可愛い猫の王子様♡

 今日の授業は全部終わって、放課後。

 住宅街の中にある、一際大きな家の角を曲がった先に見えるオレンジ色の屋根のお家が、私の家。パパもママも夜までお仕事だから、用事が無い日は真っ直ぐ帰って、お留守番をするのが日課、なんだけど。どうやら今日は、用事がある日だったみたい。

 玄関のドアを開けようとした矢先、聞きなれた女の子の声が、耳に飛び込んできた。

『アミちゃんアミちゃん、お帰りー』

「あ、パフェ。来てたんだ」

 振り向くと、お庭の方からやって来たのは、ふわふわした毛並みのパピヨン犬の女の子。うちのすぐ裏手にある大きなお家で飼われている子で、パフェって言うの。大きなお家って言うか、土方くんの家なんだけどね。

 私が一年生の頃、引っ越してきた土方くん一家。お父さんが大きな会社の社長さんだけど、土方くんはその事を鼻にかけるでも無くて、私はそんな土方くんやその妹と、すぐに仲良くなっちゃった。

 で、そんな土方くんの家と私の家は、塀一枚を隔てて並んでいるんだけど、その塀には小さな穴が空いていて、パフェはその穴を通って、よくうちに遊びに来ているの。

『アミちゃんアミちゃん』って言いながらやって来るパフェは可愛くて、よくモフらせてもらっています。最近は遊びに来てるって言うか、相談事を持ってくることが多いんだけどね。

『アミちゃんアミちゃん。実はまた、悩んでる子がいて、話を聞いてほしいんだけど』

「え、またなの? 今月に入って、もう三度目じゃない」

『ゴメンね。だけど、アミちゃんにしか頼めないの。だってワタシ達の声を聞けるのは、アミちゃんだけなんだもの』

 シッポを垂らして、シュンとなるパフェ。それを言われると、断りづらいんだよねえ。

 動物の声が聞こえる私の所には度々、悩みを抱えた犬や猫が相談にやって来る。迷子の弟を探してほしいって犬もいたし、捨て猫の飼い主を探してほしいって相談もあったっけ。

 で、パフェはそんな私と悩める動物達の、仲介役みたいになっているの。

「まあ、仕方がないか。困ってる子がいたら、放っておく訳にはいかないもんね」

『本当? ありがとうアミちゃん!』

 嬉しそうにブンブンとシッポを振っちゃって、こんな可愛い姿を見せられたら、がぜんやる気が出てくる。

「それで、今度は何? また三丁目のタマが、迷子になっちゃったとか?」

『ううん、初めてのお客さん。その子、凄いんだよ。何たって猫の王子様って言われている、特別な子なんだもの』

「へ? 猫の王子様?」

 思わず『長靴をはいた猫』に出てくるような、洋服を着た猫を想像したけど、そんなわけないか。けど王子様ねえ、いったいどんな猫ちゃんなんだろう? 

 とにかく、困っている猫がいるって事で、良いんだよね。

「それで、その王子様みたいな猫はどちらかな?」

『今はお庭で待ってもらってるよ。来て来て』

 玄関のカギをズボンのポケットにしまって、パフェに連れられるまま庭へと回る。すると。

『ほらほら、あの子だよ』

「こらこら、そんなに引っ張らな……い……」

 そこには、確かに猫がいた。焦げ茶色の毛並みの、ふんわりとした子猫が。

 待ってるって話だったけど、縁側で丸くなって、すやすやと寝息を立てている。息をする度に、お腹が膨らんだり、小さくなったり。

 あ、夢でも見ているのかな。ブルッと体を震わせた。だけど何事もなかったみたいに、またすやすや。気持ち良さそうに眠るその姿はとても……とっても可愛イイイイ!

『あ、寝ちゃってるや。アミちゃん家のお庭、暖かいもんね。どうしよう、起こした方が良いかなあ……アミちゃん?』

「……カワイイ」

 そう口にした瞬間、私の中にあったタガが外れた。

「カワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイーーっ!」

『ア、アミちゃん?』

 目を丸くするパフェを尻目に、カワイイを連呼しながら、子猫に詰め寄っていく。

 元々私は、大の動物好き。犬も猫も見かけたらつい、モフモフしたくなっちゃうけど、その中でもこの子は別格だった。他の子とどこが違うのって言われても答えられないんだけど、とにかく見た瞬間、胸の中にある何かが、キューンって弾けたんだよ! それはもう、初恋みたいに! 本当はまだ恋なんてしたことないんだけど、きっとこんな感じ!

 とにかく、その可愛い寝姿に一目惚れしちゃった私は、理性がとんじゃって、子猫に駆け寄って手を伸ばす。そして。

「ふおおおおぉぉぉぉぉっ!」

『ア、アミちゃん。お、落ち着いてー!』

 両手で猫を抱えて、そのふんわりとしたお腹に顔をうずめて、モフモフを堪能する。

 パフェが驚いて声を上げたけど、それでも私は止まらない。

「うわー、柔らかーい、モフモフ―、可愛い―♡」

 完全に歯止めがきかなくなっちゃって、頭を撫でたり、シッポに触れてみたり、頬ずりしたりとやりたい放題。普段ならいくらなんでもここまでのスキンシップはしないんだけど、一目惚れ恐るべし。この気持ちを抑えるなんて、無理だもん!

 だけど、ちょっとやりすぎちゃったかも。お腹に顔をうずめていると、寝ていたはずの子猫はじたばたと暴れて、手からスポンとすり抜けちゃった。そして。

『ちょっと、いい加減にしてよ!』

 ピタっと地面に着地した子猫はシッポをピンと立てて、緑色の目で威嚇するように、こっちを見てくる。あちゃー、もしかして怒らせちゃったかな?

「ご、ごめん。あんまり可愛かったから、つい」

『可愛いだって? ふん、これだから人間は。ボクは可愛いんじゃなくて、格好良い、だよ』

 ああ、プイってそっぽ向いちゃった。だけどそんな様子を見て、パフェがなだめてくる。

『まあまあ落ち着いて。それよりも、アミちゃんにお願いがあるんでしょ』

「あ、そうだった。猫さん、何か相談があって来たんだよね?」

 つい我を忘れちゃってたけど、そっちが本題だった。ところが。

『そのつもりだったんだけど、やっぱり止めとくよ。さっきのを見てると、とてもお願いする気にはなれないもの』

「ええっ⁉」

 ジトッとした目で、冷たく言い放たれちゃった。そんな、ちょっとモフモフしただけなのに。一目惚れしたと思ったら、一分でフラれちゃったよー!

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