボールは、ゴールに吸い込まれていく。

「そのフェイントって、やっぱりズルくない?」

「何言ってるの、常套手段だよ。さあ、あとシュート一本で逆転だ」

 ニコリともせずに、プレイを再開する土方くん。うーん、どうしよう。マフィンの応援もしたいけど、土方くんにも負けてほしくないし。

「ほら、五条さんももっと、猫井くんを応援しないと」

「う、うん。そうだね」

 一緒に試合を見ていたクラスの女の子に言われて、小さく頷く。確かにクラス対抗戦なんだから、マフィンを応援しなきゃダメだよね。ゴメンね土方くん。

「マフィーン、がんばってー!」

 とりあえず言われた通り声援を送ってみると、マフィンがチラッとこっちを見てくる。だけど一緒に、土方くんも振り返った。

「……絶対に、負けない」

 小さく口元が動いたかと思うと、ますます目が鋭くなっちゃった。こんな風にがんばってる土方くんを見ると、やっぱり応援したくなっちゃう。けどこの状況で相手チームの応援なんてしたら、みんなから何て言われるか。

「いけー、土方くーん!」

「土方くん負けないでー!」

 遠慮無しに応援できる、二組の女子がちょっと羨ましい。決してマフィンに負けてほしいって思ってるわけじゃないけど、土方くんの応援だって、やっぱりしたいもの。

 コートではさっきと同じように、ドリブルをする土方くんの前にマフィンが立っている。

 土方くん、どうするだろう? チームメイトにはマークがついていて、パスできそうにない。無理にしようとしても、そもそもマフィンがパスカット得意だし。だったら、さっきみたいにフェイントで抜いて行く?

 残り時間からいって、たぶんこれが最後の勝負。胸の前でギュッと手をにぎって、二人を見つめた。

「ここは通さないよ」

「負けない。猫井には絶対に!」

 次の瞬間、土方くんがマフィンの横をすり抜け……いや、違う! 

 今度はマフィンもフェイントをけいかいしていたけど、土方くんは更にその裏をかいてきた。バックステップでマフィンをかわすと、そのままシュートの体制に入る。 

「シュート? この距離で⁉」

 てっきりドリブルで抜いてくると思っていたマフィンだったけど、読み違えても仕方がない。だってまだゴールには距離があって、いくら土方くんでも、成功するかどうか。だけどもし決まったら、逆転勝利。手に汗にぎる展開に、思わず心臓がドキドキ鳴っちゃう。

 目の前のことだけに集中して、クラス対抗戦だとか、誰の応援をするべきだとか、考える余裕なんてなくなってくる。だから、だからつい。

「彗くーん、がんばってー!」

 無意識のうちに、気がついたら思いっきり叫んでた。しかも出てきちゃったのは、苗字じゃなくて下の名前というおまけ付き。だけど、ハッとした時にはもう遅い。

 あわわ。いけない、やっちゃった。慌てて口を閉じた時には、周りのみんなから注目を浴びてて、そして土方くんは。

「えっ⁉」

 あ、フォームが崩れた。手から放たれたボールはゴールじゃなくて、明後日の方向に飛んで行って、しかも勢いも弱い。土方くんらしからぬ、切れの無いシュートだった。

 あれー、裏をかこうとして無理をしたから、失敗しちゃったのかなあ?

 当然、シュートは決まるはずもなく、そのまま地面にポトン。そしてちょうどその時、昼休み終了を告げるチャイムがひびいた。

「終ー了ー、勝ったのは三組!」

 審判をしていた男の子が、試合終了を宣言する。

 あー、土方くん残念。惜しかったね、最後のが決まっていたら、逆転できてたのに。

「おい五条」

「は、はい!」

 名前を呼ばれて慌てて振り返ると、声をかけてきたのは、さっきまでマフィンと一緒にプレイしていたクラスの男子。いけない。私、自分のクラスそっちのけで、土方くんの応援をしちゃったよー。やっぱり、怒ってるよね?

「よくやった。ナイスアシスト!」

「へ?」 

 怒るどころか、何故かグッと親指を立ててほめられちゃった。でも、何で?

「あのー、私土方くんの応援をしちゃったんだけど」

「いや、おかげで助かった。あの応援がなかったら、危なかったよ」

「そ、そう?」

 てっきり怒られると思ったんだけどなあ。そして土方くんを見ると、とても悔しそうに、奥歯をかみしめてる。あーあ、せっかくがんばったのに、残念だったねえ。

 負けたけど格好良かったよって、声をかけた方がいいかな。そう思ったその時。

「ア~ミ~」

 はっ! まるで地獄の底から響いてきたみたいな声が!

 恐る恐る声のした方を見ると、そこにはとても恨めしげな目をした、マフィンの姿が。

「アミ、最後のはどういうこと? 同じクラスなのに、どうしてボクの応援じゃないの?」

「ご、ごめん、つい。でも良いじゃない、勝ったんだし。応援してくれた子は、他にもいっぱいいたんだからさ」

「そういう問題じゃないよ。ボクはアミに、応援してほしかったの。もういいよ、アミなんて嫌いだ!」

「ご、ごめんマフィン―」

 両手を合わせて謝ったけど、マフィンはプイとそっぽを向いたまま、きげんを直してくれない。そしてそんな私達を、少し離れた所から、土方くんが見つめていた。

「仲、いいんだな」

 そんな小さな呟きは、ワイワイとさわぐみんなの声にかき消されて。結局バスケは私達にとって、モヤモヤする結果に終わっちゃった。

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