土方キョ―ダイ!

「行ってきまーす」

 元気よくアイサツをして玄関から外に飛び出すと、さっと目を地面へと向ける。さーて、どこかに鈴は落ちていないかなー?

 鈴探しをお願いされたのが昨日。あの後マフィンはどこかへ帰って行って、今日の放課後、また迎えに来ることになってるけど、たぶん自分は昼間だって、休まず探しているんだろうなあ。だったら私だって登下校の時くらいは、注意して見ておかないとね。というわけで、今日はいつもよりスッゴクスッゴク早起きして、鈴を探しながら登校することにしたの。

 時刻はなんと、まだ六時半。目を皿のようにして地面を探しながら、ゆっくり歩いていたんだけど、不意に元気のいい声が、後ろから聞こえてきた。

「おはよう、亜美お姉ちゃん!」

「あ、はるちゃん」

 ブンブンと手をふりながらかけてくるのは、私よりも少し背の低い、サラサラした髪を肩まで伸ばした、ぱっちりした目が特徴の、とっても可愛い女の子。二歳年下で小学四年生の、土方ひじかたはるちゃん。そしてすぐ後ろにはもう一人。

「おはよう、五条」

「土方くん、おはよう」

 晴ちゃんの後からやって来たのは、お兄ちゃんの土方ひじかたすいくん。さらにそのすぐ隣には、白いフリフリのレースのついた可愛い服を着たパフェが、ちょこんとお座りをしている。

 ふふふ、パフェってば朝から可愛い。頭なでちゃえ。

「相変わらずもふもふだねー。お散歩に連れて行ってもらってたの?」

『うん。スイくんとハルちゃんと一緒に歩けて、気持ちよかったー』

 幸せそうな声を出すパフェ。兄妹でお散歩なんて、相変わらず仲が良いなあ。

 あ、でも晴ちゃんは私にとっても、妹みたいなものかも。二人がこっちに引っ越してきてからは、よく一緒に遊んでるし。

『お姉ちゃんお姉ちゃん』って言いながら後をついてきて、可愛いんだよねえ。

「お姉ちゃん、もう登校? ずいぶん早いけど、学校で何かあるの?」

「ああ、うん。ちょっと友達と約束があって」

 嘘つくことになっちゃったけど、ごめんね晴ちゃん。まさか猫に頼まれて鈴を探してるなんて言えないからねえ。ただパフェは、何となく察したみたい。

『アミちゃん、本当はマフィンくんの鈴、探してるんでしょ』

 あ、やっぱりバレた?

 マフィンを紹介してきたのはパフェだもん、分かっちゃうよね。だけどそんなパフェの声も、土方くんと晴ちゃんにはワンワンとしか聞こえていなくて、二人は話を進めてくる。

「遊ぶのはいいけどさ。五条、その足はどうしたの?」

「え。ああ、これ?」

 今日の私の服装は、ひざ上丈のパンツスタイル。少し視線を下げると、むき出しになっているヒザが目に入ってきて、そしてその両ヒザには、絆創膏が貼られていた。

「あはは、ちょっと転んじゃって」

 本当は、違うんだけどね。これは昨日、マフィンを助けるために道路に飛び出した時にできたもの。家に帰ってから血が出ている事に気づいたんだけど、大したケガじゃないよ。

「お姉ちゃん、よくケガするね」

「同感。まさかとは思うけど、また猫を助けようとして道路に飛び出したんじゃないよね」

「ええっ、どうしてわかったの⁉」

 まるでエスパーみたいに、ピンポイントに正解を当ててきた。だけど私以上に、土方くんの方がビックリしたみたい。

「まさか本当に? 冗談で言ったつもりだったんだけど。前にそうやって、救急車で運ばれたのを忘れたの?」

「ゴメーン! だって勝手に体が動いちゃったんだもーん!」

「それを何とかしなきゃって言ってるの。だいたい五条は……」

 ああ、怒らせちゃった。うでを組んで、お説教モードに入っちゃったよ。晴ちゃんも同じく呆れたような顔をしたけど、だけどすぐに気を取り直したように話をさえぎってくる。

「まあ良いじゃない。結局大したことなかったんだから。そう言えばさ、あの事故の後だったよね。お姉ちゃんが動物の声が聞こえるって言い出したのは」

 話を逸らすように言ってくる晴ちゃん。

 事故に遭ってしばらくの間は、突然聞こえるようになった動物の声に驚いて、あちこちで言っていたんだよね。皆は事故のショックで、おかしくなったって思ってたみたいだけど、晴ちゃんはそんな私の話を、楽しそうに聞いてくれたっけ。

「お姉ちゃん元々、野良猫たちを可愛がっていたけど、あれからもっと仲良くなったよね。パフェともよく話してるし」

「う、うん。もう聞こえなくなっちゃったけど、あの時は本当に、パフェたちが喋ってるような気がしてたなー」

 嘘です。本当は今でもばっちり、声が聞こえています。だけどそんな事を言い続けて、変な子だって思われるのも嫌だし、秘密にしておいた方が都合が良いんだよね。

「でも、動物の声が聞こえるかあ。ちょっと面白そうかも。もし話せるようになったら、私もパフェとお喋りしたいもの。彗兄だってそうでしょ?」

「まあね。けど、良い事ばかりとは限らないかもよ。もしかしたらパフェ、ご飯が美味しくないとか、散歩の時間が短すぎるとか、文句を言ってこないとも限らないし」

「げ、それは嫌かも」

 心配そうにパフェを見たけど、本人は慌てながら『そんなこと無いよー』って言ってる。

「大丈夫だよ。パフェはご飯にもお散歩にも満足してるし、二人の事だって大好きだから」

「だといいけど。そういや今日は、夕方も俺が散歩の当番なんだけど、五条も一緒に行く?」

 え、パフェとお散歩? そういえば前はよく一緒にお散歩してたけど、最近はあんまり行ってないなあ。けど。

「行ってきなよ。お姉ちゃんがいてくれた方が、パフェだって喜ぶよ。ふふふ、もちろん彗兄すいにいもね」

「こら、晴」

 ニヤニヤ笑いながら進めてくる晴ちゃんだったけど、今日はマフィンの鈴を探さなくちゃいけないの。

「ごめん、先約があるの。また今度誘ってくれる?」

「ああ、俺はいつでもかまわないよ。おっと、すっかり話し込んじゃったな。晴、急ぐぞ」

「そうだね。じゃあお姉ちゃん、またねー」

『バイバーイ』

 それぞれアイサツをして土方くん達は去っていく。

 一緒にお散歩かあ。やっぱりちょっと惜しいけど、それよりもまずは鈴を探さなくちゃ。さあ、ガンバルぞー。

 再び目を地面に向けながら、学校までの道を、てくてく歩いて行くのでした。

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