転校してきた理由
「猫井くんって、やっぱりハーフなの?」
「想像にお任せするよ。生粋の日本人じゃないのは、確かかな」
「五条さんとは、どういう関係?」
「ちょっとね。探し物をしていて、手伝ってもらったんだ」
クラスメイトからの質問に、涼しい顔をしながら答えていくマフィン。こんな風にアレコレ聞かれるのは転校生の宿命だけど、嫌がってはいないみたい。
途中私に、「名前呼びなんてなれなれしくない?」って言ってくる女子もいたけど、正体を知ってる身としては、名字で呼ぶ方が違和感あるんだよねえ。
でも困っていたらマフィンが、「ボクは別に構わないよ。ボクだってアミって、名前で呼んでるし」って言ってくれて、この問題はすんなり解決した。ただその後耳元で小さく、「どうせ『マフィン』以外は偽名だしね」って、イタズラっぽく言われちゃった。もしかして、この状況を楽しんでない?
そんなこんなで、マフィンはすっかり注目の的。だけど昼休みに入ってようやく、教室から連れ出すことができた。
学校案内をするなら、一緒に行きたいって言ってくる女子もいたけど、ごめん。二人で話がしたいの。マフィンを連れて、一目散に廊下へ飛び出して行く。
「ねえアミ、こっちには何があるの?」
「五年生の教室だよ」
「じゃあ、あっちにある部屋は?」
「あれは図書室。って、それよりも。いったいどうして、こんな所にいるの⁉」
「どうしてって、アミが連れて来たんじゃないか」
「そうじゃなくて!」
どうしてマフィンが転校してきたのかを、聞いてるんだよ。なのにマフィンは珍しそうにあちこちに目をやりながら、頭の上の耳をぴょこぴょこと動かしている。
「そういえばその耳、誰もさわがなかったけど、もしかしてみんなには見えていないの?」
「アミにしては鋭いね。その通り、この耳は普通の人間には見ることはできないんだ。まあ君の場合、色々と普通じゃないから、見えるんだろうけど」
「普通じゃないって、他にもっと言い方がないかなあ? まあいいや、それよりどうして学校に来たの? 転校生って事になってるけど、どこから転校してきたのさ?」
今までずっと猫やってたのなら、学校に通っていたとは思えないんだけど。
「確かにボクは学校に通ってはいなかったし、人間でもないから戸籍だって無いよ。だけどね、ちょこっと催眠術をかければ、何てことなかった。先生達はすっかりボクの事を、他県から来た転校生だって信じてるから」
「催眠術って、そんな事ができるんだ」
「鈴の力を借りたら、だけどね。眠らせたり、言うことを聞かせたりすることはできないけど、ボクが転校生だって暗示をかけるくらいならできるんだ。鈴を手にした猫の王族なら、これくらいならわけないよ」
猫の王族。そういえばマフィン、自分の事を猫の王子様だって言ってたっけ。ついスルーしてたけど、人間に変身できるって知った今なら、とたんに気になっちゃう。
「王族って何なの? マフィンは王子様だから、人間に変身することができるの?」
「王族は王族だよ。猫の世界にも王様がいて、ボクはその一族ってこと。で、王子だから変身できるっていうのは、半分正解。正確には、変身する事のできる魔法の力を持った鈴を管理して、使う事を許されているのが、猫の王族なんだよ。言ってなかったっけ?」
「うん、初耳だから」
気になることはまだたくさんあるけど、マフィンが凄い鈴を管理しているのは分かった。そんな大事な鈴を無くしちゃってたのは、どうかと思うけどね。
「でも、そんな猫の王子様が、どうして転校してきたの?」
「決まってるじゃない。この鈴を見つけてくれた、恩返しをするためだよ。人間は猫の事を、三日で恩を忘れるなんて言うけれど、そんな事無い。受けた恩は、必ず返すよ。でないと、王子の名が泣いちゃうからね」
ほえ、恩返し? そんな事の為に、わざわざ転校してきたの?
「恩返しって、それならもう、木から落ちたのを助けてもらったり、家まで運んでもらったりしてるんだけど。あ、、モフられもしたっけ」
「あんなの、恩返しのうちに入らないよ。アミにはもっとちゃんとした形で、恩を返さないと。それとも、いきなり来て迷惑だった?」
不安そうな顔をするマフィンだったけど、そんなこと無いよ。
「ううん。私も、マフィンにもう一度会いたいって思ってたし。それに人間に変身できる猫なんて、面白いもの。だから、また会えて嬉しい」
「良かった。アミってば、ボクを見るなり顔色を変えちゃうんだもの。来ちゃいけなかったのかなって、心配になったよ」
そんな風に思っていたなんて、全然気付かなかったよ。でも、いきなり転校してくるんだもん。そんなの誰だってビックリするに決まって……。
「五条!」
ん、この声は? 見ると廊下の向こうには、見慣れた男子の姿が。
「あれ、土方くんどうしたの?」
彼は足早にこっちに歩いてきて、チラリとマフィンを見たけど、すぐに私に視線を戻した。
「これから外でバスケをやるんだけど、五条も来る?」
「バスケ? うーん、けど今はマフィン……この子に、学校を案内しなくちゃいけないの」
「ああ、三組に来たっていう、転校生だね。亜美とやけに仲が良いっていう」
あれ、どうやら土方くん、マフィンの事をすでに知っているみたい。格好いいハーフ(と思われてる)の転校生が来たんだから、そりゃ他のクラスでもウワサになっちゃうよね。
だけど私と仲が良いって、そんな事まで伝わっちゃってるの? 間違ってはいないんだけど、何だか恥ずかしいなあ。
「アミ、こちらは?」
「二組の、土方彗くん。パフェの飼い主さんだよ」
「パフェの? ああ、そういえば女の子と男の子の飼い主がいるって、言ってたっけ。彼がそうなのか」
興味が出たのか、土方くんをまじまじと見るマフィン。一方土方くんは、不思議そうな表情をする。
「どうしてパフェの事を? って、どうせ五条に聞いたんだろうけど」
「えっ? ああ、うん。そんなとこだよ」
ごめん、嘘ついちゃった。まさか正体が、パフェと仲良しの猫だなんて言えないしね。
誤魔化していると、マフィンはニコっと笑顔を作って、手を差し出した。
「初めまして。ボクは猫井ニャンダフル=マフィン。アミとは仲良くさせてもらっているよ」
「仲良く、ね。こちらこそよろしく。俺のことは、さっき五条が紹介してくれたから分かるか。五条とは、ずっと仲良くしているよ」
そう言って握手を返した土方くんだったけど、こっちはニコリともしていない。
でもマフィン、誤解しないでね。別に機嫌が悪いわけじゃないから。土方くん、ポーカーフェイスだからねえ。だから分り難いかもしれないけど、きっと心の中では笑ってるよ。
「悪いね、アミを取っちゃって。ところで、さっき言っていた『バスケ』って、いったい何?」
「バスケを知らないの? ボールを投げて、かごに入れるスポーツなんだけど」
「うーん。ああ、そういえば遊んでるのを、見た事があるかな。そうかなるほど、あれって『バスケ』って言うのか」
一人で納得した様子のマフィン。バスケを知らなかったのにはビックリしたけど、猫だからかな。
「バスケを知らないだなんて、変わってるね」
「あはは。きっと海外暮らしが長かったからだよ」
「猫井はどこか、外国に住んでいたの?」
「えーと、たぶんそうだよ。だってハーフなんだもの」
マフィンが余計なことを言わないよう、私が代わりに答えていく。それにしても、バスケをやったことがないかあ。よーし、それなら。
「ねえ土方くん、マフィンも一緒に、バスケやっちゃダメかな?」
「別にダメってことは無いけど。バスケがどんなものかも、よく知らないんだよね? そんなんでちゃんと楽しめる?」
「私がしっかり教えるから。ね、お願い」
せっかく学校に来たんだから、みんなと仲良くなってほしいもん。なら、一緒に遊ぶのが一番だよね。きっと学校案内よりも、面白いよ。
「まあ五条がそう言うなら。猫井もそれでいい?」
「いいよ、何だか面白そうだし。ルールはよく分からないけど、その辺はアミに任せるよ」
「うん、ちゃんと教えるね。ふふふ、何だか土方くんや晴ちゃんと一緒に、パフェにしつけを教えてた時の事を思い出すよ」
三人で協力して、お手とかお座りを教えていたっけ。あの頃はまだ、パフェとお喋りできなかったから、一つ覚えさせるのにも時間がかかったなあ。けど、初めてお手をしてくれた時は嬉しかった。
「猫井を犬扱いするの? さすがに失礼じゃない?」
「あ、ゴメン。そういうわけじゃないけど。とにかく頑張ろうね、マフィン」
「お手柔らかにね」
さあ、そうと決まれば、行こう行こう。マフィンの背中を押しながら、下駄箱へと向かって歩いて行って。土方くんも、すぐ後ろから、私達を追いかけてくる。
「五条のお気に入り、か。これは絶対に負けられないな……」
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