13 紅い石

「カモメ。クラッカーもっと食うか?」


 カモメはトテトテとアタシの方に寄ってきた。なんてチョロい奴。さっきまでの攻撃のようなものはなんだったんだ…。


「ライちゃん、くらっかーってなに?」


 リューがアタシにきいた。


 アタシはクラッカーを小さく割ってカモメにやる。食べ終えてしまうとカモメはもっとくれ、というようにカチカチと嘴を鳴らした。


「クラッカーは食べ物だよ。リューも食ってみるか?毒なんて入ってないぞ。」


 アタシはリューにクラッカーの袋を見せながらおどけて言った。


「うん…。」


 アタシの悪い冗談が効いてしまったのか、彼女はちょっと気乗りしないみたいで。しかし彼女はアタシの手渡したクラッカーを一枚一気に食べてしまった。


「うえぇ、口の中がぱさぱさする。」


 リューは不味そうに顔をしかめてそう言った。クラッカー美味しいのになあ。


 口の中の水分を奪っていくとこが難点だが。何より、腹持ちがいい。アタシみたいなやつのお供だぞ?


「リュー、もっといるか?」

「ううん。いらない。」


 あの顔が物語ったように、お気に召さないらしい。カモメの方はと言うと、とてもお気に召したようでアタシの手の中のクラッカーの袋を抜かり無く狙っている。


「そうだ、ライちゃん!」


 整った眉を寄せていたリューがパッと笑顔になって言った。


 アタシはクラッカーをカモメから守ることで必死になっていた。カモメも隙あらばクラッカーを食ってやろうと必死になっている。


「なんだ?」


 アタシはクラッカーの袋をカモメに取られまいと苦戦しながらも道具箱の中にしまった。カモメは諦めきれずに道具箱を突っつき回している。


「えへへ、これみて!」


 彼女の手の中の紅い宝石いしに負けないくらい可憐な笑みを浮かべたリュー。その宝石いしは宝石店にあるくらい綺麗に研磨されたようにも見える。


「リュー、それどうしたんだ?」


 彼女に至ってはそんなことはしない…むしろ出来ないと思うが、一応聞いておく。


「朝、入り江に来たら砂浜に落ちてたの。この石、すっごくキレイだね。」


 無邪気に笑って、彼女は照りつける太陽の光に石をかざした。研磨されたような部分に光が乱反射して、光り輝いて見えた。


「そうだね。」


 落ちていたのであれば。


 アタシはリューと同じように石を見つめた。とても美しい、深い深いくれないだ。宝石店で見た、ルビーのような色だった。


「ふふふ、ライちゃんのそのペンダントには敵わないけどね。」


 リューは可憐な笑みを浮かべて言った。彼女のほっぺたは少しだけ紅潮していた。


 アタシもつられてほっぺたが赤くなることを感じて、急いでクラッカーの袋を出し、カモメにやることにした。


 砕いてやるとカモメは嬉しそうに翼をパタパタさせた。


 ………


 カモメと一通り遊んだアタシは、もう日が海に近づいていることに気づいた。


「リュー、アタシがキャンパスを持って帰るよ。」


 リューの大切な作品が、潮や雨に濡れてしまっては困る。今の季節―「太陽の月」はお日様がカンカン照りで雨もほとんど降らないが、万が一、急雨スコールがあってからでは遅い。


 雨が降ったら、せっかくの絵がボロボロになってしまう。


「うん。ありがとう。ライちゃん、その、お願いがあるの。」

「なんだ?」


 アタシは自分のキャンパスが乾いたか、触って確かめながら答えた。


「私の絵、完成するまで見ないで欲しいの。」


 申し訳なさそうにリューは言った。ちょっと難しいな。


 出来なくはないが―。


「分かった。約束するよ。」


 好奇心に呑まれないように、頑張ろう。


「リュー、後ろを向いてるから、絵の具が乾いているか確認してくれ。」

「ん。…乾いてるみたい。」


 リューは描かれている方を裏返しにしてアタシに渡した。


 どんな絵が描かれているのか、とても気になるが、リューを裏切ってしまうことは出来ない。


「リュー、また明日な。」


 アタシはキャンパスを受け取って、リューに別れを告げる。


「うん。ライちゃん、また明日ね。」


 にっこりと微笑んだ彼女の瞳には、西日の光が差し込んでいて、とても綺麗で。あの紅い石よりも、綺麗だった。

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