猫の王子様の恩返し

無月弟(無月蒼)

猫の王子様の探し物

動物の声、聞こえるよ

「ほらほら、みんなゴハンだよー」

 ゴールデンウィークが終わって暖かい日が続く、五月の昼下がり。小学校の中庭にある飼育小屋の前で、私は中にいるフワッフワでモッフモフのウサギ達に、ご飯をあげていた。

『ゴハンだゴハンだ―』 

『あー、お腹すいたー』

 小窓からカットされたニンジンを入れると、我先に群がってくるウサギ達。

 ふふふ、かわいいなー。ニンジンをカリカリかじってる姿を見ると、思わずキュンとしちゃう。だけどみんながニンジンに夢中になる中、普段は大人しいウサ美が

『あ、ウサ吉くん、アタシのニンジンとらないでよー』

『へへーん、早い者勝ちだよー』

 こら、ウサ吉めー。食欲旺盛なのはいいけど、友達のゴハンまでとっちゃダメじゃない。

「ほらほら、喧嘩しないの。ウサ吉、君は昨日も、他の子のニンジンをとってたでしょ。あんまり食べ過ぎると、太っちゃうよ」

『ごめんなさーい』

 シュンと耳を垂らして、反省するウサ吉。うんうん、分かればいいんだよ。

 だけどそうして注意していると、後ろから笑ったような声が聞こえてきた。

「何あの子、ウサギに話しかけちゃって」

「二組の五条さんでしょ。六年生にもなって、よくやるわよねー」

 話していたのは、同級生で別のクラスの女子達。あわわ、恥ずかしい所を見られちゃった。だけどそんな私の気持ちなんてお構いなしに、ウサギ達は催促してくる。

『もっとちょうだい、もっとちょうだい』

「ああ、もう。わかったから順番にね」

 また声に出しちゃったけど、もういいや。変な子だって思われるのは嫌だけど、それでも無視するなんてできないもの。だって私にはウサギの声が、しっかり聞こえてるんだから。

 ウサギだけじゃない。犬や猫、鳥とだってお話しできる。それが私、五条ごじょう亜美あみの、人にはない特技なの。

 何で聞こえるのかって言われても、理由なんてわからないんだけどね。だけど事情を知らない人からは、そんな私は変な子に見えるみたい。だから。

「一年生じゃないんだからさあ、恥ずかしくないのかな」

「本人が満足してるなら、いいんじゃないの。私ならとてもできないけど」

 うう、おかしなモノを見るような目と、言葉が痛いよー。

 仕方ないか。あの子達には、声なんて聞こえないもんね。でも、やっぱりちょっとへこむなー。ウサ美、ウサ吉、傷ついた私をなぐさめて。そう思ったその時。

「別にいいんじゃないの、ウサギと話しても」

土方ひじかたくん⁉」

 新しく聞こえてきた声に振り返ると、そこには一人の男の子がいた。さらさらとした黒髪のその子は、固まってる女子達をそのままにして、こっちに歩いてくる。

「またウサギとお喋り?」

すいく……土方くん。アハハ、恥ずかしいところ見られちゃったね」

「別に。五条が動物に話しかけるのなんて、今さらだろ」

 そう言ってくれた彼は、隣のクラスの土方ひじかたすいくん。顔立ちと頭のよさとスポーツが得意なのが自慢の……つまりは女子にモテモテの要素を詰め合わせたような男の子なの。

 昔はクラスも一緒で、「すいくん」、「亜美あみ」って呼びあっていた名残から、今でもたまにポロッと下の名前が出ちゃうこともあるけど、土方くんは気にする様子もなく、ニンジンをかじるウサギ達を眺めている。

 ふふふ、土方くんも動物好きだから、可愛いウサギを見て癒されているのかな?

「ところで飼育係の当番って、もう一人いたんじゃなかったっけ?」

「うん。だけど今日は用事があるから来れないって言われて、私一人なんだよ」

「先週も、同じ事言ってなかった? 体よく押し付けられたんじゃないの?」

「そ、そんなこと無いよ」

 とは言い切れない。それは私も、薄々感づいていたよ。だけど頼まれた以上断りきれなくて、結局先週も今日も、全部一人でやってるんだよね。

 まあ、良いんだけどね。ゴハンをあげて、小屋の掃除をするだけだし、大したことないもん。だけど土方くんは何を思ったのか、立てかけてあったホウキを手に取った。

「さっさと終わらせよう。後は掃除するだけでいいんだろ」

「そうだけど、手伝ってくれるの? いいよ、私の仕事なんだから」

「二人でやった方が早いだろ。早いとこ終わらせて、バスケでもしよう。五条も来るだろ」

 そう言って、さっさと掃除を始めていく。ありがとう土方くん、助かるよ。

「土方くんと一緒に掃除だなんて、ズルくない?」

「羨まし……ううん、迷惑かけるなんて、どうかしてるよ」

 背後からさっきの女子の、ヒソヒソ声が聞こえてくる。ヒソヒソっていっても、滅茶苦茶ハッキリ聞こえちゃってるんだけどね。だけどそんな女子達に、土方くんは鋭い目を向けた。

 さっきまで春風みたいに暖かな目をしていたけど、吹雪のような冷たい目に変わって、そんな極寒の眼差しを向けられた女の子達は、気まずそうにすごすごと退散して行っちゃった。えーと、助けてもらったのかな?

「なんかごめんね。手伝わせちゃった上に、助けてもらって」

「別に良いよ。好きでやってることだから。まったく、みんな過干渉が過ぎて、嫌になるよ」

「へ? カカンショー?」

「過干渉。やたらと絡んでくるって言う意味。それより、早くやってしまおう」

 言われて私も、急いで掃除に取りかかる。そんな中、好奇心旺盛の子ウサギが、『その子ダレー』、『アミちゃんのカレシー』って聞いてきたけど、ごめんね、さすがに土方くんが近くにいたんじゃ、気軽にお話なんてできないよ。

 そのかわり、両手を前に合わせて、ごめんなさいのポーズをとっておく。ああ、それと彼氏じゃないから。幼馴染みだよ、お・さ・な・な・じ・み。

「ありがとね、手伝ってくれて」

「別にいいよ。けど、どうせなら俺も、飼育係になってたら良かったかも。そしたらもっと、五条と一緒にいられたのに」

 お、嬉しいこと言ってくれるねー。一人でウサギの世話をしていた私に、同情してくれてるのかな。今はクラスが離れてるけど、こうして構ってくれるだなんて、優しいなあ。

 けど、心配ご無用。だってウサギの面倒を見るのは、全然嫌じゃないんだもん。

「何笑ってるのさ?」

「何でもないよ。さあ、ちゃっちゃと終わらせちゃおう」

 こうして私達は二人して、ウサギ小屋をキレイにしていくのでした。

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